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5章 女子中学生と男子中学生
ーーーーー 女子中学生とムー民
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去年、朝日がぐらついたとき病院から持ってきた眠剤が棚にあった。
薬は飲ませたくなかったので、使わなかったが、今日は、もう使うしかないと桐野は判断した。
普通の人なら、五分もたたないうちに睡眠導入できてしまうほど強い眠剤。
子供にはきつすぎるが、心が壊れてしまう前にむりやりにでも現実から引き離さないと。人の悲しみというのは深い海みたいなものなのだろう。他人が立ち入って理解できるものではない。
朝日は桐野の肩に額をのせて、うとうとし始める。薬が効いてきたらしい。
ぎゅっと抱きしめて髪を撫でる。
「世界で一番大好きな朝日」
***
次の朝、ぐったりと寝ている朝日を置いて桐野は出勤する。
『今日は定時で終わります。六時には帰宅できます』寝てる朝日の横にメモ書きを置く。
夕方、家に帰ってくると、朝日はベッドの上で横になってじっと何か考え事をしていた。
可哀そうにと桐野はサラサラの髪を撫でる。
どんどんどんとドアをノックする音が聞こえた。
「誰だろう。あんなに乱暴にノックしてひどいな。隣に住んでる人かな」
どんどんどん! もはやノックではなく殴っている。
桐野が玄関のドアを開けると、セーラー服姿のとうかと高橋がいた。
「朝日いる?」
「具合が悪くて寝てるから静かにして」
眼帯をつけたとうかと座敷童みたいなおかっぱの高橋は、かなり変な女子に見える。
正直うざいし、にやにやしているとうかと無表情の高橋を見ているとイラついてきた。さっさと帰って欲しい。
「明日から学校なのに大丈夫ですかあ?」高橋がすました顔で聞いた。
とうかが青年漫画の週刊誌を桐野に渡す。
「朝日に差し入れ」
青年誌は、いかがわしい漫画が連載されていたり、破廉恥なグラビアモデルの写真が掲載されてるんだよねと桐野は悩む。
「青年誌を朝日に貸したりしないで欲しいんだけど」
「貸すじゃなくて、あげる。私、もう読んじゃったし」
「あげるのもやめて」
「勉強の邪魔になるからって理由ですね。了解」
高橋は、きりっとした優等生顔で報告しだした。
「朝日に伝えてください。今日、ホームルームでこないだの出来事をクラス会議したんですよ。担任がうまくまとめてくれたから無視されるとか、雑な扱いされることはないですから。なにも心配しなくていいですから」
「『友達をリスペクトしよう』マジうける。ふきそうになった。相模なんてただの猿で友達でもなんでもねーっつーの」とうかはウキャキャと猿のまねをしておちゃらけた。
この二人使えるかもと、桐野はひらめいた。
「学校のこと聞きたいからカフェにいかない?」
女の子は甘いもので釣ると食いついてくる。
「いいっすよ」
「ちょっと待っててね」そう言って、桐野は朝日の寝ている部屋に戻る。
「とうかちゃんと高橋さんがお見舞いに来てくれたよ」
無言で首を振る朝日。会いたくないということだ。
「学校のことはもう大丈夫だって高橋さんが言ってたよ。これから、二人を家に送っていくから」
朝日を一人にして大丈夫か心配だが、この機会に高橋ととうかに学校の話は聞いておいた方が今後のためだ。
***
駅前のケーキ屋に二人を連れて行く。閉店は九時でゆっくりおしゃべりできる。
一階がケーキ屋で二階がカフェになっている女子が好みそうなメルヘンチックな店だ。
「好きなものなんでも注文していいからね」
メニューを渡して桐野は二人に言う。
「プリン・アラモードがいいなあ」メニューをパラパラめくりながらとうかは言う。
「ミル・クレープかアラモードにするか決められません」高橋も迷っている。
「じゅるり。ショートケーキもいいなあ」
「好きなものなんでも注文してもいいよ」桐野は気前よく太っ腹兄さんを演じた。
高橋はぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、お言葉に甘えて、ショートケーキとプリンアラモード」
「私はミル・クレープとプリンアラモード」
「おにいさん、何科の医者ですか?」高橋が水を飲みながら聞いた。
「精神科だけど」
とうかがスマホを取り出して、桐野に向かってシャッターをきりだした。
「激写!!」
「とうか、勝手に写真撮るなよ。失礼すぎる!!」高橋がとうかを厳しく叱った。
「いいじゃん。減るものじゃないし」
桐野は少し笑って固まっている。
「いつも眼帯つけてるけどどうしたの?」
「グールなんで」
「とうかの言ってることはまじめにとらえないでくださいね」高橋が口をはさむ。
「ケーキが来る前にちょっとおトイレ」とうかは席を立つ。
「あの子、いつもあんな感じなの?」桐野は高橋に尋ねる。
「はい、でもとうかは、根は割とまともなほうだと思いますよ。とうかって面白いですよね」少女っぽく笑って見せた。
(すごく変だと思う。公立校の生徒って変な子が多いのだろうか?)
