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第八章 執着する呪いの話
第34話 不運と幸運
しおりを挟む『ワシの片割れも、力は同等だ。間男など敵ではない』
娶リ神が愉快そうに告げる言葉に、俐都は顔を歪める。
娶リ神の本体が二体いるという考えはなかった。通常なら神気を感じ取れた筈が、娶リ神の神界には様々な神気が入り混じっていた為、感覚が麻痺して気づけなかったのだ。
俐都はイヤーカフに手を伸ばし、碧真へ通信を試みる。妨害が続いているせいか、雑音しか聞こえなかった。
「俐都。急いでツンデレ君を追いかけよう」
篤那の言葉に俐都が頷きかけた時、娶リ神はケラケラと笑った。
『無駄だ!! 間男も女の場所まで辿り着いたが、ワシの力に手も足も出ない状況だ! お前達が追いつく頃には、全て手遅れになっているぞ!!』
娶リ神は絶望的だという意味で告げたのだろうが、俐都はニヤリと笑った。
「命があるなら、現状なんて幾らでもひっくり返せる」
『……はあ?』
娶リ神が不快そうに口を歪めた。
俐都は縁切刀を篤那に託し、後ろを振り返る。
「流光。お前の力で、縁切刀と篤那を、日和とクソガキの所へ届けてくれ」
『はあ? 何言ってんだよ。俺があいつらの居場所なんて、分かる訳が無いだろう?』
「惚けんな。お前、あの時クソガキに加護を与えていただろう? 加護を与えた存在の居場所を辿れないとか、馬鹿なことを抜かす気か?」
別行動する前、流光は碧真の背中をわざとらしく叩いた。流光は隠れて碧真に加護を与えたつもりだったのだろうが、俐都は気づいていた。
加護を与えた存在の居場所は、神には筒抜けになる。例え、他の神の神界の中でも。加護を与えた存在と神の結びつきは、神の執着の一種なのだと思う程に強固なものだ。
流光はスッと目を細める。
『俺に頼っていいのか? あいつらに与える幸運の分、お前が負を背負うことになるんだぞ?』
「構わねえ。頼む」
俐都は迷うことなく返事をする。流光はニヤリと笑うと、篤那に手を翳した。
「篤那。そっちは任せるからな」
「ああ。俐都も任せた」
俐都と篤那は、互いに頷き合う。
白金色の光に包まれた篤那の姿が、空気に溶けるように消えた。
空中に留まっていた白金色の光が、娶リ神に向かっていく。
身の危険を感じた娶リ神が悲鳴を上げる中、キィィンと甲高い音が辺りに響き渡った。
娶リ神は目を見開く。白金色の光によって、娶リ神を捕らえていた捕縛術式の檻が破壊されて消えた。自由になった娶リ神が、俐都へ飛び掛かる。
攻撃を避けようとした俐都は、体が動かないことに気づく。眼球を動かして見ると、俐都の体に白金色の光が纏わりついて動きを封じていた。
娶リ神が両手を伸ばして、俐都の両目を覆うように張り付く。
ズルリと何かが抜き取られる感覚が走った。
拘束している力が消えたのを感じて、俐都は娶リ神の体を右手で掴んで放り捨てる。
俐都は違和感に気づく。娶リ神を剥がした筈なのに、視界は真っ暗闇に包まれていた。
『視力を奪ってやったぞ! これで、今までのようには戦えまい!!』
勝ち誇った耳障りな笑い声が響く。
視力を奪う能力は本来は目取り神の物だが、長く同調していたことで、娶リ神も能力を吸収していたようだ。
『助かったぞ、幸運の神。そこの人間を寵愛しているのかと思いきや、利用する目的だったのだな。ワシに協力する気になったのなら、共に』
『勘違いするな。俺は俐都が気に入っているから側にいるんだ。お前みたいに魂を奪って閉じ込めるなんて、つまらねえことをする気はねえよ』
流光は娶リ神の誘いを突っぱねる。娶リ神は訝しげな声を上げた。
『ならば、何故ワシに協力した? 気でも狂ったのか?』
『気は確かだ。俺は元々好きな人間程いじめたくなるし、賢いことより面白いことを選択する性質だからな』
『ほお、中々な趣味をしているな。それなら、お前の寵愛する男の皮膚を削ぎ落として、断末魔をたっぷりと聴かせてやろうか?』
『……へえ。やれるもんなら、やってみろよ』
ピリッと張り詰めた空気が肌を突き刺す。娶リ神が息を呑む音が聞こえた。
『ああ、そんなに怯えなくても、俺は手を出さねえよ。お前の相手は、俐都がする。俺は俐都の有利になるような事は一切しない』
『……その誓い、守れるだろうな?』
上擦った声で、娶リ神は確認する。誓いに応じれば、流光は娶リ神と俐都の戦いに手助けが出来なくなる。
『もちろん。俺は戦神でもねえからな。じゃあ、頑張れよ。俐都』
張り詰めていた空気が緩む。流光はいつものように観戦でもして楽しむつもりなのだろう。娶リ神が耳障りな笑い声を上げた。
『バカめ!! 今、確かに誓ったな!! 寵愛した人間を、みすみす他の神に差し出すとは!! 神の加護も無く、目も見えない中で、どれだけ戦えるか見物だな!!』
