4 / 27
1
3
しおりを挟む
「なっ……‼︎」
(ん、なの⁈ この男⁈)
後半をよく口に出さずに耐えたと自分を褒めたい。落ち着かせるように深呼吸をして私は無理矢理笑顔を作る。
「では、今ここでお返事いただけるんですね? 準備して参りますので少々お待ちください」
言うが早いか私は社長室を出て行く。その勢いのままツカツカと自席に戻ると、ドカッと椅子に座り机に両肘をついて項垂れた。
「……ったく! あの俺様男‼︎」
小さな独り言のつもりが、隣の席には届いてしまったようだ。園田君が目を丸くしてこちらに振り返った。
「大丈夫ですか? 何かトラブル……とか?」
「あ、違うの。大丈夫よ」
今年二五才になると聞いている園田君は自分とは十、歳が離れている。自分がこの事務所に入った年齢と同じだ。いつも明るく場を和ませてくれ人懐こいとてもいい子だ。
「お客さん、終わったんですか?」
私がパソコンに向かいマウスを操作し始めたからかそう尋ねられる。
「客と言うか……。例のクライアント、だったの」
「例のって、あの? 尋常じゃないほど撮影依頼くる人?」
「……そう」
この事務所の仕事。それは、主にカメラマンに対するスケジュール管理や仕事のマッチング。それに付随する細々としたサポートだ。
私や園田君、本田さんはスケジュール管理部門、略してスケ管に所属している。電話やメールだけでクライアントと、そのクライアントに撮影を依頼したい相手との仲介を行うのだ。
それに対して、依頼の多いクライアントには専属マネジメント部門の社員がつく。スケジュール管理に加え本人に代わり打ち合わせを行ったり、撮影に同行したり、することは多岐にわたる。事務所にはそれぞれ席は用意されているが、ほぼ姿を見ることはない外勤メインの仕事だ。
他にもスタジオや機材の手配をしてくれる営業と呼んでいる社員。
おおまかな構成はそんなところだった。
(専属が付くまでの我慢よ!)
長門さんへの依頼の数からいって、活動再開する頃には専属マネージャーが付くはずなのだから。
ほとんど使うことのない持ち出し用のタブレットと年季の入った自前の分厚いスケジュール帳を持つと私は社長室に向かう。その途中でポケットにいれたスマートフォンが短く震えた。
『ごめん! 銀行激混み。もう少し時間かかりそう。司は放置してて大丈夫だから』
簡単に長門さんが来ていることを社長に送っておいた返事がこれだ。週末ってこともあるし、来週からはお盆休みに入る会社もあるだろう。混んでいるのも仕方ない。
『長門さんには今からスケジュール確認していただきますので急がなくても大丈夫です』
素っ気ない返事を送り返すと、社長室のドアを叩いた。
「失礼します。お待たせいたしました」
部屋に入ると、長門さんは立ち上がり壁を向いていた。そこには社長お気に入りの写真が収められたフレームが並んでいる。その写真には撮影者の名前はなく、ただ写真として飾ってあるのだ。
私が入って来たのを気にすることなく長門さんは写真の一つを眺めていた。
「あいつ、まだこれ持ってたのかよ。捨てろっつったのに」
テーブルに持ち物を置いた私の耳にそんな言葉が届く。
(長門さんの写真……?)
まさか他人の撮った写真に対しそんな言葉は吐かないだろう。いったいどれ? と顔を上げそれを見た。
「え……。その写真、もしかして長門さんが撮られたんです……か?」
「もしかしなくてもそうだ。二十年も残しとくなんて物持ち良すぎだろ」
そう言うと長門さんはこちらに戻り、不機嫌そうに顔を顰めたままソファに座った。
(二十年……って、大学時代ってこと?)
