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七章 手繰り寄せられた運命
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樹はなんとなく不愉快そうに顔を歪めている。どうしたんだろうと思いながら、取り繕うように口を開いた。
「さっ、さっきの人、すごく可愛い人だったね。たっちゃん、知ってる人だったの?」
「いや……全く。けど俺は可愛いなんて少しも思わないし、むしろ気に食わない」
「えっ? 知らない人なのにどうして?」
玄関の三和土で立ち尽くしたまま、驚いて樹を見上げる。樹は眉間に皺を刻んだまま口を開いた。
「さっきのやつ、由依を全く見なかった。困ったときは同性を頼るのが自然だ。なのに俺に聞いたのは、男は自分に尽くして当たり前って思ってるからだろうな。まぁ、いるけどな。ああいう性格の女。俺の嫌いな人種だ」
樹はデザイナーで、レディースも扱っている。仕事上、いろんなタイプの女性たちを見てきたのだろう。辟易とした様子で吐き捨てた。
確かに彼女はこちらを見ようとしなかったが、そんな性格だなんて思いもしなかった。というよりも、少し話しただけで何となく察した樹が凄いのかも知れない。
「そう……なんだ……」
唖然としたままそう呟くと、樹は背中を向けて靴を脱ぎながら言う。
「持ってるバッグも着てたコートも、超が付くほど高級品だったし、甘やかされてるんだろうな。ま、俺には関係ないけど」
その台詞と、若木先生の"お嬢様"の言葉が重なった気がした。
(……偶然? でも……)
急激に空気が冷えていくようで身震いする。もしそうだったらと思うと、不安だけが押し寄せてきた。
「……由依?」
進みかけた樹が、動こうとしない自分を不審に思ったのか振り返った。
「たっちゃん、あの。話しておきたいことがあるの。眞央さんにも。あとで時間もらえるかな?」
切羽詰まったような表情の自分に、樹は「わかった」と険しい顔で返事をした。
久しぶりにみんなで囲む食卓は、嬉しいはずなのに心から楽しめない。心配させないように無理矢理明るく振る舞うしかなかった。
そしていつも通りに灯希を寝かしつけると、ダイニングに戻る。二人は温かいお茶を淹れて待っていてくれた。
それを飲みながら、向かいに座る二人に、大智のストーカーの存在を話して聞かせる。どちらも表情を曇らせて話を聞いていた。
「さっきの女が……そうかも知れないってことだよな」
「わからない。でも、もしかしたら……」
暗い表情で答えると、「さっきって?」と眞央が尋ねる。今度は樹が、ついさっきあった出来事を話して聞かせていた。
話しを聞いた眞央もまた、苦々しい表情を浮かべ溜め息を吐く。重々しい空気の中、真っ先に口を開いたのは樹だった。
「とりあえず……時期が今なのは不幸中の幸いってやつだな」
「そうだね、樹」
どういうことだろうかと思う由依の前で、眞央は阿吽の呼吸の如く頷いていた。
「由依。明日から、行き帰りは付き添うから。仕事もちょうど落ち着いたし、俺たちのどっちかは時間合わせられるはずだ」
「だね。由依ちゃん。僕たちを安心させる意味でも、お願いするよ」
そこまでしなくてもと頭を過ぎったことが筒抜けだったようで、眞央は願い出る。迷惑をかけるのではと思ったが、眞央の言葉にも一理ある。
「ありがとう、たっちゃん。眞央さん。じゃあ……明日から、よろしくお願いします」
深々と頭を下げたあと顔を上げると、二人は温かな視線を自分に向けていた。
部屋に帰ると、灯希は何事もなくあどけない寝顔を見せて眠っていた。それを確認すると、小さなテーブルの上に置きっぱなしだったスマホを手に取った。
いつもなら灯希を寝かしつけているころには、大智からメッセージが届いているのだが、樹たちと話す前にはまだ来ていなかった。画面を付けると、つい数分前に届いたばかりのようだった。
『由依、変わったことはない? まだ事務所にいて、明日から数日泊まりで出張が入ってしまったんだ。会えなくて寂しいよ。返事は気にしないで。おやすみ』
読み終えると画面を見つめたまま「出張……」と口にする。
若木先生からは何かあったら伝えるように言われたが、このタイミングで伝えて良いものか悩む。大智の仕事に支障が出てしまう。それが一番心配だった。
悩み抜いた末、当たり障りのないメッセージを打ち込む。もしかしたら今日のことはただの偶然かも知れない。それに樹たちも見守ってくれる。もしもまた彼女が現れたら、その時はちゃんと伝えよう。そう思った。
メッセージを送りしばらく眺めたあと画面を閉じる。すぐに既読が付かないということは、まだ仕事中なのだろう。
溜め息と共に布団に潜り込むと枕元にスマホを置いた。
(大智さんも……不安だったんだろうな……)
天井を見上げて考える。家の前にストーカーが立っていたなんて、想像しただけでもゾッとする。
