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第八章 執着する呪いの話
第24話 縁切刀の行方
しおりを挟む『あと二、三年で完全に別つことが出来た筈なのに。何で……』
長い間してきたことが水の泡になり、賀援は顔を歪めて俯く。
「娶リ神の封印が弱まった可能性は無いのか?」
篤那の問いに、賀援は首を横に振った。
『それは無いよ! 封印されて力も奪われた娶リ神が、神具を壊せる訳が無い! それに、一ヶ月前も、神界に石像があるのを確認したもん! ちょっと待ってて!』
賀援は立ち上がり、社内の隅に置いていた鏡へ手を伸ばす。
鏡面が萌葱色の光を放ち、目の前に座る賀援ではなく、別の景色を映した。賀援は目を見開く。
『嘘。娶リ神を封印した石像が消えてる……』
「つまり、お前の管理不足のせいで、害悪な神が野放しになったってことか?」
「おい。落ち着け、クソガキ」
賀援に怒りを向ける碧真を、俐都が止める。
「人間の仕業かもしれない」
篤那がボソリと呟いた言葉に、日和は驚く。
「もしかして、好下さんが?」
「その人の仕業ではないと思うが……。最近、神達の周囲でおかしな事が多発しているんだ」
「おかしな事?」
「兆候も穢れも無い神が、突然邪神化したり。神界と現実世界の境界に歪みが生じて、一時的に繋がったりする。俺と俐都は、何者かが意図的に引き起こしているのではないかと考えている。もしかしたら、今回も賀援の神界と現実世界に突発的に道が作られ、娶リ神を封印した石像が現実世界に渡ったのかもしれない」
「現実世界に渡った娶リ神を、ストーカー野郎が偶然見つけて、封印を解いちまったってことか……」
『そんな偶然があるの?』
俐都の言葉に、賀援は首を傾げる。
娶リ神が現実世界に渡ったのが偶然だとしても、それを見つけたのが、願いを叶える対象となる好下だったなど、余りにも出来すぎている。
『なあ、賀援。娶リ神に狙われた夫婦は、どうなったんだ?』
利運天流光命は好下に興味はないのか、話を変えて問う。賀援は目を伏せた。
『……二人共、娶リ神に殺されたよ』
日和と碧真は目を見開く。
碧真が口を開きかけた時、キィンと金属が鳴り合う小さな音が聞こえた。碧真が服の中からネックレスを引っ張り出すと、白銀色のプレートに少し傷が入っている。ネックレスが再び音を立て、プレートに傷が入った。
『この力! 縁切刀が使われてる!』
賀援が驚いて立ち上がり、碧真に近づく。碧真のネックレスを見て、賀援は息を呑んだ。
『この首飾り、一体何!? 縁切刀の力を防いでる!?』
『それは、俐都の尊敬する人間と篤君の合作。特別製だ』
利運天流光命は、碧真を見て目を細める。
『賀援への供物に狛犬の子の人気があった事から考えて、縁切刀を盗んだ奴は、娶リ神と契約している人間だ。恐らく、契約者の狙いは、お前さんと狛犬の子の縁を切ることだな』
次々と傷ついていくネックレスに、碧真が顔を歪める。攻撃をやめたのか、音が止まる。賀援はホッと息を吐いた。
『諦めたのかな?』
「呪具の効果も無限じゃない。今後のことを話そうぜ。賀援。縁切刀無しで、日和と娶リ神の縁は切れるか?」
俐都の問いに、賀援はクシャリと顔を歪めて首を横に振る。
『神と、その契約者との縁切りには、強い力がいる。確実に縁を切るなら、僕の力を貯め続けた縁切刀があった方がいい』
「縁切刀の場所は、わからないのか?」
『わかるなら、千草のねちっこいお説教が始まる前に、自分で探しに行ったよ』
『……賀援様。お望みなら、ねちっこく精神を抉り続けて差し上げましょうか?』
千草の怖い顔に、賀援は涙目になって何度も首を横に振る。篤那は首を傾げた。
「自分の力を辿れないのか?」
『……現実世界か、僕が作り出した神界にあれば辿れるけど、辿れないんだ』
「つまり、縁切刀は、娶リ神の神界にあるということか?」
篤那の問いに、賀援は頷く。俐都は眉を寄せて考えた後、口を開いた。
「賀援。娶リ神の神界への道は開けるか?」
『うん。僕と娶リ神は縁があるから出来るよ』
「よし。なら、俺が一人で娶リ神の神界に行って、縁切刀を取り戻す。篤那は、ここで日和とクソガキを護衛するって事でいいか」
「それだと、俐都君が危ない目に遭うんじゃ……」
「問題ねえよ。俺も篤那も、仕事で何度も似たような事をしているからな」
日和は、自分のせいで苦しんで消えた狛犬達の姿を思い出して俯く。
