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30 side T

3.

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「嫌な予感って何か心当たりでもあんの?」

そう言いながら瑤子に近づくと、瑤子は後退る。今から何をされるか予想ができてるんだろうと思いつつ、瑤子の眼鏡に手を掛けて外す。

「ちょっと!眼鏡しろって言ったの司でしょ!」

確かにそう言ったのは俺。
不穏なヤツがウロウロしてるかも知れないから、出来るだけ顔を見せないように。
けど今は……

「誰もいないし、いいだろ?」

そう言って、笑みを浮かべる俺とは反対に瑤子は顔を痙攣らせている。

「よっっ良くない!」

俺を押し返そうとする右手首を掴むと、もう片方の手で顔を自分の方に向かせた。

「色々と思い出すだろ?」
「きょ……今日は冷たい水で顔洗いたくない!」

自動販売機を背に勢いよく言う瑤子の姿に俺は笑う。

「何?そんな事してたわけ?あん時。もういい加減慣れただろ?」

そう言うが早いか、俺は瑤子の唇を塞いだ。

本当に、毎回何してるんだかと自分でも笑ってしまいそうだが、それでも止められない。

思う存分瑤子の唇を味わっていると、観念したのか瑤子もそれに応えてくれる。

と、慌ただしい足音が近づいて来るのが耳に入った。
まあ、どうでもいいかと気にせずにいると、どうもここに用事があったようで、背中越しに人が立ち止まる気配がした。

「あ、司さん!お疲れ様っす!」

元気のいい中川の声が聞こえて来ると、瑤子はようやく気づいたようで俺を押し除けた。
その様子を見ていただろう中川の方を振り向き「セッティング終わったか?」と尋ねると、何故か中川は呆然とこっちを見ていた。

「えっ?……えっ?」

そう言ったかと思うと「うわぁ~ん!」と泣き声のような声を出して、中川は走って行った。

「なんだ……?アイツ」

さすがに瑤子も不思議そうに「さぁ……」と呟いていた。

中川に水を差される形となり、仕方なく自動販売機で飲み物を買う瑤子に付き合った。

今日いるスタッフは最小メンバー。いつも俺が使う人間だけ。
クライアント側も、同行するのはマネージャーだけで、ヘアメイクはそちらで用意して欲しいと依頼されていた。ただし、極秘に近いこの撮影を漏らさない信用できる人間を、と言う事で俺は思い浮かんだ人間にそれを依頼しておいた。

人数より多めに数種類の飲み物を買って、瑤子が持って来た袋に入れると、俺はそれを何も言わず持ってやる。

2階に上がり、一番奥にある扉を開ける。撮影までは時間があるからか部屋はまだ明るくしてあった。

「お疲れ様です!」

いつもなら真っ先に中川が犬のように走って来るが、今日はスタッフのチーフをしている長谷はせが先に俺に声をかけて来た。
中川はと言うと、何故か角で膝を抱えて座り込み項垂れていた。

何やってんだ、あいつは

そう思いながら長谷に目をやると、瑤子と挨拶を交わしている。

「司さん。お疲れ様です」

もう一人声を掛けてきたのは照明担当の平野だ。

「おう。なあ、中川は何やってんだ?」
「え?何か走って帰って来たと思ったら、俺の心のオアシスが!とかほざいてましたけど?」

興味なさそうに平野はそう答える。

中川のヤツ……

中川の方に顔を顰めながら視線を送っていると、瑤子が飲み物を手にやって来た。

「お疲れ様です。平野さん、これ良かったら」

そう言って洋子は平野に炭酸水を差し出した。すでに長谷の手には緑茶があり、それを見て好みに合わせて買ってんのか、と思った。
そして、瑤子はもう1本持っていた飲み物を手に困ったように言った。

「中川君、どうしたの?」
「なんでもねーよ。それは俺が持って行く」

そう言って俺はミルクティーを受け取ると、角に座り込む中川の元へ向かった。

「中川。そんなところでサボりとは、お前いい根性してるじゃねーか」

蹲って膝を抱えて自分の膝に顔を埋める中川に、俺が上からそう言うと、分かりやすいくらい肩を揺らしてビクついている。

「ほら。これお前のだろ?」

そう言ってミルクティーを差し出すと、ようやく中川は顔を上げて俺を見た。そして、何かを決意したようにスクっと立ち上がった。
先に俺が差し出していたミルクティーを受け取ると、真っ直ぐこっちを見て中川は口を開いた。

「司さんっ!!お聞きしたい事があります!!」

中川があまりにも馬鹿デカイ声で言う姿に、多少圧倒されながら顔を顰めると、案の定何事かと他の3人もやって来た。

つーか、空気読めよ。中川……

そう思っていると、瑤子が真っ先に「どうしたの?中川君?」と心配そうに話し掛けた。

「瑤子さん……」

中川は泣きそうな顔して呟くと、俺の方を向いた。

「司さん!瑤子さんとは遊びのつもりっすか?」

これまたデカイ声で尋ねられ、俺は溜息を漏らした。
すぐ後ろでは「何言ってんだ中川」と呆れた様な長谷の声がした。

「そうよっ!何言ってるのよ、中川君!」

瑤子は顔を赤くして慌てふためいている。そんな事を尋ねられるとはカケラも思っていなかったようだ。

「お前には関係ねーだろうが」

俺が冷たく言うと、中川は矛先を瑤子に変える。

「瑤子さんはっ!どうなんですか?司さんと付き合ってるんですか⁈」
「えっ?あの?中川君?」

瑤子は中川ににじり寄られて、どうしようかと視線を泳がせている。

「瑤子さんは……この東京砂漠に咲いた1輪の花。俺の心のオアシスなんです!なのに……まさか司さんの毒牙にかかるなんて!」

それが雇用主に対する言いようかよ、と呆れながら、いい加減にやめさせようと中川に近寄ると、かなり困惑した顔の瑤子に中川は続けた。

「瑤子さんは……。俺のお母さんみたいな人なんです!」

それを聞いて、さすがに中川以外の人間の口から同じ言葉が漏れ出た。

「……お母さん?」

と。
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