とうかはトイレから戻ってくると聞いた。
「まだプリ・アラきてねーの?」
「ぷりんあらもぅどってひらがなで書くと大正っぽいですよね。私たちのことは気にしないでください。中二病なんで」
高橋がポケットからノートを取り出すと書き留める。
「中二病ってなに?」
「えー? 知らないんっすか? 先生、中二病になったことないんっすか? 例えば、ムー民になるとか。夜中に道路に魔法陣を描くとか」とうかは、あくびをしながら言った。
「言ってること全然わからないんだけど」
高橋が解説する。
「オカルト系雑誌ムーを愛読する民(たみ)のことですよ。魔法陣というのは、魔法を使うためにチョークやマーカーで描く陣です」
「私立中高一貫校だったから、そういう同級生はいなかったような。たぶん世代がちがうからかも」
「あー、先生、中二病発症しなかったんだ。それ、やばいですよ。大人になってから感染すると中二病はきついですよ。おたふくとか水ぼうそうと同じで大人になってからかかると症状が重いらしいですよ」
「反抗期のことだよね?」
「違う。そんな生易しいものじゃない。DNAの覚醒」
「もうわけわかんないからいいよ」
諦めたところで、スイーツと飲み物が来た。
「朝日と仲良くすると中二病が伝染しますよ」
「朝日は中二病じゃないよ」
「立派な中二病ですよ。図書館で文学のことを語りました。中原中也の詩集とかコアな純文学をカバンにいつも入れてるみたいじゃないですか。おまけにDQN連中とつるんでるし」高橋はイチゴにフォークを突き立てながら言った。
「DQN?」
「ヤンキーですよ。鶴見とか真琴とか」高橋はイチゴをほおばった。
「お願いがあるんだけど。ライン交換してもらえないかな?」
「いいっすよ」とうかはスマホをかざして、ピッとライン交換をした。
「朝日が学校でどうしているかラインで教えてほしいんだけど。不良になるんじゃないか、いじめられるんじゃないかって心配で」
「そういえば、朝日、携帯とかスマホ持ってないよね?」高橋は背中をぴんとしてとうかに訊いた。
「えー!!朝日、スマホもってないの!?だっせ」
「スマホなんてトラブルの元になるだけだから持たせてない」
桐野の方針でスマホは禁止されていた。
「ずいぶん朝日のこと心配なんですね。過保護すぎじゃないですか?」
高橋が口をはさむ。
「あの子、ちょっとふわふわしているし、情緒不安定なところあるから」
「鶴見が面倒見てるから、朝日なら平気っすよ」とうかがプリンアラモードを食べながら言う。
「そういえばあの二人休み時間もいつも一緒だね」とうかと高橋は口をそろえて言う。
「どうして? 朝日は不良じゃないのに」
柑橘系のハーブティーを飲みながら桐野は呟いていた。
「さあ、真琴が朝日のこと結構気に入っていて可愛がっていたから、鶴見も便乗してじゃないですか?」
「鶴見と朝日って、やばー。こないだなんて鶴見、給食のアイスを朝日にあげてた」きゃーきゃー騒ぎ出す二人。
「『朝日、アイス好きだろ。俺のやるよって』。きゃーっつ!!溺愛って感じでね」
(なにこの子たち。給食のアイスぐらいで盛り上がって、普通じゃないんだけど。もしかして頭が変?)
