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四章 運命の一夜 (side大智)

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 葬式も四十九日の法要も終わったあと、修羅場は訪れた。
 阿佐永家の弁護士が、美礼の存在を祖母に話したからだ。
 非嫡出子、つまり婚姻外で生まれた子は認知されていても基本的には母親の戸籍に入る。一見するとその存在は分からない。だが相続となると、相続人を全員確認する必要がある。美礼は戸籍の上では父の子。もちろん相続権は発生するし、その割合は自分と同じだ。
 父はその相続権を美礼に渡したいがために、自分を父親として届け出たのだ。
 父はそのとき、こう言ったらしい。

『これくらいしか、償う方法が見つからないから』

 本当なら祖父母が先に亡くなり、美礼の存在を知られぬまま過ごせたはずだった。父も自分が先に亡くなるとは思っていなかっただろう。きっと心残りだったに違いない。

 そして想像した通り、祖母は怒り狂った。
 まさか追いやったはずの、自分の夫が外で作った子が、最愛の息子の子として認知されていたなど、考えもしなかっただろうから。

「許さない。あの女の子どもに阿佐永の財産を渡すなど、許されるものですか!」

 母と自分を前にして祖母は感情的に声を荒げた。
 けれど法律上では美礼にも権利がある。同席していた弁護士は、祖母に冷静に言って聞かせたが、祖母の怒りは収まることはなかった。

「あなたが礼志を唆したのでしょう! 出て行きなさい! だいたいこの家はまだ礼志のものじゃない。今まで住まわせてやったことを感謝して欲しいくらいよ」

 祖母は扉を指差し母に言った。
 本来なら祖父母が亡くなったあと、この家を相続するのは父の予定だった。
 だがこちらとしては、相続するには厄介な不動産がなかったことが不幸中の幸いだった。父の持つ財産は現金や有価証券が大半で、分けやすかったからだ。

「そのつもりです、お義母かあ様。今まで大変お世話になりました」

 母は祖母に頭を下げる。その姿を見て、正直なところホッとしていた。
 やっとこの家から逃れられる。残された財産は、母と二人でしばらく暮らしていくには十分だ。弁護士になるまではまだ数年必要だが、その後は自分が母を養えばいい。
 そんなことを考えていた自分の元に祖母は来ると、突然縋りついた。

「大智さん。あなたは違うわよ。礼志の子ですもの。この家に住み続けてもらうわ」

 茨が体中に纏わりついていくようだった。だがこの手を振り払えば、きっと矛先は母と美礼に向かう。

「わかりました……」

 今は従うしか道はない。それが二人を守る唯一の方法なのだから。

 母が阿佐永家を出たあと、代わりに家に越してきたのは叔父、悌志ていじの家族だった。
 とても喜んで越してきたようには見えなかった。突然の同居に戸惑っている。そんなふうに見えた。
 祖母はそんな叔父の家族には見向きもせず、自分に執着し始めた。父の代わりとして。それがより顕著になったのは、父が亡くなってから六年後だ。

 大学卒業後法科大学院へ進み、そこも卒業し司法試験の合格発表間近というころ、祖父が亡くなった。
 峰永会はすでに代替わりし、叔父が理事長になっていた。叔父の息子は医学部に入っていたし、阿佐永の家を継ぐのは叔父家族だと、周りの誰もが思っていた。
 けれど祖母は頑なに、自分を手放そうとしなかった。

『あなたはずっと私のそばにいてくれるわよね?』

 ことあるごとに祖母は言った。
 その手を振り払えたらどんなによかったか。けれど、実質的に峰永会の実権を握る祖母は、自分が逆らおうとすると弱味を逆手に取り脅しにかかった。

『聡美さんの事業、うちが援助を打ち切ったらどうなるんでしょうね』

 楽しそうにそう言う祖母にゾッとした。自分はこんな人と血が繋がっているのかと、打ちのめされた。

(この人さえいなければ……)

 誰にも言えない、後ろ暗い感情に囚われ自己嫌悪に陥いる。それもあと数年。弁護士になり自分の力で稼げるようになれば変わるはず、と自分を慰めた。

 司法試験に合格しても、すぐに弁護士になれるわけではない。その後約一年、司法修習を受け試験に合格したあと、法曹界に入ることになる。とはいえ、すでに最大の難関は突破していて、ここで不合格となることは少ないらしい。
 それがわかっていたのか、祖母は縁談を勧めるようになった。今までも見合い写真をよこすことはあったが、勉強が忙しいと断っていた。けれどそれもそろそろ通用しなくなっていた。

 紹介された相手に会ってみたものの、何の感情も揺り動かされなかった。
 流行りのファッションにメイク、話すことは身にもならないくだらない話。媚びるように投げて寄越す視線に吐き気がした。
 ずっと縁談を断り続けていると、祖母は『私の顔に泥を塗るな』と怒り出す。元々感情の起伏の激しい人だ。そんな姿を見るだけでうんざりした。
 仕方なく、今度は付き合うことにした。恋愛感情など湧くことはなく、冷めた態度で接しているうちに、相手から別れを切り出された。
 相手が彼女なら、そんなことはしないのに。ただ一人、恋心を募らせた人のことを思い出していた。
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