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 私の名前はリア=ハーベスト侯爵令嬢。このアルメリア国で代々王家に仕え、当主は騎士団長としてお守りする一族だ。まぁ女の私にはあまり関係ないのだけど。それに優秀な弟のライトがいるので。この弟が本当によく出来た子で騎士でありながら魔法にも長け、学院で最も強い学生と言われているくらいだ。釣り目ではあるけど容姿も整っていて女性からも人気が高い。

 そんなライトは侯爵家の跡取りなので7歳の時に婚約者が決まっていた。その婚約者がカレン=ぺルティナ伯爵令嬢。ライトと同い年で私やライトと同じ学院に通っている。

 私やライトのような冷たい印象を与える銀髪ではなく、陽だまりのように暖かなオレンジがかった金髪の髪に小動物のような思わず抱き着きたくなるような愛らしい令嬢である。伯爵令嬢だというのに優しい女の子で思いやりに溢れている。少し自信がないところが玉に瑕だがそんなところも可愛らしい。

 姉弟で考えることは同じようでライトもべた惚れである。まぁ素直になれない性格でいつもツンツンしているのだが。そして冷たい態度をとってしまったことを落ち込んでいるお馬鹿な弟なのだ。

 ああ、お馬鹿過ぎて可愛い弟だわ。まぁ私はそんなライトの気持ちをよそに仲良くカレンちゃんと何度もお茶会したり、一緒に街に出かけているのだけど。きっと婚約者であるライトよりも私の方が一緒に過ごしている時間も長いし、仲良しだと思うよ?この前も「ライト様に嫌われないように精進します」と儚げに笑っていたから。残念だねぇお馬鹿なライト。私たちはお互いに好きだし好かれていると信頼し合っているけど、貴方のカレンちゃんへの愛は全く届いていないからね?

 ああ、お馬鹿なライト。でも私たちはたった2人だけの姉弟だからそんな姿も可愛いと思っているんだよ?
 だけどね……



「姉さん……、俺、他に愛している人が出来たんだ」
 さすがにこの発言はどうかと思うよ?

「……少し待ってちょうだい?話がよく見えないのだけど」
「俺はメルーナのことを愛しているんだ!!この想いを止めることができない!!」
「わあ」

 あれだけカレンちゃんへの愛をこじらせて何も言えなかったお馬鹿なライトが愛を叫んでるよ。明日は魔王でも復活するのかな?あ、魔王の問題は曾爺様と曾婆様が解決してたんだっけ?そんなことはとりあえず置いといて。
 もし、私たちが普通に仲が良い姉弟だったら弟が政略婚で出会った令嬢ではなく、運命的な出会いの元、心から愛する人と出会ったんだろうと思うだろう。でも私たちは、私は普通に仲が良い姉弟ではない。

 そもそもライトはこんな口調じゃない。「ふざけんなよ!!!!糞姉貴!!!!カ、カ、カ、カレンのことなんて全っ然好きじゃねーし!!」とか真っ赤な顔で言う奴だ。(口が悪いのは身内だけで外では一応礼儀には気をつけているらしい)ましてや姉に色ごとを相談するような素直な性格をしていない。そんな素直な性格をしてたらとっくの昔にカレンちゃんに愛の言葉の1つや2つを言えてるはずだわ。


「メルーナ?その子は一体どこの令嬢なの?」
「おいっ!!!!メルーナに対する嫌味か!?平民だからと彼女を馬鹿にするなんて許さないぞ!!」
「わあ」

 どこの令嬢なのと聞いただけでまるで私がメルーナという子を虐めたことになってる。何故。飛躍どころか飛翔してるけど?確かにうちの学院では魔力に優れていたり、優秀な人材だと平民でも通うことが出来る。昔に比べたら平民の数も増えているから令嬢と聞いたのは悪手だったかもしれない。だけど、いくら何でも過剰すぎやしません?

「まぁ愛した人が出来たのは私からしてみればどうぞ好きにしてくださいって感じなのだけど。寧ろ何で私に報告するの?」

 そう、普通ならこの素直になれなくて少々こじらせ気味なライトが私に報告することがまずおかしい。そんな格好のネタをわざわざ私にバラす意味が分からない。よくよくライトの眼を見れば、いつもの覇気はなく、鮮やかな藍色の瞳がくすんでいる。しかも焦点が合っていない。

(普段と違う様子に盲目気味に1人の女に固執する。目が虚ろ。もしかして……)

 この症状の特徴に覚えがある。でもまさか本当に使う人間がいるのか?と半信半疑で話を聞いていた。が続けたライトの……いや愚弟の発言に私はキレた。



「俺!!メルーナのことを虐めるカレンと婚約破……ぶへやっっっ!!!!」

 持っていた扇で思いっきり愚弟の頬をはたき倒した。あらら、暴力はしないと約束していたのだけど。まぁ家族だからノーカンにしてくれたようだ。ああ、良かった。
 最後まで言わせる気はなかったから仕方ないよね。


「ねぇお馬鹿なライト?今、何て言おうとしたのかしら?」
 ライトは姉に叩かれた衝撃で呆然としている。さっきよりも少し目の焦点が合っているようにも思える。まぁそんなの関係ないけどね。

「あの愛らしく心優しいカレンちゃんとの婚約をどうするつもりなのかしら?」
「アイツはメルーナの可愛さと優秀さに嫉妬して彼女を虐めてるんだ!!そんな女と結婚なんて出来ない!!!!」
「ふふふ。カレンちゃんが嫉妬して虐めているですって?証拠はあるのかしら?」
「メ、メルーナが怪我をしてて!!ワケを聞いたらカレンに人の婚約者に近づくなんて生意気だと言われて突き飛ばされたと……」

 バッと扇を広げて腰を抜かしている愚弟の前に立ち、冷たい視線で彼を見下ろした。

「ふふふ、カレンちゃんは優しいですわね?」
「はァ!?どこが……」


「私でしたら二度と婚約者に近づけないよう完膚なきまでに心を壊してしまうのに」



 私が扇で口元を隠しながらそう言えば、ライトはビクッと肩を震わせた。ようやく思い出したらしい。今、目の前にいるのが誰か。一体どのような人物なのかを。



「カレンちゃんよりもそのメルーナという婚約者がいるというのにベタベタと接触する女を選ぶというのであれば私にも考えがあります」

少し間を空けて、ゆっくりと一字一句正しく彼に向って言い放った。

「『今日も俺はあいつに想いを伝えられなかった……。もしかしたら俺は呪いをかけられているのかもしれない。愛する者に想いを伝えられない呪いを』」
「へ……?」
「『くそっ!!今日の訓練では上手く力を制御できなかった……!!俺に封じられた闇の精霊が溢れ出しそうだ……!!』」
「うあ、あああ!!!!まさか!!いやそんな!!」
「『今宵の月は満月か……。俺の血が騒いで眠れないぜ』」
「うわあああああああ!!!!あああああああ!!!!」

 傍から見れば私が急に拙い詩を読んでるように見えるだろう。でも目の前の愚弟にはそうじゃない。何故なら今、私が話している詩は……


「随分と愉快な日記を書いていましたね」
「も う!!!!や め て く れ!!!!!!」

 そう彼が少々患っていた時に書いていた日記の内容、つまり黒歴史のポエムである。


「日記は燃やしたはず!!どこでそれを……!?」
「うふふ。『俺の炎が全てを飲み込んで世界を燃やし尽くしてしまう』」
「あああああああ!!!!」

 ぎゃあぎゃあと煩いですねぇ。男の子は誰でも1度や2度は患っておかしな言動をすると聞いていたのでいいじゃないですか。可愛いと思いますよ?

「闇の精霊って何なんでしょうね?確かライトの魔法の属性は火のはずなのですが」
「もうやめてくれえええええええ!!!!」
「だいぶ魔法を扱えるようになっていますけど暗黒竜王烈火という技は使えるようになりましたか?」
「ああああああ!!!!あああああああああ!!!!!」
「あ、そういえばあの頃、毎日のように黒い眼帯を付けてましたけど訓練中にピンポイントで目を怪我したんでしょうか?よく右目が疼くと言ってましたけど」
「お願いだっ!!!!これ以上は俺の心が死ぬ!!!!!!」

おや、段々と口調が荒くなっていますねぇ?これなら後、一押しですね。


「もしメルーナという女性と結婚するなら思い出話としてカレンちゃんにお話しようかと思うのだけど」
「いい加減にしろよっっ!!糞姉貴!!言ったらぶっ殺すぞ!!!!つか誰だよメルーナって!!!!俺の婚約者はカレン1人だけだっての!!!!……って、ん?」
「はぁ……、ようやく正気に戻ったのね」

 正気に戻って少し記憶が混濁しているようなので一から経緯を説明すると頭を抱えて叫びだして屋敷から飛び出していった。恐らくカレンちゃんの元へ行くのだろう。見た感じ、メルーナに夢中になっていただけでカレンちゃんに危害は加えていないようだ。正気を失っていてもカレンちゃんを愛してる心があるから攻撃するなんて出来なかったんだろう。
 まぁ危害を加えてたら今のポエムと共に眼帯をつけて変なポーズをとっていた画像を学院中にばらまいていたところだわ。



「まったく未来の騎士団長が魔法にかけられていることに気付かないなんて情けない」

 基本的に人間が使えるのは火、水、風の3種類だけだ。だけど稀にそれ以外の魔法を使う人間も存在する。異能者と呼ばれる彼らは昔に比べて偏見は減っているが、あまりにも希少な為、どのような魔法が存在するのか知られていない。だからこんな低級な『魅了』にかかってしまうのだ。

 それにしても魅了を使える人間なんて初めてだ。しかもあろうことか私の天使であるカレンちゃんに間接的に危害を加えようとしてるなんて……



「私のお馬鹿な弟と天使のカレンちゃんに手を出したんだからちゃんと挨拶しないといけませんねぇ」

 バチンと扇を閉じて私はふふふ、と静かに笑った。

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