桐野は、ちっともおもしろくない。
女子二人は、そーいえば、こないだ鶴見と朝日がサッカーしてたとか、そうだ鶴見のこと「つるみん」でよくね?とか、鶴見の朝日愛すごくね?とか勝手に盛り上がっている。
「JCみたいにやきもちやいてるんですか?」高橋がさめた目で桐野を見る。
「JCって君らのこと言うんだろ?」
「女子中学生あるあるで、『朝日ちゃんは私の親友。だから他の人と仲良くしちゃダメ。私の朝日ちゃん、大好き。独り占めしちゃうんだ』みたいな」アールグレイの紅茶を飲みながら高橋は乙女な口調で言った。
「先生、男なのにハーブティーなんて乙女なもの飲んでるしぃ」コーヒー飲みながらとうかはニタニタしてる。
高橋は話を続ける。
「先生って、ときどき女子中学生みたいですね。話しててたまにそう感じることがありますよ。やっぱり感染してますね。うちらからうつったんじゃないですかあ?」
「中二病、それは誰もが通る路(みち)」
とうかは立ち上がると言い放った。
「君たちは朝日と一緒に給食たべないの?」
「女子は女子同士でかたまってお昼ご飯たべるんです」
高橋は当然と言った感じで言い切った。
女子中学生のやかましいおしゃべりに付き合うのも疲れてきたのでさっさと切り上げたかった。
「お礼をするから朝日の様子、ラインで教えてくれる?」
「東京グールの最新刊買って。あと先生の写メくれたらいいよ」
「写真ぐらい撮っていいよ」
「白衣のが欲しい」
「それなら、あとで職場で撮って送る」
「ありがと」
「高橋さんは?」
「私は、ベニスに死す」
「え?」
「トーマス・マンの小説ベニスに死す」
「中学生なのにそんな難しい小説読むの?」
「べつにいいじゃないですか。先生は読んだことあるんですか?」高橋はニヤリと笑った。
桐野は思う。
── 同性愛の物語じゃないか。それも少年愛の。それって僕に対するあてつけ?
勘が鋭すぎるタイプの少女特有の変なところが気持ち悪い。
「私、ヰタ・セクスアリスも読みました」霊媒体質の巫女のように厳かに高橋は言う。
「なにそれ? エロい小説?」とうかが聞く。
ヰタ・セクスアリスなんて中学生の少女が読む小説ではない。
「森鴎外の小説です。当時、発禁になりました」
高橋はやけに大人じみているし、人の弱みが見える体質らしい。
「先生は読みました?」
「それは読んでない」
「ヰタ・セクスアリスの意味は禁欲」
黒目がちな瞳の高橋は桐野を上目遣いで見る。人の心の奥の見えないものまで見据えてしまう少女らしい。
直感的に桐野は嫌悪感を感じた。
薬は飲ませたくなかったので、使わなかったが、今日は、もう使うしかないと桐野は判断した。
普通の人なら、五分もたたないうちに睡眠導入できてしまうほど強い眠剤。
子供にはきつすぎるが、心が壊れてしまう前にむりやりにでも現実から引き離さないと。人の悲しみというのは深い海みたいなものなのだろう。他人が立ち入って理解できるものではない。
朝日は桐野の肩に額をのせて、うとうとし始める。薬が効いてきたらしい。
ぎゅっと抱きしめて髪を撫でる。
「世界で一番大好きな朝日」
***
次の朝、ぐったりと寝ている朝日を置いて桐野は出勤する。
『今日は定時で終わります。六時には帰宅できます』寝てる朝日の横にメモ書きを置く。
夕方、家に帰ってくると、朝日はベッドの上で横になってじっと何か考え事をしていた。
可哀そうにと桐野はサラサラの髪を撫でる。
どんどんどんとドアをノックする音が聞こえた。
「誰だろう。あんなに乱暴にノックしてひどいな。隣に住んでる人かな」
どんどんどん! もはやノックではなく殴っている。
桐野が玄関のドアを開けると、セーラー服姿のとうかと高橋がいた。
「朝日いる?」
「具合が悪くて寝てるから静かにして」
眼帯をつけたとうかと座敷童みたいなおかっぱの高橋は、かなり変な女子に見える。
正直うざいし、にやにやしているとうかと無表情の高橋を見ているとイラついてきた。さっさと帰って欲しい。
「明日から学校なのに大丈夫ですかあ?」高橋がすました顔で聞いた。
とうかが青年漫画の週刊誌を桐野に渡す。
「朝日に差し入れ」
青年誌は、いかがわしい漫画が連載されていたり、破廉恥なグラビアモデルの写真が掲載されてるんだよねと桐野は悩む。
「青年誌を朝日に貸したりしないで欲しいんだけど」
「貸すじゃなくて、あげる。私、もう読んじゃったし」
