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10 side T

4.

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さすがにやられっぱなしで気が済むはずもなく、俺はホテルに戻るとそのままバーに連れて行った。

さすがにここなら引かれないだろう。

と思ったが、瑤子を盗み見する男たちの視線に多少イラッとする。
まあ、黙っていればいい女だし、気持ちは分からないでもない。

当の本人はそんな事を気にする様子もなく、「別にこんなところ、連れて来てくれなくてもよかったのに」と呆れた様子で言った。

「俺が飲みたかっただけ」

所有者の存在を示す様に、俺は瑤子の腰に手を回し席に誘導する。

夜景の美しい高層階のバー。
一番窓際に面したカウンター席に案内され、俺達はそこに並んで座った。

「何がいい?前はウイスキー飲んでたよな。好きなのか?」

瑤子に尋ねると、外の夜景を眺めて頬杖をついたまま瑤子は口を開いた。

「手っ取り早く酔えそうだから飲んでるだけ。好きって程じゃないわ」

瑤子は物憂げな表情で、そのままポツリと呟いた。

「じゃあ、今日くらい好きなもの飲めよ」

俺がそう言うと、やっとこちらを向いてじっと俺を見た。

「……スパークリングワイン。甘くないやつならなんでもいいわ」
「了解」

俺はリストから辛口のシャンパンを選びオーダーする。
俺はやはりウイスキー。日本のブランドのものを選んだ。

運ばれたものが目の前に置かれると、俺は特に乾杯などする事なく口を付ける。
さっきから黙ったままの瑤子は、ただじっと外を眺めている。
窓に映るその顔に表情は無くて、何を考えているか読めないでいた。

「なあ、どうかしたか?」

ちびちびとグラスに口を付けながら俺は尋ねる。
瑤子は少しずつグラスを傾けてシャンパンを飲んでいる。その顔はさっきからこちらを向くことはない。

「何か……牛丼チェーン店から、こんな高級な場所に来て、別世界に連れて来られたみたいだなって……」
「嫌だったか?」

そう俺が言うと、軽くクビを振りながら「ううん」と答える。

「ただ、住む世界が違うんだなって改めて思い知っただけよ」

ようやくこちらを向いた瑤子の瞳には、憂いの色が映し出されていた。

瑤子は、急に打って変わって取り繕うように笑顔になると、

「あー……ゴメン!変な事言ってしらけさせて。飲も飲も!」

そう言ってグラスを持ち上げて、呷るようにシャンパンを流し込んでいた。

「これ、すっごく美味しいわね!」

こっちを向いて嬉しそうに瑤子は言う。その言葉に偽りはなさそうだ。だが、それを飲む場所は別にここでなくてもいい。今まで連れ歩いた女が皆喜んだとしても、目の前のこの女が喜ばないなら意味はない。

「それ飲んだら部屋に帰ろう」

俺は残りのウイスキーを味わう間も無く流し込み、タンっとテーブルにグラスを置く。

「怒ったの?」

訝しげにグラスを持ったまま瑤子が尋ねた。

「いや?怒ってない」

笑う事なくそう言った俺に少し顔を顰めながら、瑤子は残りのシャンパンを流し込んだ。

「飲んだわよ」

冷たくそう言って瑤子はこちらを見た。俺はそのまま瑤子の手を取ると足早にそこから去る。外を歩いた時とは違う、冷えた指先をギュッと握った。

会計カウンターまで来ると、「先にエレベーターホールで待っててくれ」と瑤子に伝えて手を離す。

これでもし瑤子が待っていなければ、俺はまたヤケ酒に逆戻りだな。

と少し焦りながらも会計を済ませて廊下に出ると、ちゃんとホールに瑤子が佇んでいてホッとしてそこに向かった。

「悪い、待たせた」

瑤子は何も言わずただされるがままに手を引かれて、俺の部屋まで無言で着いてきた。

扉がパタンと閉まり、入り口のライトだけ付けられた部屋に静寂が訪れる。

「……ごめんなさい」

手を繋いだまま、背後に立つ瑤子から小さく呟く声が聞こえた。
俺は振り返りそのまま腕を引くと、胸の中に俯いたままの瑤子を収めた。

「謝るのは俺の方だ」
「……何で?」

背中の感触を確かめるように、ゆっくりとさすりながら、瑤子の髪に唇を寄せる。

「お前が何に喜ぶか、全然分かってなかった」
「めんどくさい女よね。やめるなら今のうちよ?」

そんな言葉とは裏腹に、瑤子は俺の背中に手を回して、ギュッとしがみついた。

「やめねーよ」

それに応えるように、俺は瑤子を一層強く抱きしめて髪を撫でた。


……本当に面倒な女。
でもそんな女に、俺は強烈に惹かれているのを今、やっと自覚した。




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