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七章 手繰り寄せられた運命
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翌日は朝からソワソワと浮き足だっていた。なにしろ、お昼前には大智の母と会うことになる。今までまともに付き合った相手すらおらず、何が正解なのかなんてわからないのだから。
「ただいま~。帰ったよぉ」
リビングで灯希を遊ばせていると、軽快な口調の女性と、その後ろにもう一人女性が続いていた。
最初の女性は、美礼の母だとすぐわかった。溌剌としていて若々しく、五十代半ばには見えない。醸し出す空気感は美礼とそっくりだ。
「おかえり! 聡美おばちゃんも、いらっしゃい」
「美礼ちゃん、お邪魔するわね。これ、みんなのお昼ご飯ね」
"聡美おばちゃん"と呼ばれた女性は、ゆったりとした口調でデパートの紙袋を渡している。美礼の母より小柄なその女性は、年相応の落ち着きがあった。
その二人がこちらに顔を向けるのと同じタイミングで、大智が立ち上がる。慌てて自分も立ち上がり、彼の後ろに並んだ。
「ご無沙汰しています。良美おばさん。母さんも、遠いところをありがとう」
「大智くん、お久しぶり。美礼には色々と聞いてるわよぉ!」
ニコニコと笑いながら言うその顔は、歳を重ねた美礼の姿を想像させる。
そして、その隣りに歩みを寄せた女性は、姿こそ似ていないが、優しげなその雰囲気が大智によく似ていた。
「大智。元気そうね。今日は誘ってくれてありがとう。彼女たちを紹介してもらえる?」
薄らと笑みを浮かべ、大智に慈愛に満ちた眼差しを向けて言う。それに頷いた彼は、自分の隣り並ぶように動いた。
「彼女は瀬奈由依さん。電話でも話した通り、僕の子どもの母で、妻になる女性です」
いつも通り穏やかに話す大智に反して、自分の心臓はドキドキと音を立てている。そしてカラカラになった喉から、何とか声を絞り出した。
「初めまして。あのっ。……すみませんでした。私……」
そう言って頭を下げる。けれど、ちゃんと謝ろうと思うのに言葉が続かない。情けなくて泣きそうになりながら顔を上げると、大智の母は目を丸くしていた。
「初めまして、由依さん。大智の母です。どうして謝るの? こんなに可愛らしい孫の顔を見られて幸せだわ」
ふふっと笑うその視線の先には、こわばった顔で大智の足にしがみつく灯希の姿があった。
"すみません"の言葉を胸の奥に押し込み、顔を上げる。
「この子は、灯す希望と書いて、灯希と言います。今は一才と五ヶ月になりました」
そう言うと、大智の母はより優しい笑みを返す。それから静かにしゃがみ灯希に話しかけた。
「こんにちは、灯希くん。驚かせちゃったかな? おばあちゃんです。これからよろしくね」
少し距離を取って、ゆっくり話しかける姿は、ベテランの保育士のようにみえる。普段から小さな子どもに関わっている。そんな感じを見受けた。
さすがに灯希は恥ずかしいのか、大智の足の後ろに隠れている。じっと様子を伺っているが、怖がってはなさそうだ。
「みんな、お昼にしようよ!」
リビングの続きにあるダイニングで、美礼がテーブルの上にお弁当を並べて声を上げる。
大智は体を反らして後ろにいる灯希を見ると「灯希。ご飯だって。行こうか」と微笑みながら尋ねた。
「まんま」
ニカっと顔を綻ばせたかと思うと、灯希は抱っこしてとばかりに両手を突き出す。灯希はすっかり彼に甘えることを覚えたようだ。そんな灯希を彼は慣れた仕草で抱き上げた。
その様子を、立ち上がった彼の母は眺めていた。
「そうしていると、礼志さんと小さい頃の貴方みたいね」
亡くなった彼の父を思い出しているのだろう。その顔はどこか、懐かしそうでもあり、寂しそうでもあった。
「そうだね。こうしていると、自分にもそんな記憶があったなって、思い出すんだ」
彼も自分の母と同じような表情をして語る。大智の母は少し嬉しそうに笑みを浮かべて「そう」と小さく呟いていた。
テーブルに向かうと、デパートで買ってきたらしいお弁当が置かれていた。さすがに灯希の分はなく、自分のものを取り分けようかと考えていると、美礼の母が切り出した。
「由依ちゃん。実は灯希くんにお弁当作ってきたのよ。余計なお節介かなと思ったんだけど、初孫フィーバーってやつ? 聡美さんと二人で張り切っちゃって」
明るくそう言うと、美礼の母は手元にあったランチバッグからお弁当箱を取り出す。
「アレルギーはないって聞いてるけど、大丈夫だった?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