「あげるのもやめて」
「勉強の邪魔になるからって理由ですね。了解」
高橋は、きりっとした優等生顔で報告しだした。
「朝日に伝えてください。今日、ホームルームでこないだの出来事をクラス会議したんですよ。担任がうまくまとめてくれたから無視されるとか、雑な扱いされることはないですから。なにも心配しなくていいですから」
「『友達をリスペクトしよう』マジうける。ふきそうになった。相模なんてただの猿で友達でもなんでもねーっつーの」とうかはウキャキャと猿のまねをしておちゃらけた。
この二人使えるかもと、桐野はひらめいた。
「学校のこと聞きたいからカフェにいかない?」
女の子は甘いもので釣ると食いついてくる。
「いいっすよ」
「ちょっと待っててね」そう言って、桐野は朝日の寝ている部屋に戻る。
「とうかちゃんと高橋さんがお見舞いに来てくれたよ」
無言で首を振る朝日。会いたくないということだ。
「学校のことはもう大丈夫だって高橋さんが言ってたよ。これから、二人を家に送っていくから」
朝日を一人にして大丈夫か心配だが、この機会に高橋ととうかに学校の話は聞いておいた方が今後のためだ。
***
駅前のケーキ屋に二人を連れて行く。閉店は九時でゆっくりおしゃべりできる。
一階がケーキ屋で二階がカフェになっている女子が好みそうなメルヘンチックな店だ。
「好きなものなんでも注文していいからね」
メニューを渡して桐野は二人に言う。
「プリン・アラモードがいいなあ」メニューをパラパラめくりながらとうかは言う。
「ミル・クレープかアラモードにするか決められません」高橋も迷っている。
「じゅるり。ショートケーキもいいなあ」
「好きなものなんでも注文してもいいよ」桐野は気前よく太っ腹兄さんを演じた。
高橋はぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、お言葉に甘えて、ショートケーキとプリンアラモード」
「私はミル・クレープとプリンアラモード」
「おにいさん、何科の医者ですか?」高橋が水を飲みながら聞いた。
「精神科だけど」
とうかがスマホを取り出して、桐野に向かってシャッターをきりだした。
「激写!!」
「とうか、勝手に写真撮るなよ。失礼すぎる!!」高橋がとうかを厳しく叱った。
「いいじゃん。減るものじゃないし」
桐野は少し笑って固まっている。
「いつも眼帯つけてるけどどうしたの?」
「グールなんで」
「とうかの言ってることはまじめにとらえないでくださいね」高橋が口をはさむ。
「ケーキが来る前にちょっとおトイレ」とうかは席を立つ。
「あの子、いつもあんな感じなの?」桐野は高橋に尋ねる。
「はい、でもとうかは、根は割とまともなほうだと思いますよ。とうかって面白いですよね」少女っぽく笑って見せた。
(すごく変だと思う。公立校の生徒って変な子が多いのだろうか?)
とうかはトイレから戻ってくると聞いた。
「まだプリ・アラきてねーの?」
「ぷりんあらもぅどってひらがなで書くと大正っぽいですよね。私たちのことは気にしないでください。中二病なんで」
高橋がポケットからノートを取り出すと書き留める。
「中二病ってなに?」
「えー? 知らないんっすか? 先生、中二病になったことないんっすか? 例えば、ムー民になるとか。夜中に道路に魔法陣を描くとか」とうかは、あくびをしながら言った。
「言ってること全然わからないんだけど」
高橋が解説する。
「オカルト系雑誌ムーを愛読する民(たみ)のことですよ。魔法陣というのは、魔法を使うためにチョークやマーカーで描く陣です」
「私立中高一貫校だったから、そういう同級生はいなかったような。たぶん世代がちがうからかも」
「あー、先生、中二病発症しなかったんだ。それ、やばいですよ。大人になってから感染すると中二病はきついですよ。おたふくとか水ぼうそうと同じで大人になってからかかると症状が重いらしいですよ」
「反抗期のことだよね?」
「違う。そんな生易しいものじゃない。DNAの覚醒」
「もうわけわかんないからいいよ」
諦めたところで、スイーツと飲み物が来た。
「朝日と仲良くすると中二病が伝染しますよ」
「朝日は中二病じゃないよ」
「立派な中二病ですよ。図書館で文学のことを語りました。中原中也の詩集とかコアな純文学をカバンにいつも入れてるみたいじゃないですか。おまけにDQN連中とつるんでるし」高橋はイチゴにフォークを突き立てながら言った。
