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「覚悟は出来てる……おもいっきり殴ってくれ!!」

「えっ!? む、無理です!!」

 生まれてはじめて体験した卒倒事件の次の日、同じクラスの真澄に頼み込んで、葉月さんを屋上に呼び出していた。

「本っっっ当に、申し訳ない! すみませんでした! ごめんなさい!!」

 あろうことか女子を男子に間違えるなんて。

「姫川さん、もういいから。男子に間違われるなんて日常茶飯事だから!」

 気にしてないなんて明るく笑顔で言われる。何ていい人なんだ。

「伊織ちゃん、サイテー」

「ホントよね、葉月さんが可哀想!」

 それに比べて、そこの野次馬連中。

「う、うるさい! つーか、お前ら何で居るんだよ! 教室に帰れよ!!」 

「伊織ちゃんが失礼なことしないように見張ってま~す」

「同じく!」

「するか!」

 あたしにだってジョーシキはちゃんとあるんだよ。悪いことをしたら謝るっていうジョーシキは。

「ふふっ……姫川さんて、すごく楽しい人なんだね」

 噂とは全然違うからびっくりしたと、葉月さんが優しく笑う。いつでもみんなの噂の的になるなんて……これも美人の宿命か。

「ポジティブに捉え過ぎてるけど、あんた内容ちゃんと分かってる?」

 黙ってれば超絶美少女、性格はクソより更に上、目を合わせれば誰彼構わず突っかかってくる狂犬、彼女が通りすぎた後は死体すら残らないなど、不名誉極まりない噂の数々が真澄の口から溢れ出てくる。

「誰だ……? そんなウソ八百並べてるヤツは?」

「いや、全部ホントだけどね~」

 見つけ次第ぶっ殺す。完膚なきまでにぶっ殺す。

「そんな物騒なことばっか考えてるから、妙な噂が流れるのよ? ほら、見てみなさい?」

 真澄の目線は彼女の方に。

「葉月さん、引いてるわよ」

 同じく目線を向けると、さっきよりも若干距離が離れたような。

「ち、違う! ぶっ殺すっていうのは、ぼこぼこにするって意味だから! 血祭りにしてやるって意味だから! ホントに殺したりしないから!」

「心配しなくても千秋ちゃんだってちゃんと分かってるよ。てか伊織ちゃん、それフォローになってないよね~?物騒なことには変わりないし~」

「だ、大丈夫……ちょっとビックリしただけだから!」

 それでもこの場から立ち去らないのは、やっぱり優しいからだろう。そんな葉月さんが思い出したように、言葉を切り出した。

「お詫びをしてくれるって言うなら、一つ聞いてもらいたいことがあるんだけど……いいかな?」

「な、なに? 何でも言ってくれ!」

 勉強を教える以外なら何でもOKだから。

「実は、今度知り合いの人と二人で遊びに行く約束をしてて……。それで、その……私ってこんな見てくれだから、オシャレな服とか女の子らしい服とか一枚も持ってないんだ」

 気恥ずかしそうに、でも幸せそうに葉月さんが話す。

「だから、もし嫌じゃなかったら……姫川さんと羽田さんに洋服選びに付き合って欲しい……かな?」

「あたしも?」

「うん。姫川さんは凄く美人だし、羽田さんは学校で一番のオシャレだから。二人に見てもらえたら、自信になるかなって……どうですか?」

「………………」
「………………」

「ひ、めかわさん? 羽田さん?」

「ごめんね~、ちょっとばかし待っててあげて。別に千秋ちゃんのお願いが嫌ってわけじゃないから。ただ二人とも喜びに浸ってて、トリップしてるだけだから」

「は、はい」

「伊織ちゃんの存在がでかすぎてアレだけど、実は真澄ちゃんも伊織ちゃん以外に女友達いないんだよね~」

 言いたいことはハッキリ言うし、女子独特の仲良しごっことか苦手だし。おまけに美人でグラマラスだから男子にモテるし、そのお陰で、やっぱり女子には目の敵にされる。あたしと真澄は、他に女友達と呼べる存在がいなかった。