社長は今年で四十歳になる。二人は大学の同じ写真サークルにいたと聞いている。まさかそんなに古いものだとは思ってもいなかった。そして、私が一番気に入っている、美しい風景と妖精のような少女が融合した写真の撮影者がこの人だったってことも。
(悔しいけど……やっぱりいい写真撮るのよね……)
雑誌などに載る、長門さんの撮った数々の写真を見て胸を躍らせたことは黙っていよう。そっぽを向いたまま美しい顔を顰めているこの人を盗み見て、そんなことを思っていた。
(ん、なの⁈ この男⁈)
後半をよく口に出さずに耐えたと自分を褒めたい。落ち着かせるように深呼吸をして私は無理矢理笑顔を作る。
「では、今ここでお返事いただけるんですね? 準備して参りますので少々お待ちください」
言うが早いか私は社長室を出て行く。その勢いのままツカツカと自席に戻ると、ドカッと椅子に座り机に両肘をついて項垂れた。
「……ったく! あの俺様男‼︎」
小さな独り言のつもりが、隣の席には届いてしまったようだ。園田君が目を丸くしてこちらに振り返った。
「大丈夫ですか? 何かトラブル……とか?」
「あ、違うの。大丈夫よ」
今年二五才になると聞いている園田君は自分とは十、歳が離れている。自分がこの事務所に入った年齢と同じだ。いつも明るく場を和ませてくれ人懐こいとてもいい子だ。
「お客さん、終わったんですか?」
私がパソコンに向かいマウスを操作し始めたからかそう尋ねられる。
「客と言うか……。例のクライアント、だったの」
「例のって、あの? 尋常じゃないほど撮影依頼くる人?」
「……そう」
この事務所の仕事。それは、主にカメラマンに対するスケジュール管理や仕事のマッチング。それに付随する細々としたサポートだ。
私や園田君、本田さんはスケジュール管理部門、略してスケ管に所属している。電話やメールだけでクライアントと、そのクライアントに撮影を依頼したい相手との仲介を行うのだ。
それに対して、依頼の多いクライアントには専属マネジメント部門の社員がつく。スケジュール管理に加え本人に代わり打ち合わせを行ったり、撮影に同行したり、することは多岐にわたる。事務所にはそれぞれ席は用意されているが、ほぼ姿を見ることはない外勤メインの仕事だ。
他にもスタジオや機材の手配をしてくれる営業と呼んでいる社員。
おおまかな構成はそんなところだった。
(専属が付くまでの我慢よ!)
長門さんへの依頼の数からいって、活動再開する頃には専属マネージャーが付くはずなのだから。
ほとんど使うことのない持ち出し用のタブレットと年季の入った自前の分厚いスケジュール帳を持つと私は社長室に向かう。その途中でポケットにいれたスマートフォンが短く震えた。
『ごめん! 銀行激混み。もう少し時間かかりそう。司は放置してて大丈夫だから』
簡単に長門さんが来ていることを社長に送っておいた返事がこれだ。週末ってこともあるし、来週からはお盆休みに入る会社もあるだろう。混んでいるのも仕方ない。
『長門さんには今からスケジュール確認していただきますので急がなくても大丈夫です』
素っ気ない返事を送り返すと、社長室のドアを叩いた。
「失礼します。お待たせいたしました」
部屋に入ると、長門さんは立ち上がり壁を向いていた。そこには社長お気に入りの写真が収められたフレームが並んでいる。その写真には撮影者の名前はなく、ただ写真として飾ってあるのだ。
私が入って来たのを気にすることなく長門さんは写真の一つを眺めていた。
「あいつ、まだこれ持ってたのかよ。捨てろっつったのに」
テーブルに持ち物を置いた私の耳にそんな言葉が届く。
(長門さんの写真……?)
まさか他人の撮った写真に対しそんな言葉は吐かないだろう。いったいどれ? と顔を上げそれを見た。
「え……。その写真、もしかして長門さんが撮られたんです……か?」
「もしかしなくてもそうだ。二十年も残しとくなんて物持ち良すぎだろ」
そう言うと長門さんはこちらに戻り、不機嫌そうに顔を顰めたままソファに座った。
(二十年……って、大学時代ってこと?)
社長は今年で四十歳になる。二人は大学の同じ写真サークルにいたと聞いている。まさかそんなに古いものだとは思ってもいなかった。そして、私が一番気に入っている、美しい風景と妖精のような少女が融合した写真の撮影者がこの人だったってことも。
(悔しいけど……やっぱりいい写真撮るのよね……)
雑誌などに載る、長門さんの撮った数々の写真を見て胸を躍らせたことは黙っていよう。そっぽを向いたまま美しい顔を顰めているこの人を盗み見て、そんなことを思っていた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる