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第七話

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 メルとナッシュはそれぞれ森を隠れながら進み、工房を見張っている盗賊ギルドの見張り役を気絶させた。
 そして工房の入口に進む。

「他の組織に邪魔されず、かつ工房から出てきたところを襲われないよう、ここは電撃作戦でいきます。見張り役の異常に気付かれる前に、急いで霊薬を手に入れますよ!」

 工房内に踏み込むと、フィオナが先導する形で進んだ。
  途中、いくつもの罠が待ち構えていたが、あらかじめ何が仕掛けられているのか分かっていたので、苦も無く突破できた。
 石造りの壁と樹木が絡まりあう陰から、不意に飛んでくる仕掛け矢を躱しながら、メルは呟く。

「随分入り組んだ構造になってんなぁ」
「元々あった遺跡を森の木々が飲み込んで、不規則な行き止まりと通路が出来ている。普通ならこんなところに入ろうと誰も思わない──隠れ潜むには都合が良かったんだろうな」
「天然の迷宮ダンジョンってわけだ」

 ナッシュの相づちに頷きながら、メルは石造りの壁に彫られた模様を見る。どうやら人の絵のようだ。
 武器を持った人々が勇猛果敢に戦っている。ただ気になるのが、武器を持った人々がどう見てもみんな女であるということだった。
 こういう戦っている一幕を表した絵であれば、普通は男の兵士がいそうなものだが、この壁画には一人も描かれていない。

「なんだこれ?」
「バルキリス人の寓話を表した壁画のようですね」
「ああ、なんかそんなこと酒場で言ってたな。なんだっけ、たしかこの地方に残る伝承だったっけか?」
「ええ。数百年前に存在したと言われる、古代戦闘民族ですね。変わった民族で、バルキリス人は何故か女しか存在せず、恐ろしい強さと見る者を魅了してやまない美貌を持っていたと言われていますね」  
「はーん」

 それでこんな絵になっているのかと、メルは頷く。

「他にも一度死にかけたバルキリス人が、一騎当千の力を経て復活したとか、そんな話も残っていますね」 
「それは流石におとぎ話だろ」

 などと言いながら、あっという間に工房の奥深くまで進む三人。

「あれを見ろ!」

 ナッシュが叫んだ。
 見れば大きな扉があり、その傍らに巨大な石像──全長四メートルくらいあるだろうか、が立っている。
 そこだけ不自然なほどに新しく設えられた空間が出来上がっていた。

「どうやら罠を抜けて、工房までたどり着けたようですわ」
「ならあの奥に霊薬があるんだな!」

 駆け出すメル。
 しかしナッシュは一人慎重に腕組みをする。

「どうしたのですかナッシュ様?」
「いえ、どうも上手くいき過ぎているような気が……ここまで仕掛けられた罠は、盗賊ギルドが仕掛けたものもあれど、元々魔術師が仕掛けた罠も多々ありました。あれだけ用心深く引きこもっていた魔術師が、工房の入口になんの仕掛けもしていないという事があるでしょうか?」
「あ……」

 フィオナはアッと気が付いた顔をするがもう遅い。
 新しく設けられたレンガ積みの空間。そこにメルが踏み込んだ瞬間、

「──────!」
「何だ⁉」

 不快感を覚える異音が鳴り響く。
 ミシミシと聞きなれない音がして、扉の脇に立っていた石像が動き出した。

「おいおいマジか……!」

 さすがのメルも目を疑った。
 四メートルもある巨大な石像。神話に登場するような、古めかしいデザインの甲冑を着こんだ兵士の石像が、まるで生き物のように動き出したのだ。
 その輝きを持たない眼球が、メルを見据える。

「侵入者ヲ確認。コレヨリ迎撃体勢二移行」

 言うが早いか、動き出した石像は、手にしていた巨大なメイスを振りかぶる。
 メルは本能的に飛び下がった。
 一拍遅れて、石像の振り下ろしたメイスが打ち付けられる。凄まじい轟音が鳴り響き、その衝撃で地震のように床が揺れた。

 恐ろしい破壊力だ。
 喰らえばひとたまりもない。全身の骨を粉々に砕かれて潰されてしまう。

「やっべぇぞ──何なんだアイツは⁉」
「ゴーレムです!」

 メルにフィオナが叫び返す。

「ゴーレム?」
「石や粘土でできた魔力で動く傀儡ですわ。話に聞いただけで、実物を見たのは初めてですが……」

 そう言うフィオナも顔を引きつらせている。
 ナッシュもやや気後れしている感は否めない。

「あれが最後にして最強の門番というわけか……そもそも人が倒せるものなのか? 一度引き返して体制を整えた方が良いのでは」
「ダメです。わたくしたちは既に盗賊ギルドの見張り役に手を出しています。彼らが異常に気付く前に霊薬を手に入れて逃げるしかない──今から引き返している時間はありませんわ」
「何がなんでもあのデカブツを倒さないといけないって事か……!」