「だからさ、純粋に嬉しいんだよ。千秋ちゃんが誘ってくれて」

「そうなんだ……羽田さんとは同じクラスだけど、あんまり話したことなかったから……私も嬉しいよ! それに姫川さんとだって、仲良くなりたいし!」

「だって。どうすんの? いつまでも固まってないで返事して」

「はっ! い、行きます!」

「今から行きましょ! すっっっごく、かわいい服選びに行くわよ!」

「えっ!? 今から? ……けど、授業が」

 よし、サボろう。あたしと真澄が同時にハモる。

「ダメです。この不良娘ども。千秋ちゃんは部活だってあるんだから!」

「えぇーー!! 星夜のケチ!」

「なら明日はどうかな? 土曜日で学校休みだし、部活も午前までだから。お昼からなら何時間でも大丈夫!」

「じゃあ、決まりね!」

「待ち合わせ場所はどうする~?」

「う~ん……1時に駅前の時計台の前は?」

「OK! そこで待ってるよ」

「って、星夜も来るのか?」

 女子の買い物なんかについて来たってつまらないだろうし……ぶっちゃけ来んなよ。

「仲間外れなんて酷いよ。それに男目線も取り入れた方がいいでしょ?」

「確かに。なら星夜くんも特別参加ということで」

「俺も行っていい? 千秋ちゃん」

「うん、私は構わないよ」

「優しい~……」

 どっかの誰かと違って。そうやってあたしを見てくる星夜の目が、昨日のように据わりかけている。拒絶するのを許さないって訴えるみたいに。

「分かったよ、分かりました! どうぞ、星夜さんも参加して下さい!!」

「エヘヘ……ありがとう、伊織ちゃん」

 いつだって最後には、あたしが折れる。それがお決まりのパターン。

「じゃあ、また明日」

 最後にみんなでアドレスを交換し合って、その場は一旦解散となった。











◇◇◇










「……………………」

 そして約束の日、部活を終えた葉月さんと合流したのはいいが、

「ごめんね、どうしてもケンちゃんもついてくるって利かなくて!」

「……………………」

葉月さんと共に現れた謎のチビ助に、メンチを切られ続けている。現在進行形で。

「別にいいよ~? 5組の明石くんだよね?よろしく~」

 明石 健介あかし けんすけ。星夜の情報曰く、野球部のチビ助。

「……………………」

「ちょっとケンちゃん? ちゃんと挨拶してよ」

「……チッ、よろしく」

 なんだその舌打ち、完全に舐めくさった態度に思わず拳が震える。

「伊織、駄目よ? 今日は楽しく買い物するんだから」

 そう諭す真澄の目も、若干血走っている。

(そうだ! 喧嘩は不味い。葉月さんの為にも大人にならなくては!)

「あ、明石くん……だっけ? 葉月さんとはどういう」
「あ"?」

 うん、殺そう。彼女が見てないところでボコボコにしてやるからなチビ助!

「私とケンちゃんは幼馴染なんだ」
 
 無愛想なチビ助の代わりに、葉月さんが答えてくれた。

「へぇ~そうなの? 何だか伊織と星夜くんみたいね」

「そ、れでね……昨日、姫川さんと屋上に行ったことを話したら、その……」

 言いにくそうに言葉を濁す。あたしと屋上に行ったことが何だって言うんだろうか。

「ソイツが千秋を屋上に拉致したって聞いて、しかも今日はソイツと一緒に出かけるって言うから、千秋がパシリにされねぇか心配してついてきたんだよ」

「なんだとこのガキャ!? 拉致ってなんだ? 拉致って!」

「はいはい、落ちつこうね~」

「2組の奴ら全員が言ってたぜ」

 真澄と葉月さんには悪いけど、2組潰す。セメダイン大量に買ってきて、入り口と窓に塗りたくって、開かずの教室にしてやるからな!

「何度違うって言っても納得してくれなくて……」

「仕方ないよ、日頃の行いが悪いから」

 誰とは言わないけどって、誰のことだよ。

「ケンちゃん、失礼な態度取るんだったら帰ってよね? 姫川さんたちは、私の為に今日来てくれてるんだから!」

「………………」

「ケンちゃん、返事は?」

「…………分かったよ」

 葉月さんとチビ助のやり取りに、なんだか既視感を覚える。そんな二人を見て思い出したかのように、星夜はあたしに向けてこう言った。

「伊織ちゃんも無闇に暴れたりしないでよ? 街中で不良見つけても、飛び蹴りしたりしないでよ? カツアゲしてる奴がいても、逆にソイツからカツアゲしようとしないでよ? 変態が現れても、木に吊るしたりしないでよ? それから……」

「分かったよ! てか、どんだけ出てくるんだよ!?」

 お前は母さんか何かか? 一時休戦、とりあえずチビ助のことは忘れてやる。

「話は済んだ? なら行きましょ! とびっきりいい女になるためにね!」

 真澄の楽しそうな声を皮切りに、あたしたち一行は買い物をスタートさせた。
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