「DQN?」
「ヤンキーですよ。鶴見とか真琴とか」高橋はイチゴをほおばった。
「お願いがあるんだけど。ライン交換してもらえないかな?」
「いいっすよ」とうかはスマホをかざして、ピッとライン交換をした。
「朝日が学校でどうしているかラインで教えてほしいんだけど。不良になるんじゃないか、いじめられるんじゃないかって心配で」
「そういえば、朝日、携帯とかスマホ持ってないよね?」高橋は背中をぴんとしてとうかに訊いた。
「えー!!朝日、スマホもってないの!?だっせ」
「スマホなんてトラブルの元になるだけだから持たせてない」
桐野の方針でスマホは禁止されていた。
「ずいぶん朝日のこと心配なんですね。過保護すぎじゃないですか?」
高橋が口をはさむ。
「あの子、ちょっとふわふわしているし、情緒不安定なところあるから」
「鶴見が面倒見てるから、朝日なら平気っすよ」とうかがプリンアラモードを食べながら言う。
「そういえばあの二人休み時間もいつも一緒だね」とうかと高橋は口をそろえて言う。
「どうして? 朝日は不良じゃないのに」
柑橘系のハーブティーを飲みながら桐野は呟いていた。
「さあ、真琴が朝日のこと結構気に入っていて可愛がっていたから、鶴見も便乗してじゃないですか?」
「鶴見と朝日って、やばー。こないだなんて鶴見、給食のアイスを朝日にあげてた」きゃーきゃー騒ぎ出す二人。
「『朝日、アイス好きだろ。俺のやるよって』。きゃーっつ!!溺愛って感じでね」
(なにこの子たち。給食のアイスぐらいで盛り上がって、普通じゃないんだけど。もしかして頭が変?)
桐野は、ちっともおもしろくない。
女子二人は、そーいえば、こないだ鶴見と朝日がサッカーしてたとか、そうだ鶴見のこと「つるみん」でよくね?とか、鶴見の朝日愛すごくね?とか勝手に盛り上がっている。
「JCみたいにやきもちやいてるんですか?」高橋がさめた目で桐野を見る。
「JCって君らのこと言うんだろ?」
「女子中学生あるあるで、『朝日ちゃんは私の親友。だから他の人と仲良くしちゃダメ。私の朝日ちゃん、大好き。独り占めしちゃうんだ』みたいな」アールグレイの紅茶を飲みながら高橋は乙女な口調で言った。
「先生、男なのにハーブティーなんて乙女なもの飲んでるしぃ」コーヒー飲みながらとうかはニタニタしてる。
高橋は話を続ける。
「先生って、ときどき女子中学生みたいですね。話しててたまにそう感じることがありますよ。やっぱり感染してますね。うちらからうつったんじゃないですかあ?」
「中二病、それは誰もが通る路(みち)」
とうかは立ち上がると言い放った。
「君たちは朝日と一緒に給食たべないの?」
「女子は女子同士でかたまってお昼ご飯たべるんです」
高橋は当然と言った感じで言い切った。
女子中学生のやかましいおしゃべりに付き合うのも疲れてきたのでさっさと切り上げたかった。
「お礼をするから朝日の様子、ラインで教えてくれる?」
「東京グールの最新刊買って。あと先生の写メくれたらいいよ」
「写真ぐらい撮っていいよ」
「白衣のが欲しい」
「それなら、あとで職場で撮って送る」
「ありがと」
「高橋さんは?」
「私は、ベニスに死す」
「え?」
「トーマス・マンの小説ベニスに死す」
「中学生なのにそんな難しい小説読むの?」
「べつにいいじゃないですか。先生は読んだことあるんですか?」高橋はニヤリと笑った。
桐野は思う。
── 同性愛の物語じゃないか。それも少年愛の。それって僕に対するあてつけ?
勘が鋭すぎるタイプの少女特有の変なところが気持ち悪い。
「私、ヰタ・セクスアリスも読みました」霊媒体質の巫女のように厳かに高橋は言う。
「なにそれ? エロい小説?」とうかが聞く。
ヰタ・セクスアリスなんて中学生の少女が読む小説ではない。
「森鴎外の小説です。当時、発禁になりました」
高橋はやけに大人じみているし、人の弱みが見える体質らしい。
「先生は読みました?」
「それは読んでない」
「ヰタ・セクスアリスの意味は禁欲」
黒目がちな瞳の高橋は桐野を上目遣いで見る。人の心の奥の見えないものまで見据えてしまう少女らしい。
直感的に桐野は嫌悪感を感じた。
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