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第十八話
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一か月後、帝都グランドール。
中心部から少し離れた場所に皇帝家の離宮がある。豊かな自然に囲まれた豪奢な造りの宮殿──そのテラスで、メルは手すりに寄りかかりボケーッと空を見ていた。
首元に手を伸ばして襟を緩める。今まで着ていた旅装とは違い、今日着ているのはカッチリとした正装で、どうにも窮屈だった。
「メルさん、一人で何を黄昏ているんです?」
グラスを持ったフィオナがテラスに現れる。フィオナも同じように正装だ。ただメルと違って様になっているのは、やはり豪商の娘だからか。
「いや~別に」
「なんだかずっと元気がありませんね。式典が始まる前からそうでしたけど」
頬に指をあてて記憶を呼び覚ますフィオナ。
──そう、今日はバルムントを倒し、彼の企みと被害を食い止めた事を表す勲章授与式だったのだ。
煌びやかな離宮の装いに反して、集められた者の数は少ない。しかしその面子は錚々たるもので、現皇帝の代理として姫、衛兵連隊長や将軍、等々帝国の中枢に連なるメンバーが集まっていた。
「な、なんという豪華な顔ぶれだ……!」
「わたくし緊張してまいりました」
そんな面々に囲まれ、ナッシュとフィオナはひたすらに恐縮していた。
「……はーん」
ただ一人、いつもと変わらぬ調子なのはメルだけである。
「お前……よくそんな気の抜けた顔でいられるな」
「いや、すげー面子が集まってるってのは聞いてんだけどよ、なんか正直ピンと来ないっつーか。何がどう凄いのかよく分からん」
「……まぁメルさんは貧民街での生活が長いですからね。王政の重鎮と聞いても、違う世界のこと過ぎて現実感がないのかもしれません」
ナッシュは鼻を鳴らす。
「モノを知らん馬鹿は、こういう時得だな」
「あん? 喧嘩売ってんのかテメェ」
「ほう、その程度は分かるらしい」
メルとナッシュの間で視線が火花を散らす。
「止めてください二人とも! これから勲章をいただくというのに!」
慌ててフィオナが割って入る──なんて事が式典前に起こったくらいだが、ナッシュといつもの喧嘩をしたくらいで、メルはずっと妙に静かだった気がする。
「おかげで式典がスムーズに済んだとも言えますが」
「それって俺が元気だったら、式典中に何かやらかすと思ってたって事か?」
「ええまぁ」
「即答で肯定すんな!」
と突っ込む声にもどこか張りがない。
「ナッシュ様はあんなに元気ですのに」
フィオナとメルが離宮の中に視線を送る。式典後にささやかな宴が開かれたのだが、そこでナッシュは自分を売り込むべく、帝国のお偉方相手に必死で挨拶回りをしていた。
「まぁ、アイツは騎士として身を立てるっていう目標がほとんど叶ったようなもんだからな、嬉しくって仕方ないんじゃねぇの」
少し寂しそうに、眩しいものを見るような目でメルは言う。
それでフィオナも気付いた。
「すみません、私も実家の事が片付いて少し浮かれていました……」
メルだけは容姿を男らしくして生まれ変わるという願いを叶えていないのだ。
「ああ、フィオナも今回の件が認められて、親父さんからもう何も言われなくなったんだっけか」
「はい。私はもう自由に生きていけます、親から自分の人生に関して干渉されることはありません」
「そっか、良かったな」
力なく笑ってから、メルは大きくため息を漏らす。
「こういうのガラじゃないんだけどよ……やっぱ霊薬で男らしい見た目になれるって期待してたから、ちょっとショックがデカくてさ……」
「……」
「あ~~~……男らしくなりたかったな……」
女神のような自分の顔を、呪うかのようにメルは撫でる。
「前々から聞きたかったのですが、メルさんはどうしてそんなにも『男らしさ』に拘るのですか。自分の容姿にコンプレックスを持っているというには、少々度が過ぎるような……」
「ん~……」
メルはポリポリと頬を搔きながら、ゆっくりと口を開く。
「それは俺を育ててくれたオッサンの影響かな」
「おっさん?」
「ああ。孤児だった俺を、育ててくれたオッサンがいたんだ。俺には親が居ないけど、もし親がいたらこんな風だったのかなって思うような、そんなオッサンだ」
「そんな方が」
どこか懐かしむように微笑むメルの横顔に、フィオナは意外な物を見たきがした。これまで見たことのないメルの顔だった。
「そのオッサンがさ、事あるごとに言うんだ。『男なら……』とか『……してこそ男だ』みたいに、オッサン特有の男の美学を。今思えば暑苦しかったけど、それでも俺にとっちゃそのオッサンがヒーローみたいなもんでさ、だから今でも俺の中でのカッコいいとか憧れるものって、男の美学を語って実践してるオッサンの背中なんだよな」
「何となく分かりました。メルさんにとって『男らしい』というのは、単純な容姿のコンプレックスというだけでなく、生きていく上での指針なのですね」
少しだけメルの事がより深く分かった気がして、フィオナもまた微笑む。
「その方は今どこに?」
「何年も前に流行病で死んじまったよ」
「…………」
「そっからかな、以前にもまして男らしくなりたいって思う事も増えて、余計自分の顔が嫌いなって……しまいには自分そのものまで嫌いになっていった──」
もう一度、メルは深くため息を吐く。
「──だからどうしても霊薬を手に入れたかったんだ」
落ち込むメルに、フィオナは少し考えてから口を開く。
「メルさんがどう思っているかは知りませんが……私はメルさんのこと、男らしい方だと思っていますよ」
「──え?」
意外な言葉にメルは間の抜けた声を出す。
「でも俺、顔はこんなだし」
「男らしさって、見た目だけをさす言葉ではないですよね。その人の行動や言動、生き方を含めて表現する言葉ではないでしょうか」
フィオナは瞼の裏に、今まで見てきたメルの姿を思い浮かべる。
「メルさんは何度も私を助けてくれました。そして様々な試練や困難に屈することなく、突き進んできた──それはとても男らしい事だったと私は思います」
「……」
「だからメルさんは、もう十分に男らしいと思いますよ」
「そっか……」
人間はどう生まれるかを選べない。
自分がどんな性質を持ち、どんな場所、境遇に生まれるかを選べない。
それでも、どう生きるかを選ぶ事はできる。
「俺は男らしい見てくれに生まれなかったけど……男らしい生き方をすることは出来た──って事かな」
自分が憧れた姿に、少しは近づけていた。そう思えたら、不思議と胸の中のモヤモヤが晴れた気がする。
「ありがとう……ちょっとスッキリした」
「お役に立てたのなら良かったです」
ニコリと笑ってからフィオナは冗談っぽくメルの顔を覗き込む。
「それにこんな綺麗な顔を変えてしまうのは勿体ないですよ」
「ッ!!」
迫るフィオナにメルは顔を赤らめて逸らす。
「ふふ、そういうところは可愛いままなんですね」
クスクスと悪戯っ子の顔で笑うフィオナを、メルは必死に睨みつけるが、顔が赤いので全く様にならない。
「うるさい! ていうか俺が嫌がると分かってやってるだろ!」
「もちろん」
「良い性格してんな」
「だって──」
フィオナが口を尖らせる。
「メルさん、鈍い上にヘタレなんですもの」
「ヘ、ヘタレ……」
「そうですよ。メルさんほどじゃありませんが、こんな可愛い女の子が隣にいるのに、全然こっちの事を見てくれないんですもの」
「あのなぁ……」
「でもいいですよ。わたくしメルさんの可愛らしいお顔も好きなので」
「ああもう!」
メルは声を荒げた。
メルがどれだけの理性を持って気持ちを抑えているのか、フィオナは理解していないようだ。
だったらそれを分からせてやる。
「だから──」
メルは顔をフィオナに向けるとグイと近付けた。
元々フィオナがメルに寄っていったのもあって、二人の顔はかなり近い距離にある。
吐息さえ感じられそうな程に近く、二人は見つめ合う。
「俺は男だって言ってんだろーが」
「!」
柔らかな陽射しが、二人の足元に影をつくる。
二つの影が重なり合って一つになった。
中心部から少し離れた場所に皇帝家の離宮がある。豊かな自然に囲まれた豪奢な造りの宮殿──そのテラスで、メルは手すりに寄りかかりボケーッと空を見ていた。
首元に手を伸ばして襟を緩める。今まで着ていた旅装とは違い、今日着ているのはカッチリとした正装で、どうにも窮屈だった。
「メルさん、一人で何を黄昏ているんです?」
グラスを持ったフィオナがテラスに現れる。フィオナも同じように正装だ。ただメルと違って様になっているのは、やはり豪商の娘だからか。
「いや~別に」
「なんだかずっと元気がありませんね。式典が始まる前からそうでしたけど」
頬に指をあてて記憶を呼び覚ますフィオナ。
──そう、今日はバルムントを倒し、彼の企みと被害を食い止めた事を表す勲章授与式だったのだ。
煌びやかな離宮の装いに反して、集められた者の数は少ない。しかしその面子は錚々たるもので、現皇帝の代理として姫、衛兵連隊長や将軍、等々帝国の中枢に連なるメンバーが集まっていた。
「な、なんという豪華な顔ぶれだ……!」
「わたくし緊張してまいりました」
そんな面々に囲まれ、ナッシュとフィオナはひたすらに恐縮していた。
「……はーん」
ただ一人、いつもと変わらぬ調子なのはメルだけである。
「お前……よくそんな気の抜けた顔でいられるな」
「いや、すげー面子が集まってるってのは聞いてんだけどよ、なんか正直ピンと来ないっつーか。何がどう凄いのかよく分からん」
「……まぁメルさんは貧民街での生活が長いですからね。王政の重鎮と聞いても、違う世界のこと過ぎて現実感がないのかもしれません」
ナッシュは鼻を鳴らす。
「モノを知らん馬鹿は、こういう時得だな」
「あん? 喧嘩売ってんのかテメェ」
「ほう、その程度は分かるらしい」
メルとナッシュの間で視線が火花を散らす。
「止めてください二人とも! これから勲章をいただくというのに!」
慌ててフィオナが割って入る──なんて事が式典前に起こったくらいだが、ナッシュといつもの喧嘩をしたくらいで、メルはずっと妙に静かだった気がする。
「おかげで式典がスムーズに済んだとも言えますが」
「それって俺が元気だったら、式典中に何かやらかすと思ってたって事か?」
「ええまぁ」
「即答で肯定すんな!」
と突っ込む声にもどこか張りがない。
「ナッシュ様はあんなに元気ですのに」
フィオナとメルが離宮の中に視線を送る。式典後にささやかな宴が開かれたのだが、そこでナッシュは自分を売り込むべく、帝国のお偉方相手に必死で挨拶回りをしていた。
「まぁ、アイツは騎士として身を立てるっていう目標がほとんど叶ったようなもんだからな、嬉しくって仕方ないんじゃねぇの」
少し寂しそうに、眩しいものを見るような目でメルは言う。
それでフィオナも気付いた。
「すみません、私も実家の事が片付いて少し浮かれていました……」
メルだけは容姿を男らしくして生まれ変わるという願いを叶えていないのだ。
「ああ、フィオナも今回の件が認められて、親父さんからもう何も言われなくなったんだっけか」
「はい。私はもう自由に生きていけます、親から自分の人生に関して干渉されることはありません」
「そっか、良かったな」
力なく笑ってから、メルは大きくため息を漏らす。
「こういうのガラじゃないんだけどよ……やっぱ霊薬で男らしい見た目になれるって期待してたから、ちょっとショックがデカくてさ……」
「……」
「あ~~~……男らしくなりたかったな……」
女神のような自分の顔を、呪うかのようにメルは撫でる。
「前々から聞きたかったのですが、メルさんはどうしてそんなにも『男らしさ』に拘るのですか。自分の容姿にコンプレックスを持っているというには、少々度が過ぎるような……」
「ん~……」
メルはポリポリと頬を搔きながら、ゆっくりと口を開く。
「それは俺を育ててくれたオッサンの影響かな」
「おっさん?」
「ああ。孤児だった俺を、育ててくれたオッサンがいたんだ。俺には親が居ないけど、もし親がいたらこんな風だったのかなって思うような、そんなオッサンだ」
