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四章 運命の一夜 (side大智)

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 祖母は頑なに自分を離そうとしなかった。その日解放されたのは、面会時間がきてしかたなくだ。
 20時を回り、車の数も少なくなった駐車場で自分の車に乗り込むと溜め息を吐いた。

(こんな日が、いつまで続くのだろう……)

 まだたった一日のことなのに、永遠に続くように感じて頭がグラグラする。エンジンもかけず座席に凭れたまま、ぼんやりしていた。
 そのとき、ジャケットに入れっぱなしだったスマホがブーブーと低い音を出した。もしかして由依からだろうかと慌てて取り出し、その画面を見て思わず眉を顰める。
 それは自分が付いている先輩弁護士だった。日曜日の夜に電話がくる理由は一つしか思い当たらない。
 また深い息を吐くと、その電話に出た。

「はい。阿佐永です」
『すまん、大智。明日契約交わす予定の事案、内容変更の申し入れがあった。今事務所で作り直してるところだが、手伝ってくれないか? もう一回精査が必要だ』

 自分の仕事は9時から5時で終わるようなものではない。時々こうやって急なトラブルに見舞われることがあり、こんな電話は珍しいものではない。

(それにしても、よりにもよって何故今なんだ)

 追い打ちをかけられているような気持ちになる。だがそれに対する答えは決まっている。

「わかりました。今すぐ事務所に向かいます」

 そう言って電話を切ると、すぐさまエンジンをかけた。

 事務所に真っ直ぐ向かい、同じチームを組む弁護士と作業に入る。それが終わったのはもう朝に近い時間帯だった。
 食事もそこそこに仕事に集中していたせいか、それが途切れると途端に眠気に襲われた。

「お疲れ。俺は帰って仮眠とってまた出勤する。大智はどうする?」

 十ほど年上の先輩、若木は欠伸をしてから尋ねた。彼の家は事務所から近い。こういうとき何かと便利だ。

「僕はこのまま事務所で仮眠を取ります。帰っている時間は無さそうですし」
「わかった。にしても、お前もせめて都内に越して来たらどうだ? 通勤時間がもったいないだろうに」

 家の事情は詳しく話していないが、実家を出たいと思っているとは話したことがある。だからこそ余計にそんな言葉が出たのだろう。

「そう……ですね。どこかいいところが見つかれば」
「不動産屋ならいくらでも紹介するぞ? 必要な時は言ってくれ」

 若木は明るく言って自分の肩を軽く叩いてすれ違う。

「ええ。その時はぜひ。では、お気をつけて」
「おう! じゃ、また数時間後に!」

 若木を見送ったあと、事務所の休憩室へ向かう。
 この部屋にあるのは大きめのソファで、少し窮屈ではあるが眠れないほどではない。そこに座ると、ポケットに入れっぱなしだったスマホを出しテーブルに置く。

(そういえば……。全く見てなかったな)

 早朝にメッセージの返信がないか確認したっきりだ。スマホを手に取り画面を開いてみたが、メッセージはDMの類いしか届いていなかった。

 どうして? 何故?
 
 そればかりが頭の中をぐるぐると巡る。そんな考えを振り切るように、由依には由依の生活があるんだからと、自分に何度も言い聞かせた。

 仕事は忙しい上に、祖母は毎日見舞いにくるように病院で煩く言っていて、毎日息を吐く暇もなかった。
 そうしているうち三日経ち、四日経ち、由依と再会して一週間になっていた。まだたった一週間。そう思う反面、ずいぶん昔のように感じる。
 土曜日の今日、疲労からかなり寝坊して、ベッドから起き上がったのは昼前。スッキリしないまま用意をすると、祖母の待つ病院に向かった。
 祖母はいまだに自分を父だと思っている。違うと何度も喉元まで出掛かった。けれどまるで、父との関係をやり直しているような祖母の様子に、強く言うことはできなかった。
 こんなとき、父に言われた"お前は優しすぎる"を身に染みて痛感する。相手の気持ちを考え過ぎてしまうのは、自分の悪い癖だと。

 病院から帰ると、電話をかけるには遅くない時間だった。
 部屋に戻り、立ったまましばらくスマホの画面を眺めた。"由依"と表示された画面は、しばらく経つと真っ暗になり、またボタンを押し表示させる、を繰り返した。
 ようやく決心がつき、深呼吸すると画面をタップする。聞き慣れた呼び出し音と、自分の心臓の鼓動が重なっているようだった。
 何度かコールが続いたあと、それは不意に途切れた。

『もしもし? 誰?』

 向こうからその聞こえた声に、息を呑んでいた。
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