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一章 一夜の幕開け
10.
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笑い飛ばされるどころか、自分の思っていたことを肯定され、少なからず驚いていた。けれど背中を押してもらえたような気がした。
「ありがとう……ございます」
お礼を言う由依に、大智はより口角を上げる。勘違いしてはいけない、と思うのに勝手に体温は上がっていく。酔っていてよかったかも知れない。顔が赤くなっていても誤魔化しがききそうだから。
「変な話、聞かせちゃいましたね。もう行きましょうか」
気恥ずかしくなり、取り繕うように勢いよく立ち上がり大智に背中を向ける。
「待って」
どこか切羽詰まったように聞こえる声とともに大智が立ち上がった気配がする。振り返ると街灯に照らされた、真っ直ぐに自分を見つめる大智が目に入った。そのまま由依は、吸い寄らせられるようにその瞳から視線を外せないでいた。
「さっきの話……だけど……」
「は、い……」
他に聞きたいことがあるのだろうか? 由依は首を傾げながら大智を見上げていた。
「僕では……駄目かな?」
「えっ?」
何のことを指しているのか、すぐには理解できなかった。由依がポカンと口を開けたまま顔を上げていると、大智は続けた。
「君の子どもの……父親に……」
そこまで言ってから、急に大智は頰を紅潮させると顔を逸らす。
「ごめん、下心があるわけじゃないんだ。純粋に協力したいと思っただけで」
口元に手を当てて恥ずかしそうにしている大智の姿を見て、一気に距離が縮まったような気がした。全てが完璧な人に見えていたのに、その仕草が可愛らしいとも思ってしまう。
そんな大智が、邪な気持ちで申し出たとは思えない。それでなくとも、平凡でとりわけて可愛いわけでも、綺麗なわけでもない自分を、わざわざ相手にする必要などないのだから。
大智はまだほんのりと赤い顔をまた由依に向ける。
「君がいいならどんな方法でも協力する。子どもにもできる限りのことはしよう。結婚は……きっとできないけれど」
大智は至って真面目に告げていた。
けれどさすがに話が飛躍し過ぎていて、由依のほうが驚いていた。
「けっ、結婚だなんて、私も考えられないです! けど……」
日本では結婚している夫婦の不妊治療でしか、体外受精は許されていないと耳にしたことがある。そうなると結婚していない由依に取れる方法は一つしかない。けれど男性経験もない由依が戸惑わないわけはない。
それでも……この奇跡のような出会いに賭けてみたい。願いが叶う確率なんてほんの僅か。でも、進まなければ叶うことなどないのだから。
大智は由依が答えを出すのを静かに待っていた。そしてようやく心を決め、由依は顔を上げた。
「私と……してください。よろしくお願いします。他には何も求めません。ご迷惑もおかけしませんので」
そう言い切ると、由依は深々と頭を下げる。その頭上から大智が面食らったように声を上げた。
「瀬奈さん、顔を上げて」
ゆっくり頭を起こすと、大智はホッとしたような緩やかな表情になった。
「僕が協力したいと申し出たんだ。書類上だけでも父親が必要ならもちろん認知する。養育費だって……」
どうして知り合ったばかりの自分にここまで言ってくれるんだろう? 釈然としないが、大智が本気で言っているのは伝わってきた。
「養育費なんて……」
由依は首を振ってその申し出を断る。そこまでしてもらう謂れはない。あくまでもこれは自分でなんとかしなくてはいけない問題だ。
「大丈夫です。……私、お金は身に余るほど持ってます。ほとんど手を付けていないですし、使う予定もないので」
弁護士ならこれだけで何が言いたいのか理解してくれるだろう。両親を亡くした代わりに手にした額は、子どもを一人どころか二人、大学まで優に出せるほどだった。
けれどその多額のお金を手にして嬉しいなどと思えるはずはない。逆に虚しさが募るだけで、口座に放置されたまま、到底手をつける気にはなれなかった。