「そんな方が」
どこか懐かしむように微笑むメルの横顔に、フィオナは意外な物を見たきがした。これまで見たことのないメルの顔だった。
「そのオッサンがさ、事あるごとに言うんだ。『男なら……』とか『……してこそ男だ』みたいに、オッサン特有の男の美学を。今思えば暑苦しかったけど、それでも俺にとっちゃそのオッサンがヒーローみたいなもんでさ、だから今でも俺の中でのカッコいいとか憧れるものって、男の美学を語って実践してるオッサンの背中なんだよな」
「何となく分かりました。メルさんにとって『男らしい』というのは、単純な容姿のコンプレックスというだけでなく、生きていく上での指針なのですね」
少しだけメルの事がより深く分かった気がして、フィオナもまた微笑む。
「その方は今どこに?」
「何年も前に流行病で死んじまったよ」
「…………」
「そっからかな、以前にもまして男らしくなりたいって思う事も増えて、余計自分の顔が嫌いなって……しまいには自分そのものまで嫌いになっていった──」
もう一度、メルは深くため息を吐く。
「──だからどうしても霊薬を手に入れたかったんだ」
落ち込むメルに、フィオナは少し考えてから口を開く。
「メルさんがどう思っているかは知りませんが……私はメルさんのこと、男らしい方だと思っていますよ」
「──え?」
意外な言葉にメルは間の抜けた声を出す。
「でも俺、顔はこんなだし」
「男らしさって、見た目だけをさす言葉ではないですよね。その人の行動や言動、生き方を含めて表現する言葉ではないでしょうか」
フィオナは瞼の裏に、今まで見てきたメルの姿を思い浮かべる。
「メルさんは何度も私を助けてくれました。そして様々な試練や困難に屈することなく、突き進んできた──それはとても男らしい事だったと私は思います」
「……」
「だからメルさんは、もう十分に男らしいと思いますよ」
「そっか……」
人間はどう生まれるかを選べない。
自分がどんな性質を持ち、どんな場所、境遇に生まれるかを選べない。
それでも、どう生きるかを選ぶ事はできる。
「俺は男らしい見てくれに生まれなかったけど……男らしい生き方をすることは出来た──って事かな」
自分が憧れた姿に、少しは近づけていた。そう思えたら、不思議と胸の中のモヤモヤが晴れた気がする。
「ありがとう……ちょっとスッキリした」
「お役に立てたのなら良かったです」
ニコリと笑ってからフィオナは冗談っぽくメルの顔を覗き込む。
「それにこんな綺麗な顔を変えてしまうのは勿体ないですよ」
「ッ!!」
迫るフィオナにメルは顔を赤らめて逸らす。
「ふふ、そういうところは可愛いままなんですね」
クスクスと悪戯っ子の顔で笑うフィオナを、メルは必死に睨みつけるが、顔が赤いので全く様にならない。
「うるさい! ていうか俺が嫌がると分かってやってるだろ!」
「もちろん」
「良い性格してんな」
「だって──」
フィオナが口を尖らせる。
「メルさん、鈍い上にヘタレなんですもの」
「ヘ、ヘタレ……」
「そうですよ。メルさんほどじゃありませんが、こんな可愛い女の子が隣にいるのに、全然こっちの事を見てくれないんですもの」
「あのなぁ……」
「でもいいですよ。わたくしメルさんの可愛らしいお顔も好きなので」
「ああもう!」
メルは声を荒げた。
メルがどれだけの理性を持って気持ちを抑えているのか、フィオナは理解していないようだ。
だったらそれを分からせてやる。
「だから──」
メルは顔をフィオナに向けるとグイと近付けた。
元々フィオナがメルに寄っていったのもあって、二人の顔はかなり近い距離にある。
吐息さえ感じられそうな程に近く、二人は見つめ合う。
「俺は男だって言ってんだろーが」
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柔らかな陽射しが、二人の足元に影をつくる。
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