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「ふ~ん……この女が、王子の言ってた」

「ま、中の上ってところかしら?」 

「は? 全然ブスじゃない?」

「どうせ整形でしょうよ」

「螢ちゃんに色目使ってんじゃないわよ!」

 ファミレスに入った途端、女共の視線を一気に集める。てか、今誰だ? 中の上とか言ったやつ。ブスって誰に向かって言ってんだ?

「1、2、3、4……5人」

 5人とお付き合いしてんのか王子様こいつ

「凄いね~、石井くん」

「さぁ、座って下さい」

「伊織ちゃん、とりあえず座ろうよ」

 星夜と並んで席に座る。その間も喧嘩上等といわんばかりに、がんを飛ばしてくる。

「先ほどのマリアンヌのお礼と今朝のお詫びをかねて、ご馳走します。好きなモノを頼んで下さい!」

「僕までなんかごめんね~」

「いえいえ! 天彦さんにも迷惑をかけましたし」

 星夜の名前を出すと、きゃあっと黄色い声が沸き起こる。

「天彦って、S学園の天彦 星夜さん!?」

「やだ~! すっごい格好いいと思ってたけど、こんなとこで逢えるなんて~!!」

「星夜くん電話番号教えて!」

「あ、ずるい! あたしも!!」

 ぴーちくぱーちくうるせえ! しかも馴れ馴れしく星夜呼びだし!

「天彦くん、すごくモテるんだね」

「いや~、石井くんほどじゃないよ」

「ん? 伊織さん、どうかした?」

「ほっときなさいよ。それよりこの後、王子と遊びに行くんだけど……星夜くんも一緒にどう?」

 おいおい、なんだその胸の脂肪の塊は。もしかしてそれで星夜を誘惑でもしてんのかドスコイ!

「誘ってくれてありがと。でも伊織ちゃんいるし用がすんだら帰るよ」

「えぇ~! つまんない~! そんなブス放っておいて大丈夫よ!!」

 これで2回目だぞ、あたしをブスって呼んだの。そこのヘルメットみたいな頭しやがった女。どいつもこいつもムカつくが、一番腸煮えくり返るのは、

「ダメだよ、アリサちゃん。伊織さんに酷いこと言ったら」

「あぁ~! 王子、この女の味方? ひどーい、星夜くん慰めて~!!」

 てめーの彼女たちとやらが、目の前で他の男に色目使ってるのに、ずっとへらへらしてる王子様こいつ

「すいませーん! 注文いいですか?」

 目にもの見せてやると、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

「はい、どうぞ」

「えっと……ハンバーグ定食A~Cセット一つずつ、それからジャンボステーキとエビフライ定食も。あ! カルボナーラ、明太子、ミートスパゲッティに……めんどくさいんで、とりあえずこのページ分全部下さい!!」

「えっ、はい! ただいま!」

 あたしのとびきりの笑顔に顔を赤める店員とは対照的に、エセ王子の顔が青ざめていく。

「なんて図々しい女なの!?」

「うるせえ! エセ王子おうじの財布が破滅するか、あたしの胃袋が破裂するか……勝負だ!」

 これはほんの序章だからな、デザートも全部制覇してやるからな!

「それじゃ、確実に伊織ちゃんが負けちゃうよ」

「せっかくの王子の好意を……なんて最低なブスなの」

「おい、3回目だぞヘルメット? そのフルフェイスみたいな頭刈り込んで、ロードバイク用に改造してやろうか?」

「なっ!?」

 やれ酷いとか、やれ帰れだとか非難轟々の女共。なんだドスコイ……やんのか? 立ち上がったあたしを星夜が、ドスコイやヘルメットたちをエセ王子が制する。

「……僕が何か気に触ることをしたんでしょうか?」

 態度が豹変したことに戸惑っているようだ。

「いや、これが伊織ちゃんの本来の姿なんで」

 余計なことを言うな……まぁ、あれだ。バレてしまったなら仕方ない。

「大いに気に入らないね! なんだって王子様おまえには、5人もお姫様がいるんだ?」

「それは……彼女たちに告白をされた時に、誰か1人を選んで付き合ってしまったら、選ばれなかった女性ひとの心に傷をつけてしまうのが嫌だったんです。紳士を志す僕としては」

