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七章 手繰り寄せられた運命
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その人は険しい表情でこちらを一瞥し、ああ、と小さく声を発して大智を見た。
「大智。彼の命に別状はない。詳しくは別室で話す」
「はい。搬送を受け入れてくれて、ありがとうございます。叔父さん」
(叔父……さん……)
ようやく数々のことが腑に落ちた。
大智と美礼が、なぜ樹を見て驚いた表情を見せたのか。何も知らないはずの大智が、なぜ樹と峰永会の関係を推測できたのか。
「樹……?」
長年樹を知る眞央でさえ驚き、目を見張っている。それくらい似ているのだ。樹と大智の叔父は。焦茶色の髪に精悍でくっきりした目鼻立ち。筋肉質でがっしりした体格までも。
その叔父は、自分たちに向くと静かに口を開いた。
「執刀しました、阿佐永悌志です。後ほど理事長室へお越しください。お聞きになりたいことはそのときに」
顔立ちが似ているからか、声の質も似ているようだ。年齢を重ねた樹が目の前で喋っているような気分になる。
けれど二人は親子ほど年は離れていなさそうだ。どうみても彼は四十代後半から五十代前半くらい。三十五才になる樹と親子いうのは無理がある。
「……はい」
コクリと頷くと、彼は表情を緩めたあと踵を返す。そしてまた扉の中に入って行った。
大智のほうに振り返ると、彼は複雑そうな表情で頷いた。自分が、大智と同じ推測に行き着いたことを察したようだ。
「二人とも、理事長室へ案内します。母が一緒でもよいですか?」
戸惑い気味の眞央が「え、ええ」と返すと、大智はこちらへと進み出した。
途中でプレイルームに寄り、灯希と大智の母と合流する。彼の母に手術は無事に終わったことを伝えると、自分の家族のことのように喜んでくれた。
灯希は自分の元へやってくると、「まんま!」と訴える。そう言えばおやつを食べていないけれど、何も持ってきていない。
「あら、灯希君。お腹空いちゃったかな? 売店へ行きましょうか。私が選んでもいいかしら」
「はい。お願いします」
「理事長室にはあとで向かうわね」
おっとりした口調で彼の母は言い、灯希を連れて行ってくれる。
それからまた大智の案内で理事長室へ向かった。
着いたその部屋をノックすると、女性の声で「どうぞ」と声がする。中に入ると、職員らしき女性がコーヒーをセッティングしていた。
「先生はすぐに参るそうです。お掛けになってお待ち下さい」
応接ソファに身を預けると、一気に様々な思いが押し寄せていた。
ほんのりと湯気が立ち昇るコーヒーカップを、最初に持ち上げたのは眞央だった。
「せっかくだから冷めないうちにいただこう。きっと気持ちも落ち着くよ」
自分自身にも言い聞かせているようだ。持ち手にかかる指は小さく震えていた。
「うん……。そうだね」
自分もカップを持ち上げカップに口を付ける。普段あまりコーヒーは飲まないが、今はこの苦味が頭をシャキッとさせてくれるようだった。
しばらく待っていると、内側にもう一つあった扉が前触れもなく開く。
「お待たせしました」
先ほどと変わらずスクラブ姿の大智の叔父はスタスタと応接寄ってくると、1人掛けのソファに掛けた。
カップを置くと姿勢を伸ばし、彼に向く。彼は一つ呼吸をすると口を開いた。
「まず、佐保樹さんの手術の内容から説明します」
はっきりとした声を発し、彼は説明を始める。
刺さったのはそれほど心配する場所ではなかったこと。今は麻酔で眠っているが、じき目を覚ますだろうということ。
「刺した相手と体格差があったのと、背中側だったので深手にはなりませんでしたが……。そうでなければ、どうなっていたか。相手は躊躇いなく刺したようですから」
それを聞いてゾッとした。彼女は間違いなく自分を狙っていた。樹が守ってくれなければ、彼女に正面から刺されていた可能性がある。想像しただけで体が震えた。それに気づいた大智は、自分の肩にそっと腕を回してくれていた。
「先生。樹の怪我についての話はそれで終わりでしょうか?」
静かに話を聞いていた眞央がそう切り出すと、先生は面食らっている。
「ええ。ここからは……本人に了解を得ない上での内輪の話しになってしまいますが」
苦々しい表情で答える先生に、眞央は「そうですか」と答えると立ち上がった。
「では僕はここで一旦退出します。今日、樹がしようとしていた話は……本人の口から聞きます」
きっぱりと言い切る眞央を驚いて見上げると、眞央は緩やかに笑みを返した。
「ごめんね。これはあくまでも自分がそうしたいだけ。由依ちゃんは話しを聞いて」
ここからは家族に関わる話になる。眞央は気を使ってくれたのだろう。小さく頷いて眞央が出て行くのを見送った。
すぐ入れ替わるように、大智の母が部屋に入ってくる。灯希は眞央が見ると連れて行ったらしい。