けれどそれ以上何もないし、相手の立場もあり迂闊に警察には相談できないと大智は言っていた。
(……早く……解決すると、いいんだけど……)
ウトウトとしながら、そう願っていた。
「さっ、さっきの人、すごく可愛い人だったね。たっちゃん、知ってる人だったの?」
「いや……全く。けど俺は可愛いなんて少しも思わないし、むしろ気に食わない」
「えっ? 知らない人なのにどうして?」
玄関の三和土で立ち尽くしたまま、驚いて樹を見上げる。樹は眉間に皺を刻んだまま口を開いた。
「さっきのやつ、由依を全く見なかった。困ったときは同性を頼るのが自然だ。なのに俺に聞いたのは、男は自分に尽くして当たり前って思ってるからだろうな。まぁ、いるけどな。ああいう性格の女。俺の嫌いな人種だ」
樹はデザイナーで、レディースも扱っている。仕事上、いろんなタイプの女性たちを見てきたのだろう。辟易とした様子で吐き捨てた。
確かに彼女はこちらを見ようとしなかったが、そんな性格だなんて思いもしなかった。というよりも、少し話しただけで何となく察した樹が凄いのかも知れない。
「そう……なんだ……」
唖然としたままそう呟くと、樹は背中を向けて靴を脱ぎながら言う。
「持ってるバッグも着てたコートも、超が付くほど高級品だったし、甘やかされてるんだろうな。ま、俺には関係ないけど」
その台詞と、若木先生の"お嬢様"の言葉が重なった気がした。
(……偶然? でも……)
急激に空気が冷えていくようで身震いする。もしそうだったらと思うと、不安だけが押し寄せてきた。
「……由依?」
進みかけた樹が、動こうとしない自分を不審に思ったのか振り返った。
「たっちゃん、あの。話しておきたいことがあるの。眞央さんにも。あとで時間もらえるかな?」
切羽詰まったような表情の自分に、樹は「わかった」と険しい顔で返事をした。
久しぶりにみんなで囲む食卓は、嬉しいはずなのに心から楽しめない。心配させないように無理矢理明るく振る舞うしかなかった。
そしていつも通りに灯希を寝かしつけると、ダイニングに戻る。二人は温かいお茶を淹れて待っていてくれた。
それを飲みながら、向かいに座る二人に、大智のストーカーの存在を話して聞かせる。どちらも表情を曇らせて話を聞いていた。
「さっきの女が……そうかも知れないってことだよな」
「わからない。でも、もしかしたら……」
暗い表情で答えると、「さっきって?」と眞央が尋ねる。今度は樹が、ついさっきあった出来事を話して聞かせていた。
話しを聞いた眞央もまた、苦々しい表情を浮かべ溜め息を吐く。重々しい空気の中、真っ先に口を開いたのは樹だった。
「とりあえず……時期が今なのは不幸中の幸いってやつだな」
「そうだね、樹」
どういうことだろうかと思う由依の前で、眞央は阿吽の呼吸の如く頷いていた。
「由依。明日から、行き帰りは付き添うから。仕事もちょうど落ち着いたし、俺たちのどっちかは時間合わせられるはずだ」
「だね。由依ちゃん。僕たちを安心させる意味でも、お願いするよ」
そこまでしなくてもと頭を過ぎったことが筒抜けだったようで、眞央は願い出る。迷惑をかけるのではと思ったが、眞央の言葉にも一理ある。
「ありがとう、たっちゃん。眞央さん。じゃあ……明日から、よろしくお願いします」
深々と頭を下げたあと顔を上げると、二人は温かな視線を自分に向けていた。
部屋に帰ると、灯希は何事もなくあどけない寝顔を見せて眠っていた。それを確認すると、小さなテーブルの上に置きっぱなしだったスマホを手に取った。
いつもなら灯希を寝かしつけているころには、大智からメッセージが届いているのだが、樹たちと話す前にはまだ来ていなかった。画面を付けると、つい数分前に届いたばかりのようだった。
『由依、変わったことはない? まだ事務所にいて、明日から数日泊まりで出張が入ってしまったんだ。会えなくて寂しいよ。返事は気にしないで。おやすみ』
読み終えると画面を見つめたまま「出張……」と口にする。
若木先生からは何かあったら伝えるように言われたが、このタイミングで伝えて良いものか悩む。大智の仕事に支障が出てしまう。それが一番心配だった。
悩み抜いた末、当たり障りのないメッセージを打ち込む。もしかしたら今日のことはただの偶然かも知れない。それに樹たちも見守ってくれる。もしもまた彼女が現れたら、その時はちゃんと伝えよう。そう思った。
メッセージを送りしばらく眺めたあと画面を閉じる。すぐに既読が付かないということは、まだ仕事中なのだろう。
溜め息と共に布団に潜り込むと枕元にスマホを置いた。
(大智さんも……不安だったんだろうな……)
天井を見上げて考える。家の前にストーカーが立っていたなんて、想像しただけでもゾッとする。
けれどそれ以上何もないし、相手の立場もあり迂闊に警察には相談できないと大智は言っていた。
(……早く……解決すると、いいんだけど……)
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