 色々考えて全員と付き合うことになっただなんて、ふざけたことをぬかす。

「それって本当に愛なのか? お姫様こいつらのこと本当に好きなのか?」

 あたしにはそう見えない。ただ嫌われたくないから、来るもの拒まずの優しい王子様を演じているだけに見える。

「お前、お姫様こいつらの顔ちゃんと見たことあんのかよ? ただでさえブスなのに、8割増しでブサイクになってるんだぞ?」

 妬みや僻み、互いを牽制しあう毎日で、お姫様こいつらに笑顔なんてない。それはお前の責任だ。

「失礼だよ、伊織ちゃん」

「お姫様ってのはな、本当の王子様に出逢ったらキラキラと輝く笑顔になるんだよ」

 あの日の母さんみたいな。超絶美少女のあたしだって敵わない、世界で一番綺麗な顔に。

「紳士だ王子だ格好つける前に、一人の男として、石井 螢おまえだけの大切な女を見つけて笑顔にしてやれよ」

 お姫様一人につき、王子様も一人って決まってんだから。




















「ダメだ……まだ気持ち悪い……」

「そりゃそうでしょ? あれだけ食べれば」

 極度の腹痛と下痢に悩まされ、王子の財布に敗北を喫してから、三日が経った。

「あれから石井くん、5人の彼女たちと別れたらしいよ」

「ふ~ん、そいつは良かったなー」

 一瞬でもアイツを王子様だと思った自分が情けないぜ。

「でも、そのことでトラブルになってるみたい」

「トラブル? なんだそれ」

「別れた彼女のうちの一人が、腹いせに人を雇って嫌がらせしてるみたい」

「ま、それも自業自得だろ。刺されなかっただけ有り難く思わねーとな」

 エセ王子が誰にも本気じゃなかったから成り立っていた関係。

「それもそうだね。ところで伊織ちゃん、何持ってんの?」

「これか? この本は『ヘルメットの歴史』。図書室で借りた」

「なんでまた? てか伊織ちゃん、うちの学園に図書室あったの知ってたんだね」

「もしものために勉強してたんだよ」

 あとでバリカンも買いに行かないと。

「もっと他の勉強したら? この前の中間テスト体育と音楽以外全滅だったじゃん?」

 なぜそれを!? 真澄にも話してないのに。

「伊織ちゃんママに聞いた」

「お前、このことは内緒だからな! 誰にも喋るなよ!!」

 分かってるよ~、なんて気の抜ける返事。ほんとに分かってんのか!?

「喋ったら絶交だからな!」

──やめて下さい!!

「ん? なんか今声しなかった?」

「その手にはのらん」
「シッ、静かに……」

──彼女には触らないで下さい!!

「ほら! あっちの方からだよ」

「てか、あの声……」

 星夜と二人で声がする方へ行ってみると、

「僕は何をされてもかまいません! でも、彼女には指一本触れないで下さい!!」

「なに格好つけてんだ? 馬の前で」

「頭オカシーんじゃねーの?」

モブ不良3人組に絡まれているエセ王子の姿が──。

「あんたにフラれたせいで、アリサが精神的ショックで寝こんじまってよ~、慰謝料寄越せって言ってるんだわ~。だからあんたが可愛いがってるその馬、俺らに渡せよ」

 恐らくアイツが、モブ不良3人組のリーダー。見てくれも実にモブらしい雑魚具合。

「彼女には大変なことをしたと思っています。慰謝料だってそれ相当の額をお支払します。でも、マリアンヌだけは誰にも渡さない!」

「なにを偉そうに!? てめーにとやかく言える権利はねーぞ」

「そうだそうだ!」

 下っぱ共も清々しいくらいのモブ。マリアンヌの前に立ちはだかるエセ王子の胸ぐらを、リーダーモブが掴む。

「ちょっと痛い目見なきゃ分かんねーみてーだな? お前も……あの馬も」

 ぐへへへ……って、笑い声が聞こえてきそうなゲスな笑み。下っぱモブの一人が木製バットを持って、マリアンヌに近づいていく。

「なっ!? やめろ!」

「大人しくしてろ! あの馬が終わったら、お前も痛めつけてやるから待ってな」

「……伊織ちゃん、どうする?」

 決まってんだろ。

「星夜、鞄持ってろ」

 勉強道具は一切入っていない、とてつもなく軽い鞄を星夜に渡すと、あたしは振りかぶった。『ヘルメットの歴史』を。そして怯えるマリアンヌに近づく下っぱモブ1目がけて、ソレを投げつけた。

