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第八章 執着する呪いの話

第30話 枯れることのない執着

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 神の力を手に入れたばかりの憲之烝のりのじょうは、深夜に清隆きよたかの屋敷に忍び込む。
 
 化け物のような姿の憲之烝に怯む事なく、清隆は刀で斬りつけてきた。
 襲撃が失敗に終わり、憲之烝は神社へ逃げ戻る。袈裟けさりにされた体を神気で再生させたが、痛みと恐怖がへばり付き、暫く震えが止まらなかった。

(あの男を殺すには、もっと大きな力がいる)

 どうすれば力が手に入るのかは、自然と頭に浮かんだ。

 ──人間の願いを叶えて信心を集めれば、神気が高まり、神力を得られる。

 憲之烝は自分と同じ立場の男達の願いを叶える事にした。

(成功させる為には、下準備が必要だ)
 男達の願いを叶える中で、欲しい女を手に入れるには、縁を通して夢の中で神気を送って精神を操るのが確実だと学んだ。

 男達は憲之烝を救いの神として崇め、『めとリ神』と呼んだ。
 信心によって神力を高めた娶リ神は、ついに自分の願いを叶える為に動く。

 
 娶リ神は、お付きの女と共に買い物へ出掛けた和葉かずはを襲った。
 お付きの女が邪魔したせいで、再会の抱擁は出来なかったが、和葉の腕に印を付ける事は出来た。

 娶リ神は和葉の夢の中へ渡り、神気を送った。厄除けの神が和葉を守っていたので、夢の中で睦み合う事は叶わなかったが、和葉は徐々に娶リ神の神気に染まっていった。

 夢を渡り始めて三日目の晩。
 娶リ神は、また和葉の夢の中に渡る。嬉々として和葉を探そうとした娶リ神は、急に夢の中から弾き出された。

『一体、何が……』

 和葉の夢の世界に渡れない。
 ゾワゾワと嫌な予感がする。和葉と自分を繋ぐ縁が、他の神の神気によって揺らいでいた。

 娶リ神は血相を変え、和葉がいる屋敷へ向かった。

 障子戸が閉められた離れの中に、和葉がいると感じる。
 離れに近づこうとした娶リ神の前に、清隆が立ち塞がった。

 清隆は抜刀の構えをして、娶リ神を睨みつける。

「物の怪。何故、和葉を狙う?」

『ワシは自分の嫁を取り戻しに来ただけだ』

「和葉は俺の嫁だ」
 清隆は切り捨てるように言い放つ。娶リ神は怒りに震えた。
 
『和葉はワシのものだ!!』

 娶リ神は神気を使って、人の背丈程の巨大包丁を作り出し、清隆に向かって振るった。

 鯉口を切る音が闇夜に響く。清隆が抜刀し、巨大包丁を受け止めていた。
 力で簡単に押し切れると思いきや、清隆は踏み留まる。清隆は刀に込めていた力をフッと抜くと、体を捻って包丁を避け、流れるような動きで娶リ神を斬りつけた。

 触手を斬られ、包丁が地面に落ちる。
 痛みで呻く娶リ神に向かって、清隆が刀を振り下ろす。体を斬られる痛みの中で、娶リ神は滴る体液を清隆の目に向かって放った。清隆は全てを避けきれず、左目に雫が入る。ジュワッと水分が蒸発する音がした。

「ぐうぅっ!!」
 清隆が左目を押さえて呻く。

 清隆の左目を焼く事が出来た。娶リ神は触手を伸ばして、清隆を攻撃する。片目の戦いで遠近感が掴めないのか、清隆の攻撃のキレがなくなった。

 清隆は向かってくる触手を何とか刀で弾くが、攻撃に転じる余裕はない。圧倒的な力で弱者を甚振いたぶるのは、とても心地が良かった。

『飽きたな。トドメを刺すか』
 清隆の体を触手で宙へ持ち上げる。月の光を浴びた清隆の右目が鋭く光った。
 
 清隆の体を持ち上げていた触手が斬り落とされる。清隆に抵抗する力は残っていないと完全に油断していた為、娶リ神は刀を取り上げていなかった。

 清隆は落下する力を利用して、刀を振るう。
 娶リ神の体が真っ二つに別れる。娶リ神の核となる本体も僅かに負傷して、体液と共に神気が周囲に溢れ出す。
 
 娶リ神は触手で清隆を殴り飛ばした。清隆は離れの前まで転がっていく。

 娶リ神は零れてしまった神気を掻き集めて、体を再生させる。全ては回収し切れずに、神気は世界に吸収されて消えてしまった。

 清隆は立ち上がると、刀を構えて向かってくる。
 娶リ神は用意していたモノを、中央の窪みの中から吐き出した。
 和葉のお付きの女の上半身が目の前に現れ、清隆は目を見開いた。