「わかった。で……。本当に……いいの? 今日でなくても、また気持ちが固まってからでも……」
躊躇うように言い淀みながら大智は尋ねる。
それに由依は、首を振って答えた。
「ありがとう……ございます」
お礼を言う由依に、大智はより口角を上げる。勘違いしてはいけない、と思うのに勝手に体温は上がっていく。酔っていてよかったかも知れない。顔が赤くなっていても誤魔化しがききそうだから。
「変な話、聞かせちゃいましたね。もう行きましょうか」
気恥ずかしくなり、取り繕うように勢いよく立ち上がり大智に背中を向ける。
「待って」
どこか切羽詰まったように聞こえる声とともに大智が立ち上がった気配がする。振り返ると街灯に照らされた、真っ直ぐに自分を見つめる大智が目に入った。そのまま由依は、吸い寄らせられるようにその瞳から視線を外せないでいた。
「さっきの話……だけど……」
「は、い……」
他に聞きたいことがあるのだろうか? 由依は首を傾げながら大智を見上げていた。
「僕では……駄目かな?」
「えっ?」
何のことを指しているのか、すぐには理解できなかった。由依がポカンと口を開けたまま顔を上げていると、大智は続けた。
「君の子どもの……父親に……」
そこまで言ってから、急に大智は頰を紅潮させると顔を逸らす。
「ごめん、下心があるわけじゃないんだ。純粋に協力したいと思っただけで」
口元に手を当てて恥ずかしそうにしている大智の姿を見て、一気に距離が縮まったような気がした。全てが完璧な人に見えていたのに、その仕草が可愛らしいとも思ってしまう。
そんな大智が、邪な気持ちで申し出たとは思えない。それでなくとも、平凡でとりわけて可愛いわけでも、綺麗なわけでもない自分を、わざわざ相手にする必要などないのだから。
大智はまだほんのりと赤い顔をまた由依に向ける。
「君がいいならどんな方法でも協力する。子どもにもできる限りのことはしよう。結婚は……きっとできないけれど」
大智は至って真面目に告げていた。
けれどさすがに話が飛躍し過ぎていて、由依のほうが驚いていた。
「けっ、結婚だなんて、私も考えられないです! けど……」
日本では結婚している夫婦の不妊治療でしか、体外受精は許されていないと耳にしたことがある。そうなると結婚していない由依に取れる方法は一つしかない。けれど男性経験もない由依が戸惑わないわけはない。
それでも……この奇跡のような出会いに賭けてみたい。願いが叶う確率なんてほんの僅か。でも、進まなければ叶うことなどないのだから。
大智は由依が答えを出すのを静かに待っていた。そしてようやく心を決め、由依は顔を上げた。
「私と……してください。よろしくお願いします。他には何も求めません。ご迷惑もおかけしませんので」
そう言い切ると、由依は深々と頭を下げる。その頭上から大智が面食らったように声を上げた。
「瀬奈さん、顔を上げて」
ゆっくり頭を起こすと、大智はホッとしたような緩やかな表情になった。
「僕が協力したいと申し出たんだ。書類上だけでも父親が必要ならもちろん認知する。養育費だって……」
どうして知り合ったばかりの自分にここまで言ってくれるんだろう? 釈然としないが、大智が本気で言っているのは伝わってきた。
「養育費なんて……」
由依は首を振ってその申し出を断る。そこまでしてもらう謂れはない。あくまでもこれは自分でなんとかしなくてはいけない問題だ。
「大丈夫です。……私、お金は身に余るほど持ってます。ほとんど手を付けていないですし、使う予定もないので」
弁護士ならこれだけで何が言いたいのか理解してくれるだろう。両親を亡くした代わりに手にした額は、子どもを一人どころか二人、大学まで優に出せるほどだった。
けれどその多額のお金を手にして嬉しいなどと思えるはずはない。逆に虚しさが募るだけで、口座に放置されたまま、到底手をつける気にはなれなかった。
「わかった。で……。本当に……いいの? 今日でなくても、また気持ちが固まってからでも……」
躊躇うように言い淀みながら大智は尋ねる。
それに由依は、首を振って答えた。
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