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41.幸せな時

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「何もかも失った僕でも、ついてきてくれるかい?」

優しい笑顔。咲良だけを見つめる笑顔。

「……いいえ」

咲良ははっきりと答えた。

「お母さん」

どんなに冷たいことを言っても、彼女はきっと、たった一人の息子を思う母親だ。

「拓海くんは、自立しようとしています」

涙の溜まった瞳で、彼女は咲良を見つめる。

「どうか、認めてあげてください」

咲良は深く頭を下げた。

「今まで拓海くんは頑張ってきたと思います。その頑張りだけでも、認めてあげてください」

結ばれたい。

その気持ちは、確かにある。

しかしそれは、彼の家族を傷つけた上に成り立つことはない。

「咲良……」

拓海が隣で頭を下げる。

「彼女と結婚したいだけです。認めてください」

拓海の望みはそれだけ。

それすらも認められないのがこの世界なのか。

「……わかった」

響いたのは、低い声だった。

「あ、あなた……!」

母親が驚いたように振り返る。

「そこまで言うなら、好きにしなさい」

「父さん……」

「あなた!何を」

「黙れ」

反論する母親を、父親が一言で止める。

「息子にここまで言わせて、お前は平気なのか?」

「……っそれは……」

口ごもる母親を置いて、

「ありがとうございます」

拓海がホッとしたように頭を下げる。

「咲良」

そしてすぐに、嬉しそうな笑みを咲良に向けた。

「おめでとう」

咲良もニコリと自然に笑う。

赤い糸が結ばれた瞬間。

2人は幸せそうに見つめ合った。



「ままぁ!」

「あ、咲凪」

ノックもせずに、扉が開く。

綺麗におめかしした咲凪が飛び込んできた。

4歳半。

もう広いホテルの中を駆け回る年齢だ。

「いい子にしてってお願いしたよね?」

「さな、いいこだよ」

「咲凪、走っちゃダメだよ」

その後から兄が入ってくる。

「すみません、お兄さん。咲凪の面倒を見てもらって」

「いいから。今日の主役は咲良だよ」

真っ白なドレスに、豪華な装飾品。

今日の主役の1人は、まぎれもない、咲良だ。

「まま、きれぇね」

「ありがとう、咲凪」

うっとりと目を細める咲凪は、今も昔も変わらずお姫様に憧れる女の子だ。

「咲凪もとっても綺麗だよ。お姫様みたいだね」

そう言ってあげると、嬉しそうに笑った。

このやりとりは、かれこれ数回繰り返している。

「咲良」

コンコンとノックされて、呼びかけられた声に、咲良は笑顔で振り返った。

「あ、ぱぱ!」

咲凪が飛び出していく。

飛んできた娘を受け止めた彼もまた、真っ白なタキシードに身を包んでいた。

「拓海くん」

咲凪を抱き上げた彼に呼びかける。

「綺麗だね、咲良」

彼もまた、笑ってくれた。

「お義兄さん、今日はよろしくお願いします」

彼は咲良の隣に立つ俊哉に言った。

亡き父に代わり、兄がバージンロードを歩くことになったからだ。

「咲凪はいい子にできるかな?」

「うん、いいよ」

「ありがとう。いい子だね」

しっかりと頷いた娘の頭を撫でながら、彼は穏やかだった。

あまり反応がなかったことを寂しく思っていると、

「咲良、ちょっと会社に連絡いれてくるよ」

兄が席を外した。

その瞬間、拓海が歩み寄ってくる。

「咲良」

「うん」

「……綺麗だ」

言葉を噛みしめるように呟く彼に、咲良はふっと笑った。

そうだ、こういう人物だ。

「かわいい。綺麗だよ。うん、綺麗だ」

彼にとって、咲良の兄はまだ他人。

見栄を張ってしまうのだろう。

かっこいい拓海も好きだが、こうして素直に感情を出してくれる拓海もかわいくて好きだ。

「拓海くん、もうわかったから」

咲良がクスクスと笑いながら止める。

その時、彼のポケットの中で着信を知らせる音が響いた。

「ごめん、ちょっと行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」

「あ……」

不満そうな咲凪を咲良に任せて、彼はパタパタと部屋を出ていった。

廊下の片隅に入った彼のもとに、廊下の陰から人影が出てくる。

「何か用?」

彼の顔が暗く陰った。

「お祝いをと思いまして」

人影はまるで人目を忍ぶように低い声で言った。

「いらないよ。今日は呼び出さないでくれ」

「承知致しました」

人影は頭を下げたかと思うと、

「本日はおめでとうございます」

と声をかける。

「君のおかげだと言った方がいいかな。君はよく働いてくれたからね」

「主のためであれば当然です」

忠誠心の塊に、拓海は満足そうに笑う。

「しかし、一時はどうなることかと思いました」

「計画通りだよ。全てね」

彼の黒い笑みに、人影から呆れたような溜息が零れる。

「ぱぱ!」

廊下の奥で、咲凪の声がした。

「ままがね、もういくよって!」

「あぁ、うん」

元気な声にそう答え、彼は人影を振り返ることなく、愛する妻と娘の元へ駆け寄った。







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感想 1

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みんなの感想(1件)

komakomayasan
2024.02.25 komakomayasan

幸せになれて良かった🥰
忠誠心の塊の人影は夏木さん?

金柑乃実
2024.02.25 金柑乃実

ご感想ありがとうございます!
ハッピーエンドに持っていけてよかった!
謎の人影については謎のままでございます♪

解除

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