それを受け取ると、灯希に向かい「よかったね、お弁当だって」と話しかけながら蓋を開ける。
「わぁっ……凄い……」
思わず声を漏らす。それは、子どもに人気のキャラクターで作られたキャラ弁当だった。
「ただいま~。帰ったよぉ」
リビングで灯希を遊ばせていると、軽快な口調の女性と、その後ろにもう一人女性が続いていた。
最初の女性は、美礼の母だとすぐわかった。溌剌としていて若々しく、五十代半ばには見えない。醸し出す空気感は美礼とそっくりだ。
「おかえり! 聡美おばちゃんも、いらっしゃい」
「美礼ちゃん、お邪魔するわね。これ、みんなのお昼ご飯ね」
"聡美おばちゃん"と呼ばれた女性は、ゆったりとした口調でデパートの紙袋を渡している。美礼の母より小柄なその女性は、年相応の落ち着きがあった。
その二人がこちらに顔を向けるのと同じタイミングで、大智が立ち上がる。慌てて自分も立ち上がり、彼の後ろに並んだ。
「ご無沙汰しています。良美おばさん。母さんも、遠いところをありがとう」
「大智くん、お久しぶり。美礼には色々と聞いてるわよぉ!」
ニコニコと笑いながら言うその顔は、歳を重ねた美礼の姿を想像させる。
そして、その隣りに歩みを寄せた女性は、姿こそ似ていないが、優しげなその雰囲気が大智によく似ていた。
「大智。元気そうね。今日は誘ってくれてありがとう。彼女たちを紹介してもらえる?」
薄らと笑みを浮かべ、大智に慈愛に満ちた眼差しを向けて言う。それに頷いた彼は、自分の隣り並ぶように動いた。
「彼女は瀬奈由依さん。電話でも話した通り、僕の子どもの母で、妻になる女性です」
いつも通り穏やかに話す大智に反して、自分の心臓はドキドキと音を立てている。そしてカラカラになった喉から、何とか声を絞り出した。
「初めまして。あのっ。……すみませんでした。私……」
そう言って頭を下げる。けれど、ちゃんと謝ろうと思うのに言葉が続かない。情けなくて泣きそうになりながら顔を上げると、大智の母は目を丸くしていた。
「初めまして、由依さん。大智の母です。どうして謝るの? こんなに可愛らしい孫の顔を見られて幸せだわ」
ふふっと笑うその視線の先には、こわばった顔で大智の足にしがみつく灯希の姿があった。
"すみません"の言葉を胸の奥に押し込み、顔を上げる。
「この子は、灯す希望と書いて、灯希と言います。今は一才と五ヶ月になりました」
そう言うと、大智の母はより優しい笑みを返す。それから静かにしゃがみ灯希に話しかけた。
「こんにちは、灯希くん。驚かせちゃったかな? おばあちゃんです。これからよろしくね」
少し距離を取って、ゆっくり話しかける姿は、ベテランの保育士のようにみえる。普段から小さな子どもに関わっている。そんな感じを見受けた。
さすがに灯希は恥ずかしいのか、大智の足の後ろに隠れている。じっと様子を伺っているが、怖がってはなさそうだ。
「みんな、お昼にしようよ!」
リビングの続きにあるダイニングで、美礼がテーブルの上にお弁当を並べて声を上げる。
大智は体を反らして後ろにいる灯希を見ると「灯希。ご飯だって。行こうか」と微笑みながら尋ねた。
「まんま」
ニカっと顔を綻ばせたかと思うと、灯希は抱っこしてとばかりに両手を突き出す。灯希はすっかり彼に甘えることを覚えたようだ。そんな灯希を彼は慣れた仕草で抱き上げた。
その様子を、立ち上がった彼の母は眺めていた。
「そうしていると、礼志さんと小さい頃の貴方みたいね」
亡くなった彼の父を思い出しているのだろう。その顔はどこか、懐かしそうでもあり、寂しそうでもあった。
「そうだね。こうしていると、自分にもそんな記憶があったなって、思い出すんだ」
彼も自分の母と同じような表情をして語る。大智の母は少し嬉しそうに笑みを浮かべて「そう」と小さく呟いていた。
テーブルに向かうと、デパートで買ってきたらしいお弁当が置かれていた。さすがに灯希の分はなく、自分のものを取り分けようかと考えていると、美礼の母が切り出した。
「由依ちゃん。実は灯希くんにお弁当作ってきたのよ。余計なお節介かなと思ったんだけど、初孫フィーバーってやつ? 聡美さんと二人で張り切っちゃって」
明るくそう言うと、美礼の母は手元にあったランチバッグからお弁当箱を取り出す。
「アレルギーはないって聞いてるけど、大丈夫だった?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
それを受け取ると、灯希に向かい「よかったね、お弁当だって」と話しかけながら蓋を開ける。
「わぁっ……凄い……」
思わず声を漏らす。それは、子どもに人気のキャラクターで作られたキャラ弁当だった。
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