その母が着席すると、叔父は静かに話し始めた。
「率直に言う。彼は……俺の異母弟。お袋が酷い仕打ちをして追いやった人の子だ」
「大智。彼の命に別状はない。詳しくは別室で話す」
「はい。搬送を受け入れてくれて、ありがとうございます。叔父さん」
(叔父……さん……)
ようやく数々のことが腑に落ちた。
大智と美礼が、なぜ樹を見て驚いた表情を見せたのか。何も知らないはずの大智が、なぜ樹と峰永会の関係を推測できたのか。
「樹……?」
長年樹を知る眞央でさえ驚き、目を見張っている。それくらい似ているのだ。樹と大智の叔父は。焦茶色の髪に精悍でくっきりした目鼻立ち。筋肉質でがっしりした体格までも。
その叔父は、自分たちに向くと静かに口を開いた。
「執刀しました、阿佐永悌志です。後ほど理事長室へお越しください。お聞きになりたいことはそのときに」
顔立ちが似ているからか、声の質も似ているようだ。年齢を重ねた樹が目の前で喋っているような気分になる。
けれど二人は親子ほど年は離れていなさそうだ。どうみても彼は四十代後半から五十代前半くらい。三十五才になる樹と親子いうのは無理がある。
「……はい」
コクリと頷くと、彼は表情を緩めたあと踵を返す。そしてまた扉の中に入って行った。
大智のほうに振り返ると、彼は複雑そうな表情で頷いた。自分が、大智と同じ推測に行き着いたことを察したようだ。
「二人とも、理事長室へ案内します。母が一緒でもよいですか?」
戸惑い気味の眞央が「え、ええ」と返すと、大智はこちらへと進み出した。
途中でプレイルームに寄り、灯希と大智の母と合流する。彼の母に手術は無事に終わったことを伝えると、自分の家族のことのように喜んでくれた。
灯希は自分の元へやってくると、「まんま!」と訴える。そう言えばおやつを食べていないけれど、何も持ってきていない。
「あら、灯希君。お腹空いちゃったかな? 売店へ行きましょうか。私が選んでもいいかしら」
「はい。お願いします」
「理事長室にはあとで向かうわね」
おっとりした口調で彼の母は言い、灯希を連れて行ってくれる。
それからまた大智の案内で理事長室へ向かった。
着いたその部屋をノックすると、女性の声で「どうぞ」と声がする。中に入ると、職員らしき女性がコーヒーをセッティングしていた。
「先生はすぐに参るそうです。お掛けになってお待ち下さい」
応接ソファに身を預けると、一気に様々な思いが押し寄せていた。
ほんのりと湯気が立ち昇るコーヒーカップを、最初に持ち上げたのは眞央だった。
「せっかくだから冷めないうちにいただこう。きっと気持ちも落ち着くよ」
自分自身にも言い聞かせているようだ。持ち手にかかる指は小さく震えていた。
「うん……。そうだね」
自分もカップを持ち上げカップに口を付ける。普段あまりコーヒーは飲まないが、今はこの苦味が頭をシャキッとさせてくれるようだった。
しばらく待っていると、内側にもう一つあった扉が前触れもなく開く。
「お待たせしました」
先ほどと変わらずスクラブ姿の大智の叔父はスタスタと応接寄ってくると、1人掛けのソファに掛けた。
カップを置くと姿勢を伸ばし、彼に向く。彼は一つ呼吸をすると口を開いた。
「まず、佐保樹さんの手術の内容から説明します」
はっきりとした声を発し、彼は説明を始める。
刺さったのはそれほど心配する場所ではなかったこと。今は麻酔で眠っているが、じき目を覚ますだろうということ。
「刺した相手と体格差があったのと、背中側だったので深手にはなりませんでしたが……。そうでなければ、どうなっていたか。相手は躊躇いなく刺したようですから」
それを聞いてゾッとした。彼女は間違いなく自分を狙っていた。樹が守ってくれなければ、彼女に正面から刺されていた可能性がある。想像しただけで体が震えた。それに気づいた大智は、自分の肩にそっと腕を回してくれていた。
「先生。樹の怪我についての話はそれで終わりでしょうか?」
静かに話を聞いていた眞央がそう切り出すと、先生は面食らっている。
「ええ。ここからは……本人に了解を得ない上での内輪の話しになってしまいますが」
苦々しい表情で答える先生に、眞央は「そうですか」と答えると立ち上がった。
「では僕はここで一旦退出します。今日、樹がしようとしていた話は……本人の口から聞きます」
きっぱりと言い切る眞央を驚いて見上げると、眞央は緩やかに笑みを返した。
「ごめんね。これはあくまでも自分がそうしたいだけ。由依ちゃんは話しを聞いて」
ここからは家族に関わる話になる。眞央は気を使ってくれたのだろう。小さく頷いて眞央が出て行くのを見送った。
すぐ入れ替わるように、大智の母が部屋に入ってくる。灯希は眞央が見ると連れて行ったらしい。
その母が着席すると、叔父は静かに話し始めた。
「率直に言う。彼は……俺の異母弟。お袋が酷い仕打ちをして追いやった人の子だ」
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