86 / 93
八章 暖かな陽だまりと
8
しおりを挟む
ほんの一分とかからず、扉の向こうから「おしまい」と聞こえてきた。そこから一呼吸おくと、彼は扉をノックした。
「はーい! どうぞ」
思ったいたより元気な声が返り、大智はゆっくりと引き戸を開ける。部屋の中に入ると、絵本を手にした小柄な女性がベッドサイドの椅子から腰を上げた。
「お邪魔します。由紀子さん」
「あら! 大智さん!」
叔母だと聞いていなければ、どんな間柄か想像もつかなかっただろう。彼女は姉と言っても通用しそうなほど若々しい女性だった。ショートカットの黒髪にトレーナーとジーンズという、格好はかなりカジュアルな装いだ。峰永会の理事長夫人と言われても、全くピンと来ないだろう。
そんな彼女と目が合うと、ニコリと笑みが返ってくる。
「初めまして、由依さん。お話しは夫から聞いております。大智さんにお似合いの素敵なかただって、夫も嬉しいそうで!」
「初めまして。あの、これ。よろしければお祖母様に……」
戸惑い気味の自分の手からそれを受け取ると、彼女はそれを持ってベッドサイドに戻った。
「お義母様! 大智さんがお見えですよ。お見舞いもいただきました。美味しそうな果物と綺麗なお花ですよ」
さっきの朗読もそうだったが、呼びかけるその声はかなり大きい。そうしないと、ベッドに横たわるその人に届かないのだと思う。はっきりした口調で、ゆっくりと話しかけていた。
ベッドを覗き込んでいた彼女は、体を起こすと果物をサイドテーブルに置き、代わりに花瓶を手にした。
「私はお花を生けてきますね。お義母様にお顔を見せて差し上げてください」
「ええ。お願いします」
叔母を見送ったあと、大智は自分に視線を向けた。促すように頷くと、彼と共にベッドに近づいた。
「お祖母様。おかげんはいかがですか?」
彼が声をかけると、虚な表情の彼女は、見つめていた天井からゆるゆると視線を動かした。そして彼を見ると、何か言いたげに唇を動かしていた。
ここに来る前から、祖母とはほぼ意思の疎通は難しいと聞いていた。彼女はずっと彼のことを、自分の息子だと思い込んだままということも。それでもケジメとして、祖母に一目でいいから自分の妻と息子を会わせたい。それが彼の願いだった。
「大……智……」
消え入るような小さな声で、彼女は確かにそう言った。彼は驚いたように目を見張ると、祖母に呼びかけた。
「そうです。大智です、お祖母様」
必死でそう話す彼に、彼女はゆっくりと顔を動かしていた。
「はーい! どうぞ」
思ったいたより元気な声が返り、大智はゆっくりと引き戸を開ける。部屋の中に入ると、絵本を手にした小柄な女性がベッドサイドの椅子から腰を上げた。
「お邪魔します。由紀子さん」
「あら! 大智さん!」
叔母だと聞いていなければ、どんな間柄か想像もつかなかっただろう。彼女は姉と言っても通用しそうなほど若々しい女性だった。ショートカットの黒髪にトレーナーとジーンズという、格好はかなりカジュアルな装いだ。峰永会の理事長夫人と言われても、全くピンと来ないだろう。
そんな彼女と目が合うと、ニコリと笑みが返ってくる。
「初めまして、由依さん。お話しは夫から聞いております。大智さんにお似合いの素敵なかただって、夫も嬉しいそうで!」
「初めまして。あの、これ。よろしければお祖母様に……」
戸惑い気味の自分の手からそれを受け取ると、彼女はそれを持ってベッドサイドに戻った。
「お義母様! 大智さんがお見えですよ。お見舞いもいただきました。美味しそうな果物と綺麗なお花ですよ」
さっきの朗読もそうだったが、呼びかけるその声はかなり大きい。そうしないと、ベッドに横たわるその人に届かないのだと思う。はっきりした口調で、ゆっくりと話しかけていた。
ベッドを覗き込んでいた彼女は、体を起こすと果物をサイドテーブルに置き、代わりに花瓶を手にした。
「私はお花を生けてきますね。お義母様にお顔を見せて差し上げてください」
「ええ。お願いします」
叔母を見送ったあと、大智は自分に視線を向けた。促すように頷くと、彼と共にベッドに近づいた。
「お祖母様。おかげんはいかがですか?」
彼が声をかけると、虚な表情の彼女は、見つめていた天井からゆるゆると視線を動かした。そして彼を見ると、何か言いたげに唇を動かしていた。
ここに来る前から、祖母とはほぼ意思の疎通は難しいと聞いていた。彼女はずっと彼のことを、自分の息子だと思い込んだままということも。それでもケジメとして、祖母に一目でいいから自分の妻と息子を会わせたい。それが彼の願いだった。
「大……智……」
消え入るような小さな声で、彼女は確かにそう言った。彼は驚いたように目を見張ると、祖母に呼びかけた。
「そうです。大智です、お祖母様」
必死でそう話す彼に、彼女はゆっくりと顔を動かしていた。
3
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
エリート警視正の溺愛包囲網 クールな彼の激情に甘く囚われそうです
桜月海羽
恋愛
旧題:エリート警視正の溺愛包囲網~クールな彼の甘やかな激情~
「守ると約束したが、一番危ないのは俺かもしれない」
ストーカー被害に悩む咲良は、警察官の堂本桜輔に守ってもらうことに。
堅物で生真面目な雰囲気とは裏腹に、彼の素顔は意外にも甘くて――?
トラウマを抱えるネイリスト
深澤咲良(27)
×
堅物なエリート警察官僚
堂本桜輔(34)
「このまま帰したくない、と言ったら幻滅するか?」
「しません。私……あなたになら、触れられたい」
エリート警視正の溺愛包囲網に
甘く、激しく、溶かされて――。
アルファポリス 2023/5/10~2023/6/5
※別名義・旧題でベリーズカフェでも公開していました。
書籍化に伴い、そちらは非公開にしています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる