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第十六話
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「ッ⁉」
思わずその場にいた全員が息を呑んだ。
そうだ、何故気付かなかったのだろう。
その輝く黄色の髪に、女神か天使と見紛う美貌。身に帯びた魔力が可能にする、常人離れした力。
それらは全て、バルキリス人の特徴であった。
「よもや、こんな所にバルキリス人の末裔がいたとはな……」
バルムントはその美貌を歪めて、酷薄に笑う。
「伝説のバルキリス人は二人と要らぬ。貴様には死んで貰おう」
「はっ! うっせぇ」
いつもと変わることなく、メルはケンカ腰で啖呵を切る。
「何がどうなってんのか訳が分からねーけどよ、とにかく俺はお前がムカついて仕方ねぇんだ。ボッコボコにしてやるから、覚悟しろ!」
「減らず口を!」
両者共に斬りかかる。
超高速の踏み込みから繰り出される互いの剛剣が火花を散らす。
「おおおおぉぉぉ!」
「はああああぁぁぁ!」
バルムントの大剣とメルの長剣が交錯する。
互いの剣が悲鳴を上げるような、甲高い金属音が木霊する。
そこから秒間七~八太刀を互いに繰り出すような、剣戟が始まった。華麗な技など何もない。ただ一瞬でも速く、ほんの僅かでも重い一撃を繰り出す──ただそれだけの斬り合い。
見ようによっては、素人の斬り合いと変わらない。
しかし互いの膂力が桁違いなので、その剣戟は見苦しいどころか生半可な達人では及びもつかないものであった。
両者の膂力はほぼ互角。
それ故に得物の差が如実に攻防の差となって現れる。バルムントは大剣、メルは普通の長剣。その質量は段違いであり、頑丈さも当然違う。
何度も何度も剣を打ち合わせていくうちに、メルの長剣が徐々に嫌な音を上げ始めた。
直感的に分かる──この剣はじきに折れる、と。
「くふふ……後がないぞ、どうする?」
バルムントの煽るような笑み。
ガギンッ──ひと際大きな金属音。そしてついにメルの長剣が、刀身の半ばで折れた。絶体絶命である。
「これで終わりだ!」
「どうかな‼」
メルに止めを刺そうと、バルムントの振りが大きくなる。その瞬間を、メルは待っていた。
剣の柄から手を離し、空中に折れ飛んだ刀身を、手のひらが裂けるのも構わず掴む。
そのまま折れた刀身で斬り付けた。
剣術の常識から外れた、我流の喧嘩殺法だ。
「なっ⁉」
予想外の攻撃に、バルムントは驚嘆する。
大きく振りかぶった大剣では、メルの攻撃を防げない──咄嗟にバルムントは、左腕を盾にした。
左の前腕に深々とメルの刀身が喰い込む。
うめくバルムントに構わず、メルはそのまま刀身を押し込もうとするが、
「ぐぅ──猪口才なぁ!」
痛みに喘ぎながらも繰り出す、バルムントの足裏を使った突き放すような蹴り。それをまともに喰らって、メルは再度吹き飛ばされた。
両者の間合いが一旦切れる。
バルムントは左腕を庇いながら、メルは蹴られた腹を押さえながら、互いに隙を伺う。
その攻防の凄まじさ、息の詰まるような殺気に、周りはただ固唾を飲んで見守るしかできないでいた。
「何故だ! 身体能力はほぼ互角のはず──なのにどうして、私が貴様の剣を喰らっている⁉」
「そりゃお前、俺の方が喧嘩強いからだろ」
「何ぃ?」
さも当然のようにメルは言った。
「俺はお前と違って、ずっと貧民街で暮らしてた。殴り合い、斬り合いの刃傷沙汰はガキの頃から腐るほどやってる。そんじょそこらの奴とは場数が違ぇよ。だが、アンタはどうだ? どうせ屋敷でふん反りかえってばっかだったんだろ。剣術とか真面目にやるような奴には見えなかったしな」
「ぐ……!」
「ガキと大人が喧嘩したら、そりゃ大人の方が勝つだろうが──大人同士が喧嘩したら、そりゃ場慣れしている方が勝つに決まってる。簡単な理屈だ」
バルムントが数人の兵士を一瞬で倒すことができたのは、充溢する魔力による桁外れな身体能力によるところが大きい。スペックの差によるゴリ押しで、大抵の相手は倒せるのだろう。
だが、同じだけの身体能力を有するメルに、ゴリ押しは通じない。
そこから先は純粋に戦闘技能の差が勝負を分ける。
「どうだ業突張りのクソジジイ。次は腕じゃなくて、首を取るぜ」
「どこまでも生意気な小童だ……!」
メルの挑発にバルムントはギリギリと歯噛みする。
メルは右手を開け閉めする。折れた刀身を握り込んだ事で手の平からは、ポタポタと血が流れているが、それもすぐに止まる。
(……伝説のバルキリス人の『回復能力』か。ちょっとやそっとじゃ死なねぇな、こりゃ)
剣を握れなくなったら戦闘能力は大きく落ちる。それを避けられたのはいいが、だがそれはバルムントも同じ。
多少の手傷では僅かな時間、動きを鈍らせるのがせいぜい──倒すにはいたらない。
(内臓か、頭。もしくは首──一撃で殺せる場所にぶち込まないと倒せねぇってわけだ)
いよいよ血みどろの戦いへと発展しようかと思われた。
その時だった。
「なっ、何だッ⁉」
バルムントに異変が起きた。
左腕の傷が癒えていくかと思ったその時、突如として腕が膨らんだのだ。まるで伸縮性のある皮を内側から膨らませたかのように、グニャグニャと嫌悪感を催す動きで、バルムントの腕が数倍にまで膨れ上がった。
さらにそれが腕から胴へと伝わり、バルムントを内側からどんどん大きくしていく。
「うぐ──ガアアアァァァァ────!!」
バルムントの悲痛な叫びが響き渡る。
しかしなおもバルムントの身体は膨らみ続け、その体積を増していく。
「おいおいおい! 何だってんだ一体⁉」
さしものメルも、流石に呆然としている。
そしてそれは居合わせた他の者も一緒だった。次から次へと起きる、常識外れの事態に脳が悲鳴を上げている。処理が追い付かない。
そんな中、魔術に対して多少なりとも知識のあるフィオナが、真っ先に異常事態の原因に気が付いた。
「これは──魔力の過剰供給によるバランス崩壊です!」
「魔力の過剰供給?」
「バルキリス人は『相似の理論』を用いて、『女神の荷姿になることで、魔力をその身に帯びる』者です。常人にはあり得ない量の魔力をバルムント卿は持っていましたが──そのバランスが崩れ、暴走を起こしているんです!」
「でもなんだって暴走を?」
メルも同じバルキリス人であるというのなら、なぜ暴走していない?
何故、バルムントだけが暴走している?
「バルムント卿は霊薬によって、後天的にバルキリス人になりました。もしかしたらそれが不完全だったのでは?」
「……あ!」
メルは地面を見やった。
そこには僅かにこぼれた霊薬が、シミとなって残っている。
「そうか! 俺が飛び出たせいで霊薬を少しこぼしたから──飲んだ霊薬の量が足りなかったんだ‼」
それ故に、バルムントのバルキリス人への変身は、完全ではなかったのだ。
「それでフィオナ嬢、その魔力が暴走を起こすとどうなるのですか⁉」
「通常魔力が暴走すれば、魔術は発動しません。術者に反動として帰って来ます」
「つまりバルムントはその反動で死ぬと?」
「いいえ──」
ナッシュの問いに、フィオナは冷や汗を流す。
「放出系の火や風を起こす魔術であれば、単に術が発動しないだけで済みますが──身体を強化するような付与《エンチャント》系の魔術は、反動で術者の身体が変異し、怪物になってしまう場合があるんです!」
今バルムントに起きている異変は、正にそれだった。
「■■■──!!」
もはや人の声とは思えない咆哮を上げ、バルムントは内側からはち切れんばかりに膨らみ続けている。
「しかもバルムント卿が行ったのは、霊薬によって『伝説のバルキリス人になるよう、身体を作り変える』という高度な魔術です。ただでさえ膨大な魔力がその身体に集まっているというのに、それが暴走したらどうなるか──」
フィオナは息を吞むしかできない。
バルムントの異変がひと段落した。
そこに顕れたのは、もはや人ではない。
五メートルはあろうかという長身と、大理石の柱を思わせる極太な手足。肌は灰色に変色し、まるで硬質な樹脂のよう。
あれほど美しかった顔は見るも無残な変貌を遂げ、不自然に大きな顎とせり上がった眉、血管の浮き出た頬、眼球は白く何処を見ているのか分からない。
頭髪だけが美しい金髪のままであり、それだけにバルムントの醜く変質した容姿を、より際立てていた。
「巨人族……!」
絞り出すようにフィオナが呟き、メルとナッシュも冷や汗を流す
