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第六話

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 翌日、帝国北東部の森の中。
 生い茂る木々に飲まれた古代の遺跡がある。石壁と樹木が絡み合った不可思議な形の建造物が、今は亡き魔術師の工房だ。

 その工房から少し離れたところに、小さな野営地が出来ていて、身なりの汚い男たちがたむろしている。盗賊ギルドの拠点である。
 既に工房を囲うようにして、いくつもの拠点が出来ている。
 どの拠点の盗賊たちも、少しくたびれているというか、暇を持て余している風だった。

 そしてその野営地の隅に、この森には似つかわしくない格好をした人物がいた。
 旅行者風の服装をした少女だ。
 天使のような美貌と、豊満な胸は、男たちの視線を釘付けにするだろう。少女は男たちの一人と話し込んでいた。

「──それで? あの遺跡の中に、魔術師の工房があるって本当なの?」
「ああ本当だぜ。中にある霊薬を手に入れたら三億ルミーだって、うちのお頭も大張り切りしてる」
「まぁ、三億ルミーも?」

 得意げに話す男に、少女は驚いて目を見開く。
 ルミーは帝国の通貨だ。三億ともなれば、一生遊んで暮らしても余るくらいの大金である。

「裏じゃ最近その話題で持ちきりだぜ。いろんなギルドが、霊薬を狙ってる」
「それじゃ他に先を越されないよう、急いで霊薬を手に入れなきゃいけないわね」
「それがそうでもねぇのさ」

 少女は首を傾げた。

「どうして? みんなその霊薬を狙ってるんでしょ?」
「知らねぇかお嬢ちゃん? 魔術師の工房ってのは、すげぇ入り組んでる上に罠だらけなんだぜ。そう簡単に侵入できるものでもねぇんだ。しかも先に入ったギルドが他に先を越されないように、後から自分たちも追加で罠を仕掛けていくんだ──最初の頃より、余計に難攻不落のダンジョンになってやがるのさ」

 男は肩をすくめる。

「今は他の奴らに霊薬を取って来させて、工房から出てきた時にぶん取っちまおうって、工房の前で睨み合ってるって寸法さ」
「なるほどねぇ……」
「お陰で退屈してたんだが嬉しいねぇ、アンタみたいな上玉がこんなところに来てくれるなんて」

 言いつつ男は少女に迫る。
 少女は男を拒むことなく、むしろ誘うように妖艶に微笑む。

「そうねぇ、わたしも遊びたいと思っていたの」

 ゴクリと男は興奮したように唾を飲む。

「ここじゃ他の人に見られそうで嫌だわ。楽しむならあっちの茂みに行かない?」
「おういいぜ」

 辛抱たまらないと言った風に、男は鼻息荒く答える。
 少女は男を連れて茂みへと向かう。

「そういえば……あなたのギルドでは、工房内にどんな罠を仕掛けたの?」
「あん? 入口近くに矢が降ってくる罠が一つ。後はしばらく進んだ所に、落ちたら槍で串刺しになる落とし穴を作ったりしたけどよ……それがどうかしたの──」
 か? ──と言おうとしたところ、男は顎に強烈なパンチを喰らって気絶した。


 
 盗賊ギルドの拠点から離れた茂みの中で、フィオナはうんうんと頷く。

「入口付近としばらく進んだ所に落とし穴ですね、なるほどなるほど」
「有益な情報を得られたようですね」

 ナッシュも相づちを打つ。

「女装《こんな》事までしてゲットした情報が、有益じゃなかったらたまったもんじゃねーよ」

 そう言って天使のような美貌を持つ少女──に扮したメルが口を尖らす。

「お手柄ですわメルさん」

 フィオナは手をパチパチと叩く。
 メルが女装して情報収集を行ったのは、フィオナの提案だ。

「昨夜の一件から分かった事ですが、既に複数の盗賊ギルドが先行して工房を調べているのは確実。わたくし達は現状出遅れて後塵を拝いている状態です。霊薬を手に入れるにはその遅れを取り返し、他を出し抜く必要があります」
「遅れを取り返して、他を出し抜くと言ったって、具体的にはどうすればいいんだ?」
「わたくしが家庭教師から学んだ東方の格言に『敵を知り己を知らば、百戦危うからず』というものがあります」
「おお! 遠い異国の格言まで知っているなんて、さすがはフィオナ嬢」
「? どういう意味だ?」

 ナッシュはフィオナの博学なのを褒め称え、メルは首を傾げる。

「つまりは情報です。相手の内情を知ることができれば、裏をかいて出し抜くことは容易になります」
「はぁ~なるほどな」

 この抜け目のなさは、さすが大商人の血を引く娘と言ったところか。

「というわけでメルさん」

 フィオナのメルを見る目が怪しく光る。
 フィオナはにこやかな表情のままなのだが、それ以上に何とも言えない怖さがあった。

「な、なんだよ」
「お化粧とお着替えをしましょうか」
「──は?」

 メルの間の抜けた声が響いた。
 と、このようなやり取りがあった後、メルはフィオナが持参した替えの服と化粧品で、変装をする事になったのである。

「なんで俺がこんな事を……」

 茂みで手早く着替えたメルは、胸の膨らみをだすために詰めていたパッドを忌々し気に握りしめる。
 化粧で顔の印象を変えるだけでなく体型まで変えたのは、昨日の酒場での事を考え、メルのことが既に知られている可能性を危惧した処置だ。

「仕方がないだろう。私だと警戒されるし、フィオナ嬢だと何かあった時に危険だ。となるとメル、貴様がやるしかないだろう」
「正論で詰めるのはやめろ!」
「別に構わんだろう。今更女装したところで、減るものでもあるまい」
「減るんだよ! 俺の自尊心とかが‼」
「元から女装なんてしなくても、貴様は女に見えていただろうに」
「かーっ! 言ってることは事実だが、今更それをお前に言われるとすげぇ腹立つぞ‼」 

 諭すように言うナッシュに、メルはかみつく。

「くそ……何なんだよ。俺男らしくなりたくて頑張ってんのに、むしろ前より女扱いされること増えてねぇか?」 
「まぁまぁメルさん、落ち込むのはそれくらいで」

 あ~、うん。俺が落ち込んでいるのは、大体お前の発案のせいなんだけどね──とメルはジトっとした視線で訴えたが、フィオナには伝わらなかった。

「さて──さっきメルさんが行ってきた拠点が、現在確認できる盗賊ギルドの最後でしたね。それでは得た情報を突き合わせて、作戦を練りましょう」

 とフィオナは羊皮紙を取り出して、集まった情報をまとめていく。
 工房内部の構造、仕掛けられている罠の種類を書き込み、さらに効率的な攻略ルートを割りだす。

「これなら行けそうですわ」

 フィオナが微笑む。
 それが攻略開始の合図となった。
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