「私が好下さんに、ちゃんと嫌だって伝えてたら、こんな事にはならなかった。全部、私のせいなのに」
部屋に閉じ込められていた時に繰り返していた暗い思考が、日和の心を侵食する。上手く躱す事が出来たら、誰も傷つかなかった。
「それは違うだろう?」
顔を上げると、俐都の力強い瞳が日和を見つめていた。
「自分を責めて傷つけたくなる気持ちは分かるが、そんなことはしなくていい。誰も日和のせいだと思ってねえよ。背負わなくていい重たい物を、自分に背負わせんな」
俐都の言葉に、篤那が同意して頷く。
「そうだぞ、日和。それに、もし断っていたら、男が逆上して、日和を包丁で刺してサスペンスが始まっていたかもしれない。俺は少女漫画のような恋が好きだから、そんな展開は望まない」
「何の話してんだよ! 空気読めや!!」
「俐都こそ。空気より、俺のオススメの少女漫画を読むといい。乙女心を理解出来れば、俐都にも素敵な恋人が一気に百人出来るかもしれない。両手に花畑だな」
「出来るとしても、恋人は一人だけでいい! つうか、お前に乙女心云々言われたくねえんだよ! 今まで何人の恋心を壊してきてんだよ!! 歴代の彼女達に謝りやがれ! ド天然野郎が!!」
「失礼な。俺は彼女を大事にしていたぞ? それに、いつも振られるのは俺の方だ」
『篤君の歴代彼女の人数は二桁内だったっけか? もう三桁いってたか?』
「すぐ別れてしまうから、覚えていないな」
(え? 何か凄い会話してる?)
恋人がいたことが無い日和は、篤那の桁違いの恋人の多さに固まる。
「な、何で、そんな桁違いの人数なの?」
「告白されて付き合ったら、自然とそうなった。一日で三人、彼女が変わった事もある」
「恋人になって三分で破局したのを見た時は、俺も驚いたぜ」
「?? どういう事なの?」
日和の問いに、篤那は悲しそうに目を伏せる。
「恋人になって、すぐにデートに誘ったんだが、俺が考えたデートプランが気に食わなかったみたいだ。『思ってたのと違う』と、速攻で振られてしまった」
「そりゃ、告白後にいきなり筍堀りと猪狩りに誘われたらな。土と血に塗れたデートなんて嫌だろうよ」
「筍は初心者でも見つけられるし、猪も俺の守り神達が絶対に一匹は仕留める! お土産たくさんの良いデートになった筈だ!!」
「成果の問題じゃねえよ。お前こそ、乙女心を理解しろよ」
「俺が恋人と長くいられないのは、俐都のせいだと思う。三週間も付き合えた彼女に、『私は俐都君みたいに篤那君を理解出来ない。ごめんなさい』と言われたからな。俐都が俺のことを大好きすぎて、恋人みたいに見えて、彼女が不安になったんだ。……俐都は俺の彼女だった??」
「混乱して、人を勝手に彼女にすんなよ! お前が意思疎通困難な天然野郎なせいで、彼女が話についていけなかっただけだろうが!!」
目の前で繰り広げられるやり取りに、日和は思わず笑ってしまう。俐都と篤那は優しい笑みを浮かべた。
「そうやって笑っとけ。嫌な奴らとの縁をぶった斬って、さっさと終わらせようぜ」
「俐都の言う通りだ。解決して元気になったら、一緒にアイスクリーム屋に行こう。日和もいたら、三十一歳ダブルからトリプルに進化できる」
篤那ワールドに押され、日和は頷く。隣にいる碧真の表情が曇った事に、日和は気づかなかった。
緊張が緩んだせいか、日和のお腹からグウゥと大きな音が鳴る。羞恥で日和の顔が赤く染まった。俐都は持ってきていた風呂敷包みを日和の前に広げる。
「握り飯だ。塩むすび、おかか、梅、昆布があるぞ」
アルミホイルで包まれた握り飯に、賀援と篤那の目が輝く。
『僕も、俐都のおにぎり食べる! 昆布ちょうだい!!』
「俐都。イクラはないのか?」
「ねえよ。贅沢言うな。つうか、お前ら、日和より先に取ろうとすんな!」
俐都は握り飯に手を伸ばす篤那と賀援を制して、先に日和に選ばせようとする。日和は塩むすびを手に取った。
「ありがとう。俐都君」
「おう。ゆっくり噛んで食えよ」
(俐都君って、お母さん気質だな)
穏やかな時間に笑みを浮かべていた日和を、ゾクリとする怖気が包む。
「日和?」
異変に気づいた碧真がすぐに声を掛けるが、日和の耳には届かない。日和へ伸ばした碧真の手は空を切る。
碧真の前から、日和が忽然と姿を消した。
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