 誰も通さないと扉の前に立ちふさがるゴーレム。いつでもメイスを繰り出せる体勢のまま、メルたちを待ち構えている。
 あくまでも門番ということなのか、扉の前からは動こうとはしない。
 逃げても追ってこないのは、ある意味で僥倖といえるが、今のメルたちにとっては厄介以外の何物でもない。

「つってもあんな奴に剣じゃ太刀打ちできねぇぞ、どうする?」
「何か相手にダメージを与える手段があれば良いのだが……」

 メルとナッシュは冷や汗をかく。

「あります! 必ずどこかに弱点が」

 力強くフィオナが断言した。

「聞いたことがあります。ゴーレムはその身体のどこかに、魔力源となる核が付いているはずです。それを破壊することができれば──」
「魔力が尽きて動かなくなるって事か!」

 メルは剣を抜き放った。

「とりあえずゴーレムの核がどこにあるのか探るぞナッシュ。俺は右から攻めて様子を探る、お前は左から行け!」
「挟み撃ちか。お前に指図されるのはしゃくだが承知した!」

 ナッシュも剣を抜く。
 そのまま一気に弧を描きながら、左右に回り込む二人。
 ゴーレムは侵入者が二人同時に近づいてきたことに戸惑ったのか、一瞬反応が遅れる。しかしすぐに動き出した。

 ナッシュめがけて家の柱より太いメイスが振るわれる。

「ッ! ちょっと待てメル‼」

 ギリギリでそれを躱してから、ナッシュの怒声が響いた。

「どうした?」
「挟み撃ちで向かって左側に──相手の右手側に回り込むということは、私が真っ先にメイスの間合いに入るということではないか‼ しれっと一番危険な役割を私に押し付けたな⁉」
「ああ、今頃気付いたか?」
「メルッ‼ 貴様~!」

 ナッシュは怨嗟の声をあげながら、縦横無尽に振るわれるメイスを必死に躱し続けている。その隙にメルはゴーレムの側面から背後までくまなく目を走らせる。

「魔力源の核らしいモノは見当たらないぞ!」
「そんな⁉」

 悲痛な声を響かせ、フィオナは被り振る。

(核がないなんて、そんなはずはないですわ。核がなければゴーレムは動かない──!)

 冷静に、論理的に思考を働かせる。

(核がどこかに在るのは確実。問題はどこにあるか)

 身体の側面にも背面にもない。もちろん前面にもそれらしいものはなかった。
 となればどこにある? 

「うおっ⁉」

 バックステップで下がるナッシュを、追いかけるようにゴーレムがメイスを唐竹割に打ち下ろす。無理に追いかけたせいで、大きくゴーレムの身体が前傾姿勢になる。
 その時、ゴーレムの頭部から、わずかに煌めくものが見えた。

(! アレは──‼)

「脳天です! ゴーレムの脳天に、宝石が埋め込まれています。アレがゴーレムの核ですわ!」
「脳天?」

 メルが苦虫を嚙み潰したような顔で反芻する。

「こんなデカい奴の脳天に、どうやって一撃喰わらせたらいいんだよ⁉」

 ゴーレムの全長は約四メートル。
 とてもではないが、メルの攻撃が届くような高さではない。 

「話は聞いていた! メル、私に良い考えがある!」

 息を切らしながらも、懸命にゴーレムの攻撃を避けながらナッシュが叫ぶ。

「本当か⁉」
「ああ! この方法なら、ゴーレムの核を攻撃できる‼」
「どんな方法なんだ?」
「それはだな──!」 

 不意にナッシュが動きを変えた。
 前後左右に動いて的を絞らせない動きから、一直線に駆け出す。一撃で致命傷になるであろうメイスの殴打をくぐり抜けて、ゴーレムの股をくぐり抜ける。

