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第八章 執着する呪いの話

第19話 人気を回復させる方法

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 俐都りとは目の前の光景に驚く。
 
 室内は、神の執着による重たく粘りつく空気に満ちていた。
 悲痛な顔をした碧真あおしが繋ぐ手の先には、ベッドに横たわる真っ黒な人間らしきモノ。それが、神気に侵食された日和ひよりなのだと気づく。

 一刻を争う事態に、俐都はすぐさまベッドに歩み寄った。

「クソガキ。少し離れてろ」

 碧真は日和の手を離さないまま、少しだけ横にずれる。
 俐都は右手に嵌めている手袋を外し、素手で日和の額に触れた。

 日和を侵食する黒い神気が、俐都の守り神の神気に反応する。黒い神気は複数の小さな黒い手へ形を変え、俐都の手の甲に爪を立てて攻撃の意思を見せた。

 俐都の右手から山吹色の光が溢れ、黒い手が一瞬で塵となって消える。
 
(このまま全部消しちまうのは簡単だが、逆効果になるだろうな)

 日和の器の中にある黒い神気を完全に打ち消すことは出来る。しかし、縁が切れない限り、黒い神気は器に注がれ続ける。空いた場所が大きくなれば、今まで器に入りきれずに神の元へ押し返されていた神気が、一気に大量に流れ込んで来る。日和の中に残っていた人気じんきが、一瞬で消費されてしまうだろう。
 
 俐都は力を加減して黒の神気を僅かに打ち消した後、日和の額から手を離す。
 日和の目に光が宿り、指先がピクリと動いた。

「日和」
 碧真が震える声で、日和の名前を呼ぶ。ゆっくりと視線を動かして、日和は碧真を見る。口を開くが、声は出せないようだ。

「流石だね。俐都君」
 壮太郎そうたろうに誉められ、俐都の表情が緩む。

「完全に侵食されていない状態だったから助けられたんです。あと少しでも侵食されていたら、助けられませんでした」

 壮太郎や碧真が何かしらの手段で、神気の侵食を最小限に抑えたのだろう。何もしていなかったら、俐都達が到着する前に手遅れになっていた。

 まだジワジワと黒い神気の侵食は続いている。同じ状態に陥らないように、人気じんきを取り込まなければならない。
 
「壮太郎さん。唐獅子からじしさん。キッチンをお借りしてもいいですか? 俺が日和の飯を作ります」

 最も確実で簡単に人気じんきを回復させる方法は、人の手で作った食事などを摂る事だ。人気じんきが入った食べ物を摂取する事で、自身の人気じんきを回復させる元となる力を得ることが出来る。

「うん。お願い。何でも好きに使っていいから」
「ありがとうございます」

 俐都は壮太郎に礼を言って頭を下げた後、碧真を見る。

「日和に苦手な食べ物やアレルギーはあるか?」
 アレルギーがある食材や嫌いな食材を使う訳にはいかないので、日和と一番親しそうな碧真に尋ねる。碧真は眉を寄せて黙り込んだ。

「ピヨ子ちゃんは食べ物のアレルギーは無いみたい。貝類や油っこい物とか、グリンピースは苦手って言ってたよ」

 壮太郎が代わりに答える。俐都は頷き、キッチンへ向かった。

 設備が充実している綺麗に片付いたキッチンは、いつ見ても見事だ。
 コートを脱いで、腕まくりをして手を洗う。冷蔵庫を開けて材料を確認していると、篤那あつなが近づいてきた。

「俐都。俺も作る」
 やる気満々の篤那に、俐都は眉を寄せる。

「お前はダメだ。逆に日和を弱らせちまう」
「何故だ? 俺の料理は、”元が食材だったのかも分からない”、”食べた瞬間に感情が行方不明になる”、と壮大な評価を受けるほど凄いんだぞ?」

「それ、凄いんじゃなくて、ヤバイんだよ。料理の感想とは思えない評価を貰っている時点で、何で自覚出来ねえんだよ」

 出会って間もない頃、篤那が『粉吹こふき芋』と言って、『鍋からはみ出た黒いスライム』を出してきた事がある。
 調理過程を見ていなかったが、調理場に散乱していた数々の調味料と、壁に飛び散った赤緑色の液体と、コンロ周りに生み出された炭の塊達に、もはや何も知りたくないと思って黙って掃除した程だ。
 スライムになった食材と、何度洗っても黒い塊が取れなかった鍋を処分する時、俐都は『もう二度と、篤那の料理による犠牲物を出さない』と胸に刻んだ。
 