「死にさらせー!! このクソ雑魚共がー!!」

「──痛っ!? なんか刺さった! ナイフが刺さった!!」

 ふん、我ながらナイスコントロール。モブ1の背中に、角の一番痛いところが綺麗に当たったぜ。

「ばか! 落ち着け! ナイフじゃねーよ!」

 ドサリと落ちた本を指差すモブ2。

「『ヘルメットの歴史』? なんじゃこりゃ!?」

「あたしが投げたんだよ。それ」

「だ、誰だ? てめーは!」

「うわっ、ちょーかわいい!」

「ほんとだ! 天使みたいにかわいい!」

 当然だろう、下っぱモブ共の反応は。

「あたしが天使のように愛らしい美少女だってことは置いといて、お前ら、そこの王子とマリアンヌに何の用だ?」

「声もかわいい!」

「ちょーかわいい!」

「俺たちは友達に頼まれてケジメ取りに来たんだよ、この王子からな」

「だったら馬は関係ないだろ? その男は煮るなり焼くなり好きにすりゃいいが」

「それがそうもいかんのよ、お嬢ちゃん。あの馬が一番大切だなんてほざきやがったから、アリサがカンカンでさ~。馬を始末して来いって──!?」

──バコッ!!

 説明が長いし不快!ムカつくモブリーダーの顔面めがけてパンチを繰り出す。

「リーダー!?」

「てめーなにし……」

「あぁ゛? なんか言ったか?」

「い、いえ……なにも!」

 パンチ一発で伸びるとは情けない。モブリーダーを往復ビンタでたたき起こす。

「はっ!? 俺は何を……」

「おい、よく聞けよ。モブリーダー」

「は、はい!?」

「今度、石井こいつとマリアンヌに近づいたら、『ヘルメットの歴史』418頁に掲載されてる写真みたいな頭にしてやるからなって、そうヘルメットに伝えとけ!」

「へ、ヘルメットって誰ですか!?」

「たぶんアリサのことだよ、リーダー!」

「俺も前から思ってたんだよ、ヘルメットだって!!」

「お前らだって同罪だぞ。顔は覚えたから、ちょっとでも妙な真似したら、モブ共々道ずれにしてやるからな?」

 分かったら、さっさとこの本を持って帰れ。

「あと、ページ確認したらS学園の図書室に返しに来いよ!」

 慌てて逃げていくモブたちの背中に向かって叫ぶ……聞こえてんのかアイツら?

「伊織ちゃん、おつかれ」

「待たせたな、帰るか」

 星夜から預けていた鞄を受け取った。

「あの、待って下さい!!」

「なんだ?」

「助けてくれて、ありがとうございました」

「別にお前を助けたわけじゃない」

 ヒヒーンと鳴いたマリアンヌ。彼女もお礼を言ってくれてるみたいだ。

「石井くんたち大丈夫? 友達でも呼ぶ? 誰か来るまで俺も伊織ちゃんもついててあげるよ」

「いえ、大丈夫です。それに恥ずかしながら友達と呼べる人は誰も……」

 そりゃそうだ。あんな付き合い方してたらマトモな女はもちろん、男の友達だって嫉妬して居なくなるわな。

「でも、僕にはマリアンヌがいるんで大丈夫です!」

 優しい顔だった。きっとこの顔が本当の──。へらへらした野郎だと思ってたが、ほんの少しだけ見直したぜ。

「格好よかったよ、マリアンヌ守ってるとき」

「あ、ありがとう!」

「いつでも遊びに来てね。伊織ちゃんも俺も待ってるから」

「い、いいの?」

「伊織ちゃん、友達1人しかいないから。2人に増えてよかったよ」

 ね、伊織ちゃん……じゃねーよ! お前は余計なこと言い過ぎだっつーの!!

「もちろん俺も友達だからね」

「うん、改めてよろしく!」

 王子様には出逢えなかったけど、その代わりちょっと変わった友達1人と1頭が出来たから、今回は良しとするか。

「よし、友達記念にラーメン食べに行くぞ!」

「えっ!? さっき気持ち悪いって言ってたじゃん!!」

「治ったから大丈夫!」

 でも次こそは必ず王子様ゲットしてやるならな!
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