 そしてメルのそばまで駆け寄った。
 ゴーレムは振り返り、二人に狙いを定めるが、それよりも一瞬早く、ナッシュがメルの襟首を掴む。

「こうするのだ!」
「ちょっ⁉」

 ナッシュはメルの襟首を掴んだまま、まるで砲丸でも振り回すように、その場で急速に回転した。二週半の回転で勢いを付け、そのままメルを上空まで放り投げる。

「~~っ~~!」

 放物線を描いて飛んで行ったメルは、ゴーレムの顔面に激突。
 濡れタオルを投げつけたように、ベチャッとゴーレムの顔面に張り付いた。

「うおわぁっ! 揺れる揺れる‼」

 視界を覆われたゴーレムは、まるで酔っぱらったかのようにふらついた。メルは四メートル上空で、振り落とされないように何とかしがみ付く。

「メルさん、危ない!」
「⁉」

 背後を振り返れば、ゴーレムは空いた左手でメルを摘まみ上げようと、顔に左の手のひらが迫ってくる。ゴーレムのパワーを考えれば、メルは感嘆に握り潰されてしまうだろう。
 メルは視線を前に戻す。 
 目の前に小さく輝く赤い宝石が見えた。

(これだ!)

「うおおおおおぉぉぉっ!」 

 右手に持った剣の柄頭を、全力で宝石に叩きつけた。宝石に僅かな傷ができ、輝きが少し薄くなった。

「────────!」

 また耳馴染みのない不快な音がした。
 それはゴーレムの悲鳴だったのかもしれない。
 ゴーレムは左手で顔を抑えようとした姿勢のまま固まった。

「……何とか倒せたみたいですね」

 ホッとフィオナが胸をなでおろす。

「そのようですね──おわっ⁉」

 頷くナッシュの上に、メルが着地した。

「くっ! 何をするんだ貴様‼」
「それはこっちのセリフだ! 人をボールみたいに放り投げたんだ、クッション役くらいやれ!」

 メルとナッシュはギャアギャアと口喧嘩を始める。

「何が、私に良い考えがある──だ。人を鉄砲玉扱いしやがって!」
「貴様こそ、私に危険な役目を押し付けたではないか!」
「お前貴族で騎士なんだろ! 下々の民を守る為に身体張れよ‼」
「騎士がその身を盾にするのは、守るべき民の為だ! 断じて貴様のようなずる賢い奴ではない‼」
「……よくこれでゴーレムを倒せましたね──あら?」

 二人の次元の低い口喧嘩を、呆れ顔で見ていたフィオナがふと何かに気付く。

「メルさん腕に怪我してますね」
「ん?」

 見ればメルの二の腕あたりに血が滲んでいる。

「ありゃりゃ? どっかで引っ掛けたかな。でも大丈夫だって、このくらいならすぐ治るだろ」
「ダメですよちゃんと手当しないと。ここは町中じゃないんですから、傷口から菌が入って流行り病になったりしてもすぐ診てもらえません。破傷風になったら最悪腕を切り落とすハメになります」

 言うなりフィオナはメルの腕を診ると、薬草を貼り付ける。そして何やら不思議なイントネーションの言葉をポツリと呟いた。
 すると、

「おっ⁉ なんだこれ」

 貼り付けた薬草の葉が薄っすらと光ってハラリと落ちる。そして薬草の下から出てきた肌には、既に傷跡がなくなっていた。

治癒の魔術ヒールです。このくらいなら、すぐに治せます」
「凄ぇ⁉ フィオナって魔法も使えたのか?」
「色々な家庭教師がいましたので、少しだけ習いました。使えるのは、簡単な魔術だけですが」
「いや十分凄ぇだろ」

 メルはしきりに感心し、ナッシュは自分もどこか診てもらえないかと身体中を確かめるが、何処にも大した傷がないので羨ましそうな視線を送るだけだった。

「そういやゴーレムが動き出した時も、すぐに倒し方を教えてくれたし──フィオナって物知りなんだな」
「アレは相似の理論という、基礎的な魔術理論の応用でしたから。すぐに察しが付きました」
「ソウジの理論?」
「魔術の働きを説明する理論の一つですね。簡単に言えば、『魔力を帯びたモノはその姿かたちが似ていれば同じような性質を持つ』という理屈です。ただの石は動きませんが、それが人の形をしていて魔力源があれば、人間と同じように動く──という訳ですね」
「はーん、なるほどな。魔法って言っても、何でもありじゃなくて何らかの制限はあるわけか」
「そうですね。必ず一定の条件と手順を踏まなければ、魔法は発動しません──と」

 フィオナが会話を打ち切って立ち上がる。

「さあさあ、わたくしたちには時間がありません。急いで霊薬を見つけませんと」
「おっとそう言えばそうだった」
「うむ、そうでしたね」

 メルとナッシュはゴーレムが守っていた大きな扉を開けて中に入る。
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