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 たまたまだろうか。
 違和感がまた少し膨らみ、待っていたアンネリーゼと合流すると、チクりと文句を言われる。

「あなたを待っていたら早起きが無駄になるわ」
「ごめんね」
「まあいいわ。集中すればいいだけだし」

 思ったことをつい言ってしまうのが彼女の性分であり、謝るとそこでスッパリと気分を入れ替えてくれるのも、彼女の性分だった。

「えっと、今日は執事のロブソンさんじゃないんだ……?」
「ロブソンは、今日は所用で屋敷を離れているわ。庭師の彼でも馬車の運転は問題ないからってロブソンが頼んだのよ」
「……そう」

 馬車に乗り込むとゆっくり車輪が回り始める。あの日は確か、とニコは記憶を掘り起こす。

『今回も私が成績一位を獲るわ』

 と、テストへの意気込みをアンネリーゼは語った。
 地頭がよく、それにあぐらをかくことなく勉強を頑張る彼女は、宣言通りそのテストも一位という結果に終わる。

「今回も私が成績一位を獲るわ」

 思い出したばかりのセリフが隣から聞こえてきて、ニコは耳を疑った。そして交差点に差し掛かると、馬車がゆっくりと曲がっていく。

「あ――道!」

 右に行かないといけないはずが、馬車が左に曲がってしまった。

「馬車が左に……」

 疑いを持っていたが、もう間違いない。
 毒殺されたはずのアンネリーゼが生きていて、勉強するために早起きして学園に向かい、馬車が道を間違えた。

 あの日起きた何気ない出来事をすべて踏襲している。

「間違いない。約三か月前に時間が戻っている」

 見慣れない道を走っていることにアンネリーゼも気がついた。
 
「あ。この道、違うわよ!」
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「道が違うわ。この道、遠回りになってしまうわ」
「ややや。これは申し訳ない!」
「もう」

 アンネリーゼは、ふんと苛立ち交じりのため息をついて、腕をゆるく組み、椅子の背にもたれた。

 ニコにはどうしてこうなっているのか、さっぱり理解できなかった。

 かつて日本でOLとして暮らしていたのに、気づけば好きなゲームの中でいつの間にか生活していた。しかもモブですらないメイドとなって。
 かと思えば、アンネリーゼの婚約破棄イベントから数か月時間が遡っている。

「時間が惜しいからこの中でやるわ」

 鞄からテキストと筆記用具を取り出し、ガタガタ、と揺れる車内でアンネリーゼは勉強をはじめた。文句は言うが、起きた問題には常に前向きで、いい意味でお嬢様らしくない。
 だからこんなふうに仲良くなれたのだろう、とニコは思う。

 ニコとしての人生は、幼い頃からこれまで、屋敷のメイドとして育てられてきた。
 同い年のアンネリーゼの遊び相手を務めることが多々あり、それ以外は、掃除に洗濯、料理に庭の手入れ……メイド見習いとして働く日々だった。
 現在は「見習い」が取れて、屋敷で必要な家事や雑務はすべて完璧にこなせるようになったが、幼いころは失敗することもあり、他の執事やメイドに叱られていた。
 そんなとき、アンネリーゼは「何を目くじらを立てているの。些細なことだと思うけれど」とニコを何度も庇ってくれたのだ。

「『ファンタズマガーデン』を知っている私なら」

 約三か月後。悪役としてアンネリーゼは根も葉もない噂を流され、この世界からいなくなってしまう。
 このままでは、きっとあのイベントが繰り返される――。

「ぶつぶつと何をさっきから言っているの。主人の勉強を邪魔するのがあなたの仕事なのかしら」
「――アンネ!」
「ぴゃあ!? ん、ななな、何っ!? 急に大きい声を出さないで」
「私があなたを助ける……!」
「だったら、すぐ隣で大声出すのをやめてくれるかしら」
 耳がキーンってなったわ、とアンネリーゼは嫌そうな顔をした。

 事実を語っても理解されるとは到底思えない。
 なのでニコは、アンネリーゼの両手を自分の手で包み込み、うんと目に力を込めてうなずく。 アンネリーゼは眉間に皺を作って訝っているが、構わなかった。

 こうして、ニコの目標は決まった。
 ここがゲームの世界というのなら、親友を救うために破滅フラグをすべて叩き折ってやろう。


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