ボッチ時空を越えて

東城

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熊さん

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 早足で待ち合わせ場所のゾウさんの滑り台に向かう。

 熊さんなんてオジサンくさい名前だけど、すっごい可愛い男の子が来るんだと想像するとにやけ笑いが止まらない。熊さんも画像修正で多少盛っているかもしれないけどね。

 青い塗装の剥げかけた滑り台の前で、SNSのタイムラインをチェックしたり、おもしろ動画にいいね、スマホいじりに没頭していた。

 突如、周囲がフラッシュしてパッと白く光った。電気がショートした音がビリビリっと耳を突き抜ける。
 
「うわっ」怖っ、雷が落ちたの!? とっさに右腕で顔を覆って屈んだ。

 静かになったので、恐る恐る目を開けると、目の前に全裸のオジサンがしゃがみ込んでいた。
 まさかこの人がアプリの熊さん? 画像ではラブリーな前髪系お兄さんだったのに筋肉ムキムキじゃん、ってか別人。それに、なんで裸なのっ?

 「私は、ある任務のためにここに来た。君が佐藤君だね」低音のイケボだった。
 なんで僕の実名知ってんだよ。アプリではトラちゃんというハンドル名を使っていた。

 「オジサンと会う約束なんてしてません。人違いです」
 「スマートフォーンを見せてくれ」

 マッチョオジサンは勢いよく立ち上がり両手を僕の肩に置く。ごっつい親指にシルバーの指輪をしていた。

 「やめてっ」
 怯えて逃げようとすると、ゴリラ並みの握力でがっしり肩を掴まれ、「う、うああ、うあああぁ」前髪系男子からもらったメッセージを半泣きで見せる。

 マッチョオジサンは指輪をそっと僕のスマホに近づける。指輪からホログラムで映し出されたのは、六角形の桃色の鉱石。

 「宇宙の癒やしのかけらと呼ばれる石をとってきて欲しい」
 スペースシップに乗って銀河系を旅するとかいきなりSFの話ですか?
 「意味が分かんないんですけど」
 スマホの液晶画面がレインボーカラーにピカッと光った。

 「佐藤君のスマートフォーンにタイムトラベル・アプリをインストールした。タイムスリップしてもらう」

 スマホの液晶にはTime Travel application is loading - READY TO GO - と表示されている。

 「なんで、僕が行かないといけないんですか?」
 「説明している時間は、ない。癒やしのかけらを見つけてくれ。人類の生存に関わる重大任務だ」
 「そんな重要なものならオジサンが取ってくればいいじゃないですか」
 「それじゃ、またな。ベイビー」軽く手を振ると、サーッと粒子が消えるように跡形も無く蒸発した。

 「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ」
 いったい全体何が起こっているのか理解できず、さっきまでマッチョオジサンがいた辺りを見つめていた。
 スマホから白い光の柱が天に向かって発射する。
 「わっ、わっ。何!!」

 スマホを放り出そうとした途端、激しい閃光で視界が遮られたのだ。

 おそるおそる目を開けると夜の公園だった。まだ、生きてるよ、良かった。

 乾いた北風にびゅうと吹かれ、身震いした。右手に握っているスマホ以外、何一つ身につけていない。

 状況が理解できず、ブルブル震えながらその場に素っ裸で立ち尽くしていた。

 街灯の向こうから女の人たちの喧しい会話が聞こえてきた。
 「なんちゃってー」
 「ぶりっ子しちゃってー、ヤダー」
 「冗談はよしこちゃん」
 キャッキャした声が近づいてくる。

 OLたちは、僕にまだ気がついていない。全裸の僕を発見したら悲鳴をあげるだろう、そして警察に通報するだろう。

 面倒くさいことになる前に急いで木陰に隠れた。息を殺してOLたちが通り過ぎるのを待つ。

 今度はDQNっぽい男グループの声が聞こえてきた。
 「許してちょんまげ」
 「ギャハハハ」
 「まぶいまぶい」
 見つかったらOLよりもたちが悪そうなので、さらに茂みの奥に進む。木の枝が素肌を引っ掻いて痛い、足裏は湿った土でぐちょぐちょになる。

 奥の暗闇からなにやら動物の鳴き声が、かすかに聞こえてくる。ハアハァ……はあはあはあ。耳を澄ますと男のあえぎ声だと分かった。月に照らされて裸の男達のシルエットが浮かび上がった。

 またハッテン場かよ、勘弁してくれよ。うんざりして満月を見上げた。すると、茂みの上に白ブリーフ、スーツとワイシャツ、ネクタイ、ベルト、一式脱ぎ捨てられているのを発見。

 ラッキー。服を拝借して急いで着る。中年オヤジの加齢臭が少ししたが素っ裸よりずっとましだ。

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