両目の視力を奪われて真っ暗に染まった世界へ、俐都は耳を澄ませる。
左右から、重たい物が風を切る音が聞こえる。俐都が真上に跳ぶと、足元で刃物がぶつかるような音がした。娶リ神は先程の巨大包丁で、俐都を斬ろうとしていたのだろう。
上に回避した俐都に向かって、左斜め上から刃物が振り下ろされる音がした。
俐都は空中で体を捻り、刃物を避ける。体の真横を通り過ぎようとした刃物の側面を右足で蹴り付け、娶リ神がいる方へ向かって一気に跳ぶ。
右拳を突き出せば、地面を破壊した手応えと、娶リ神の体に僅かに掠った感触がした。
着地した地面が激しく揺れる。体勢を崩して地面に手をついた時、右掌に何かが突き刺さる痛みが走った。手を引っこ抜こうとするが、先が返しのように折れ曲がっているせいで簡単に抜けない。
真上から刃物が振り下ろされる音がした。回避は間に合わないと判断し、音に意識を集中する。
刃先の振り下ろされる位置とタイミングを捉え、俐都は左拳を振るった。手袋の甲にある金具部分と刃先がぶつかって、金属が鳴り合う甲高い音がする。重たい物を殴り飛ばした手応えが、左拳に伝わった。
『馬鹿な!?』
娶リ神は攻撃が弾かれると思っていなかったのか、思わず声を上げる。
「見つけたぜ」
声の方向から娶リ神の位置を捕捉して、俐都はニヤリと笑う。
右掌を貫いている物を左手で折り取って外し、娶リ神に向かって力を込めて投げつける。消滅させないように敢えて狙いを外したが、僅かに掠ったようだ。娶リ神から悲鳴が上がり、地面に体液が零れる音がした。
『何故だ!? 目は見えない筈だろう!?』
「見えなくても、音で分かる」
『そんな筈は……。おい、幸運の神!! 貴様、人間に手を貸したな!?』
誓いを破ったと騒ぐ娶リ神に、流光は呆れて溜め息を吐く。
『おいおい、馬鹿も大概にしろよ? 俺は今の戦いで、俐都に不利な状況を与えはしたが、手助けは一切していないぜ?』
『何を言っている!? 現に、この男の力は人間の域を超えている!! それに目も見えない中、音だけで戦える訳が無い!! お前が力を与えていないと、辻褄が合わないだろう!?』
『俐都の人間離れした身体能力は、前の守り神が死ぬ間際に与えた力だ。つうか、お前は盛大な勘違いをしているぜ? 俺は幸運の神じゃねえよ』
流光は娶リ神を嘲笑う。
『俺は逆転の神。俺が俐都に与えているのは、主に困難と不運だ。頑張った御褒美に相応の幸運は与えるが、ただ与えるだけの慈善活動はしてねえよ』
「自慢げに言うな。それに、明らかに不運の方が大きすぎんだろうが!」
『俺は出来る奴だからな。ちゃんと未来を見据えてやってるから信頼しろよ』
「不信に繋がる事しかしてねえだろうが!!」
流光が俐都の肩に腕を回す。俐都が不快げに顔を歪めるのにも構わずに、流光は上機嫌に笑った。
『娶リ神。お前が戦ったのは、せいぜい片手で足りる程度だろう? ウチの俐都は、自分より強い邪神や魔物相手に、何百という戦いを経験してきた。場数も経験も度胸も違う。どうせ、他の人間の命を奪った時も、人質を取るとか卑怯な真似をしたんだろう?』
図星だったのか、娶リ神が悔しげな声を上げる。
『アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ』
娶リ神とは別の、しわがれた声と足音が聞こえる。元契約者達が、回復して動けるようになったのだろう。俐都が構えた時、苦しげな声が響き渡った。
元契約者達の断末魔に混じり、クチャクチャと咀嚼音らしき物や、液体を啜る音が聞こえた。目が見えないから何が起きているかは正確に分からないが、あまり良くないことが起きているのだと分かる。
『元契約者達を喰って、神気を回復させているな』
流光が呆れた声で説明する。嫌な予感が当たり、俐都は眉を寄せた。
『ガハハハ。これで神気も神力も回復した!! いくら強くても、お前は人間!! 動き回って、体力を消耗しているだろう!? ワシは、まだまだ戦えるぞ!!』
娶リ神は虚勢で声を震わせながら叫ぶ。俐都が息すら乱れていない事にも気づけていないようだ。
『だとよ。どうする? 体力馬鹿なところを見せつけて、延長戦に突入するか?』
「んな訳ねえだろうが。このままだと、女性達や目取り神も喰われちまうし、篤那達の後を追わなくちゃなんねえからな。すぐに終わらせる」
俐都は右手の手袋を外してジーンズのポケットに捩じ込み、代わりに小さな御守り袋を取り出した。
御守り袋の封を開け、取り出した橙色の四角い石を右手で掴む。俐都は息を吐き出し、右手の甲を唇の前に構えた。
「天翔慈家の守りの術を見せてやるよ」
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