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終章 紡がれていく未来

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 入籍した日、祖母の見舞いのあと樹の見舞いに向かった。
 病室で待ち構えていた樹と眞央に直接入籍の報告をすると、「おめでとう」の言葉と共に一冊のスケッチブックを差し出された。その表紙は、家で樹が使っていたものと同じものだ。けれど差し出されたそれは、どこか年季が入っているように見えた。
 不思議に思いながら受け取り開いてみる。最初のページに描かれていたものが目に入り驚きながら顔を上げると、樹はそれを予想していたようで、楽しそうに口角を上げていた。

「ずっと描き溜めてたやつ。この中から選んでくれ。作るから。由依のウェディングドレスを」
「えっ! 作るの?」
「当たり前だ。ずっと夢だったんだ。由依に自分のデザインしたドレス着てもらうのが」

 よく見れば、描いてあるデザイン画には日付けも入っている。一番古いものは自分が高校生の頃だ。

「たっちゃん……」

 そんなこと一度も聞いたことはなかった。結婚できるかもあやしい自分のプレッシャーにならないように、ずっと黙っていたのだろう。いつか夢が叶うのを願いながら。

「あり……がとう……。うん。私も、たっちゃんの作ってくれたドレス、着てみたい」

 溢れ出す涙を止められないまま、樹に笑顔を向ける。

「俺のほうこそ。ありがとな。夢を叶えてくれて」

(ほんと、お父さんみたい)

 どこか父に似た表情の樹を見て、そんなことを思っていた。

 ――そしてあれから一年半。ずいぶん時間は経ってしまったが、ようやく今日、樹が心を込めて作ってくれたドレスを披露できるのだ。

 ブライドアテンダーと呼ばれる介添人に付き添われて挙式会場に向かう。ホテルではなく、ゲストハウスのチャペルだ。今日のゲストはほぼ身内だけの少人数で、今は緊張より、やっとみんなに式を挙げるところを見届けてもらえる嬉しさのほうが勝っているかも知れない。

 廊下を進むと突き当たりにあるチャペルの扉の前に人影が見えた。

「たっちゃん、お待たせ」

 樹があまりにも落ち着きなく歩き回っていたから、思わず笑みが溢れる。ハッとしたように顔を上げた樹は、自分を見て目を見開いた。

「由依……だよな? あんまりにも綺麗だから見間違いかと。本当に……綺麗だ。良かった、ドレスも似合ってる」
「うん。咲月さつきさんのメイクのおかげ。あと、たっちゃんのドレスもね」

 選んだのは、クラシカルなエンパイアラインで、ネックラインのレースが華やかだけど清楚な雰囲気。自分のためだけに作られた、世界で唯一のドレスだ。

「では新婦様、ご準備はよろしいでしょうか?」

 はい、と返事をしながら頷くと、チャペルの扉が開かれる。そこから真っ直ぐ伸びたバージンロードの先に、大智が立っている。今はどんな顔をしているのだろうか。まだその表情ははっきり見えなかった。
 樹と一礼してチャペルの中に入ると向かい合う。
 本来なら、母親が最後の身支度として行うベールダウン。そして父親が行うエスコート役の、両方を樹にお願いしていた。両親亡きあと、誰がなんと言おうと樹がその役目を担ってくれていたのだから。

「由依。すでに幸せだろうが、もっともっと、永遠に、幸せでいるんだぞ」

 目尻に涙を滲ませながら、樹は眞央が作ったベールを持ち上げた。

「たっちゃん。今まで支えてくれてありがとう。私、これからもずっと、幸せな姿を見せるからね」

 もらい泣きしそうなのを堪えながら言うと、樹は笑みを浮かべた。

「この姿、勇さんと由梨さんに見せたかったな」

 しみじみとそう言いながら、ふわりと下ろされたベールが、視界を白く染める。

「きっと二人とも、見てくれてるよ」

――由依!

 記憶の中の両親が、笑顔で呼びかけている。今ここに、二人の温かな気配を感じた気がした。

 また前を向くと樹の腕を取りゆっくりと進み始める。

「転ばないようにな」
「大丈夫。眞央さんがヒールのない靴を用意してくれたし、たっちゃんも歩きやすいようなドレスに直してくれたから」

 一歩一歩踏みしめるように、二人で歩く。
 何列もある参列者の席はほとんどが空席で、今日使っているのはたったの二列だけ。
 新婦側の一列目には両親の写真が置いてあり、新郎側には義父の写真を持つ義母が、灯希といてくれていた。二列目の新郎側には叔父と家族、そして若木先生。新婦側には眞央と、それからバランスを取るため美礼母子が並んでくれていた。
 祭壇に近づくとみんなの表情がはっきり見えてくる。心底自分たちを祝ってくれている。そんな思いをひしひしと受け取った。
 時間をかけ、ようやく彼の前に辿り着く。
 ライトグレーのジャケットに、ダークグレーのベストとスラックスを組み合わせたモーニングコートは、樹が『仕方ない。大智のも作るよ』なんていいながら作ってくれたものだ。それは彼の美しさをいっそう際立たせていてた。
 そんな彼は、先ほどから何度も白いハンカチを顔に持っていっていた。汗でも拭っているのだろうかと思っていたが、目の前まで来るとその理由がわかった。
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