 娶リ神は、お付きの女を神気で侵食した後、体内に取り込んでいた。
 精神を操られた女は、両手を広げて娶リ神を庇う。清隆は女の脳天すれすれの所で刀を止めた。

 娶リ神はニヤリと笑い、お付きの女ごと、清隆を巨大包丁で一気に貫く。
 辺りに血が飛び散る。お付きの女が地面に倒れ、清隆も地面に膝をついた。

『辞世の句でも聞いてやろうか?』
 腹から血を流す清隆を見て、娶リ神はわらう。今度こそトドメを刺そうとした時、離れの中から声が聞こえた。

『ダメ! 和葉!!』
 小さな童の声を無視して、離れの障子戸が開かれる。

 月下美人の花の化身の如く、美しい和葉が姿を現した。

『和葉!!!』

 感動の再会に震えながら、娶リ神は名を叫ぶ。
 和葉に気を取られていた娶リ神は、清隆が最後の力を振り絞って刀を振るった事に気づくのが遅れた。

『あ゛ああああああああっっ!!』
 両目を斬りつけられた痛みから、娶リ神は絶叫しながらのたうち回る。目が見えない真っ暗闇の中、再び刀が振るわれる音がする。

 娶リ神は音の方向へ向かって、巨大包丁を思い切り振った。
 確かな手応え。刀が地面に落ち、血が溢れ、人間が倒れる重たい音が聞こえた。

 勝利を確信して、娶リ神はわらう。
 憐れな清隆の最期の姿を見てやろうと目を再生させた後、娶リ神は言葉を失った。

『か……ず葉?』
 そこには、腹から血を流して地面に倒れる和葉がいた。和葉の近くには、清隆の刀が落ちている。

 清隆と思って娶リ神が斬ってしまったのは、最愛の嫁だった。

『和葉和葉和葉和葉!!』

 娶リ神は和葉へ飛びつき、抱き起こす。息も絶え絶えな和葉の体からは、血がとめどなく流れていく。
 娶リ神が抱き締めると、和葉が苦しげに声を上げた。抱きしめる力が強すぎたのかと思って拘束を緩めた時、力が一気に失われていく感覚がした。

『っ……あ、和……』
 痛みに耐えきれずに、娶リ神は和葉から離れる。和葉の手には、短刀が握られていた。和葉は懐に忍ばせていた短刀で、娶リ神の核となる本体を刺したのだ。

 神気が零れていく。
 掻き集めようにも、流れ出る方が早い。何とか神気で本体を再生させたものの、神力が激減した。

『和葉』
 再び触手を伸ばすと、和葉は既に亡くなっていた。

『大丈夫だ。天になど還させない。ワシがちゃんと連れていくからな』

 まだ体に留まっている和葉の魂を、自分の神界へ連れて行こうと考える。
 和葉の肉体から魂を取り出した時、娶リ神の体を黒い糸が拘束した。

『これ以上、お前に奪わせない!』
 幼い神が、娶リ神から和葉の魂を奪い取って抱き締める。

『和葉を返せ。お前では、ワシは倒せんだろう?』

 生まれて間もない神力も神格も無い神は、力を失った娶リ神より劣っている。娶リ神を消滅させる力は無い。

 幼い神は怖気づいたのか、娶リ神から後退する。幼い神の踵に短刀が当たる。幼い神は短刀を拾い上げると、震える手で握りしめた。

『確かに、僕の力では、お前を倒す事は出来ない。だけど、僕だって神だ! 求めてくれる存在がいる限り、僕はそれに応える!!』

 清隆の魂と和葉の魂から力を貰って、幼い神の神力が膨れ上がる。萌葱もえぎ色の光が、暗闇を照らした。
 幼い神は娶リ神を睨みつけると、自分の力を注いだ短刀を振るう。何かが失われる感覚がして、娶リ神はゾッとした。

『貴様っ、何をっ!?』

『お前とうつつとの縁に傷を付けた。完全に縁は切れずとも、神力が弱った今のお前では、現に留まることは出来ない』

 幼い神が両手を叩くと、数珠の首飾りをつけた小さな石像が現れる。厄除けの神の力を持った神具へ、幼い神は自分の力を注いだ。

 娶リ神は目を見開く。自分の体が薄らぎ、現の景色が揺らいでいく。
 抗えない強い力に引っ張られ、娶リ神は石像の中に閉じ込められた。


***

 
 賀援がえんは手の中にある短刀を見つめる。
 和葉と娶リ神の縁を切りたかったが、力が弱い自分では完全に縁を切る事が出来なかった。

『ごめんね。和葉』
 和葉の魂に謝る。頼ってきてくれたのに、縁切りの儀式もうまくいかずに死なせてしまった。

 賀援は足元にある石像へ目を向ける。
 清隆と和葉から力を貰い、土地神の神具の中に娶リ神を封印する事が出来た。

 賀援は自分の神界で石像を保管することにした。賀援の神界には、人も穢れを持つモノも入る事は出来ない。娶リ神の封印が解かれる事はなく、今後は誰も被害に遭わないだろう。

(だけど、何だか嫌な予感がする)
 言いようのない不安。ただ一人の女への執着で神を喰らった男が、果たしてこのまま大人しく封印されるだろうか。

 このまま和葉を天に還していいのかと、賀援は悩む。
 もし、万が一、封印が解けてしまった場合。輪廻の輪に乗って転生した和葉が、再び娶リ神に狙われてしまえば、あっさりと魂を奪われるだろう。

 機が巡ってくる日まで、賀援は短刀の中に和葉の魂を閉じ込めて守ることにした。

『おやすみ。和葉』
 賀援は小さなてのひらで、優しく短刀を撫でる。

 短刀の中に宿った和葉の魂を、封印された娶リ神は枯れることのない執着の目で見つめていた。

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