魔術の反動で怪物となったバルムントは、神話に登場するトロールそのものだった。
思わずその場にいた全員が息を呑んだ。
そうだ、何故気付かなかったのだろう。
その輝く黄色の髪に、女神か天使と見紛う美貌。身に帯びた魔力が可能にする、常人離れした力。
それらは全て、バルキリス人の特徴であった。
「よもや、こんな所にバルキリス人の末裔がいたとはな……」
バルムントはその美貌を歪めて、酷薄に笑う。
「伝説のバルキリス人は二人と要らぬ。貴様には死んで貰おう」
「はっ! うっせぇ」
いつもと変わることなく、メルはケンカ腰で啖呵を切る。
「何がどうなってんのか訳が分からねーけどよ、とにかく俺はお前がムカついて仕方ねぇんだ。ボッコボコにしてやるから、覚悟しろ!」
「減らず口を!」
両者共に斬りかかる。
超高速の踏み込みから繰り出される互いの剛剣が火花を散らす。
「おおおおぉぉぉ!」
「はああああぁぁぁ!」
バルムントの大剣とメルの長剣が交錯する。
互いの剣が悲鳴を上げるような、甲高い金属音が木霊する。
そこから秒間七~八太刀を互いに繰り出すような、剣戟が始まった。華麗な技など何もない。ただ一瞬でも速く、ほんの僅かでも重い一撃を繰り出す──ただそれだけの斬り合い。
見ようによっては、素人の斬り合いと変わらない。
しかし互いの膂力が桁違いなので、その剣戟は見苦しいどころか生半可な達人では及びもつかないものであった。
両者の膂力はほぼ互角。
それ故に得物の差が如実に攻防の差となって現れる。バルムントは大剣、メルは普通の長剣。その質量は段違いであり、頑丈さも当然違う。
何度も何度も剣を打ち合わせていくうちに、メルの長剣が徐々に嫌な音を上げ始めた。
直感的に分かる──この剣はじきに折れる、と。
「くふふ……後がないぞ、どうする?」
バルムントの煽るような笑み。
ガギンッ──ひと際大きな金属音。そしてついにメルの長剣が、刀身の半ばで折れた。絶体絶命である。
「これで終わりだ!」
「どうかな‼」
メルに止めを刺そうと、バルムントの振りが大きくなる。その瞬間を、メルは待っていた。
剣の柄から手を離し、空中に折れ飛んだ刀身を、手のひらが裂けるのも構わず掴む。
そのまま折れた刀身で斬り付けた。
剣術の常識から外れた、我流の喧嘩殺法だ。
「なっ⁉」
予想外の攻撃に、バルムントは驚嘆する。
大きく振りかぶった大剣では、メルの攻撃を防げない──咄嗟にバルムントは、左腕を盾にした。
左の前腕に深々とメルの刀身が喰い込む。
うめくバルムントに構わず、メルはそのまま刀身を押し込もうとするが、
「ぐぅ──猪口才なぁ!」
痛みに喘ぎながらも繰り出す、バルムントの足裏を使った突き放すような蹴り。それをまともに喰らって、メルは再度吹き飛ばされた。
両者の間合いが一旦切れる。
バルムントは左腕を庇いながら、メルは蹴られた腹を押さえながら、互いに隙を伺う。
その攻防の凄まじさ、息の詰まるような殺気に、周りはただ固唾を飲んで見守るしかできないでいた。
「何故だ! 身体能力はほぼ互角のはず──なのにどうして、私が貴様の剣を喰らっている⁉」
「そりゃお前、俺の方が喧嘩強いからだろ」
「何ぃ?」
さも当然のようにメルは言った。
「俺はお前と違って、ずっと貧民街で暮らしてた。殴り合い、斬り合いの刃傷沙汰はガキの頃から腐るほどやってる。そんじょそこらの奴とは場数が違ぇよ。だが、アンタはどうだ? どうせ屋敷でふん反りかえってばっかだったんだろ。剣術とか真面目にやるような奴には見えなかったしな」
「ぐ……!」
「ガキと大人が喧嘩したら、そりゃ大人の方が勝つだろうが──大人同士が喧嘩したら、そりゃ場慣れしている方が勝つに決まってる。簡単な理屈だ」
バルムントが数人の兵士を一瞬で倒すことができたのは、充溢する魔力による桁外れな身体能力によるところが大きい。スペックの差によるゴリ押しで、大抵の相手は倒せるのだろう。
だが、同じだけの身体能力を有するメルに、ゴリ押しは通じない。
そこから先は純粋に戦闘技能の差が勝負を分ける。
「どうだ業突張りのクソジジイ。次は腕じゃなくて、首を取るぜ」
「どこまでも生意気な小童だ……!」
メルの挑発にバルムントはギリギリと歯噛みする。
メルは右手を開け閉めする。折れた刀身を握り込んだ事で手の平からは、ポタポタと血が流れているが、それもすぐに止まる。
(……伝説のバルキリス人の『回復能力』か。ちょっとやそっとじゃ死なねぇな、こりゃ)
剣を握れなくなったら戦闘能力は大きく落ちる。それを避けられたのはいいが、だがそれはバルムントも同じ。
多少の手傷では僅かな時間、動きを鈍らせるのがせいぜい──倒すにはいたらない。
(内臓か、頭。もしくは首──一撃で殺せる場所にぶち込まないと倒せねぇってわけだ)
いよいよ血みどろの戦いへと発展しようかと思われた。
その時だった。
「なっ、何だッ⁉」
バルムントに異変が起きた。
左腕の傷が癒えていくかと思ったその時、突如として腕が膨らんだのだ。まるで伸縮性のある皮を内側から膨らませたかのように、グニャグニャと嫌悪感を催す動きで、バルムントの腕が数倍にまで膨れ上がった。
さらにそれが腕から胴へと伝わり、バルムントを内側からどんどん大きくしていく。
「うぐ──ガアアアァァァァ────!!」
バルムントの悲痛な叫びが響き渡る。
しかしなおもバルムントの身体は膨らみ続け、その体積を増していく。
「おいおいおい! 何だってんだ一体⁉」
さしものメルも、流石に呆然としている。
そしてそれは居合わせた他の者も一緒だった。次から次へと起きる、常識外れの事態に脳が悲鳴を上げている。処理が追い付かない。
そんな中、魔術に対して多少なりとも知識のあるフィオナが、真っ先に異常事態の原因に気が付いた。
「これは──魔力の過剰供給によるバランス崩壊です!」
「魔力の過剰供給?」
「バルキリス人は『相似の理論』を用いて、『女神の荷姿になることで、魔力をその身に帯びる』者です。常人にはあり得ない量の魔力をバルムント卿は持っていましたが──そのバランスが崩れ、暴走を起こしているんです!」
「でもなんだって暴走を?」
メルも同じバルキリス人であるというのなら、なぜ暴走していない?
何故、バルムントだけが暴走している?
「バルムント卿は霊薬によって、後天的にバルキリス人になりました。もしかしたらそれが不完全だったのでは?」
「……あ!」
メルは地面を見やった。
そこには僅かにこぼれた霊薬が、シミとなって残っている。
「そうか! 俺が飛び出たせいで霊薬を少しこぼしたから──飲んだ霊薬の量が足りなかったんだ‼」
それ故に、バルムントのバルキリス人への変身は、完全ではなかったのだ。
「それでフィオナ嬢、その魔力が暴走を起こすとどうなるのですか⁉」
「通常魔力が暴走すれば、魔術は発動しません。術者に反動として帰って来ます」
「つまりバルムントはその反動で死ぬと?」
「いいえ──」
ナッシュの問いに、フィオナは冷や汗を流す。
「放出系の火や風を起こす魔術であれば、単に術が発動しないだけで済みますが──身体を強化するような付与《エンチャント》系の魔術は、反動で術者の身体が変異し、怪物になってしまう場合があるんです!」
今バルムントに起きている異変は、正にそれだった。
「■■■──!!」
もはや人の声とは思えない咆哮を上げ、バルムントは内側からはち切れんばかりに膨らみ続けている。
「しかもバルムント卿が行ったのは、霊薬によって『伝説のバルキリス人になるよう、身体を作り変える』という高度な魔術です。ただでさえ膨大な魔力がその身体に集まっているというのに、それが暴走したらどうなるか──」
フィオナは息を吞むしかできない。
バルムントの異変がひと段落した。
そこに顕れたのは、もはや人ではない。
五メートルはあろうかという長身と、大理石の柱を思わせる極太な手足。肌は灰色に変色し、まるで硬質な樹脂のよう。
あれほど美しかった顔は見るも無残な変貌を遂げ、不自然に大きな顎とせり上がった眉、血管の浮き出た頬、眼球は白く何処を見ているのか分からない。
頭髪だけが美しい金髪のままであり、それだけにバルムントの醜く変質した容姿を、より際立てていた。
「巨人族……!」
絞り出すようにフィオナが呟き、メルとナッシュも冷や汗を流す
魔術の反動で怪物となったバルムントは、神話に登場するトロールそのものだった。
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