「篤那君。こっちに来てくれる? ちょっと呪具作りに協力して欲しいんだ」

 壮太郎に呼ばれて、篤那は作業部屋へ移動した。
 厄介者がいなくなり、俐都は調理に集中する。

 冷蔵庫から、ワタが取り除かれた四分の一サイズのカボチャを取り出す。包丁で皮を取り除き、早く煮えるように身の部分を小さく切った。鍋に少な目の水とカボチャを入れて火に掛け、落とし蓋をして煮込む。
 合間に調理道具を洗っていると、碧真がキッチンにやって来た。

「何を作っているんだ?」
 湯気の立つ鍋を見て、碧真は眉を寄せる。

「かぼちゃのスープだよ。胃が弱っている時は、かぼちゃが良いらしいからな」

 俐都は祖母の受け売りを口にする。
 かぼちゃは消化に優しい上に栄養が豊富。皮にも栄養があるが、消化に時間が掛かるので、今回は取り除いた。スープなら食べやすく、体も温まっていいだろう。

「日和は、人間が作った物は食べられないと言っていた。霊獣が作った物は、食べられたみたいだがな」

 碧真は、”俐都が作っても意味がない”と言いたいのだろう。

 霊獣の唐獅子が作った食事なら、神の妨害は働かない。しかし、唐獅子が持っている力は、妖気や霊力の類であって、人気じんきを回復させることは出来ない。

天翔慈てんしょうじ家の人間が作る料理なら、問題ねえよ」

 今の日和の体は、外部から人気じんきが入る事を拒否するが、神気は受け付ける。それを利用出来るのが、神気と人気じんきを半々ずつ持つ天翔慈家の人間が作る料理だ。
 
「例えるなら、俺の作る料理は、オブラートに包まれた粉薬みたいなもんだな。オブラートが、俺の守り神の神気。中の粉薬が、俺の人気じんき。料理を食べる時は、神気が人気じんきを包んでいる状態だから、妨害されずに体が受け付ける。そして、俺の守り神の神気が、日和を害している神の神気を相殺する。空いた場所に、俺の人気じんきが入り、日和自身の人気じんきを回復させる力になる」

 うまく説明出来たかは分からないが、碧真はそれ以上何も言ってこなかった。
 キッチンに来た目的だったのか、碧真は食品が置いてある戸棚から水が入ったペットボトルを手に取る。

「日和に飲ませるつもりか? 今の時期じゃ、常温でも冷たくて体を冷やすぞ。一本貸せ」

 俐都は碧真が持っているペットボトルを一本を受け取り、ケトルに少量の水を注いで火に掛ける。あっという間に沸いた湯をカップに注ぎ、水を加えて飲みやすい温度に調節してから碧真に渡した。

「料理ほどじゃないが、沸かした湯だけでも、人気じんきを回復させる効果はある。日和に飲ませてやってくれ」

 碧真はカップを受け取って、躊躇ためらった後に僅かに頭を下げた。素直に礼を言えない碧真に、俐都は苦笑する。碧真は罰の悪そうな顔をして、日和のいる部屋へ戻って行った。

『俐都。あの狛犬の子、どうするんだ?』
 食器棚に寄りかかって立っていた流光りゅうこうが、楽しそうな声で問いかける。
 
「は? 助けるに決まっているだろう」
『守り神が見放した人間をか?』
 嘲るような言い方を不快に感じ、俐都は眉を寄せた。

 日和の側に狛犬達の気配は無いが、まだ僅かな結びつきは感じられる。
 しかし、日和の加護の主力だった守り神の気配は無く、加護の印も消えて、結びつきも感じられない。 

「神に見放されたからって、俺が見捨てる理由にはならないだろう」
『俐都ちゃんは優しいねえ。だが、神の執着は生易しいものではない。お前が一番身をもって知っているだろう?』  

 面白がっている流光を、俐都は睨みつける。

「神だろうと関係ねえよ。気に入らないものは、俺が全部ぶち壊す」

 俐都の言葉に、流光は口角を吊り上げた。

『やっぱり、俺は、お前の事が大好きだぜ。俐都』
「一番殴り飛ばしたい相手は、目の前にいるクソ神だがな。天大慈雨てんだいじう之尊のみことから貰った粒石が二つ残っているから、殴っていいか?」

 加護を受けている人間は、守り神を害することが出来ない。その所為で、流光はだいぶ調子に乗っていた。
 天大慈雨之尊から貰った神力が込められた粒石を使えば、流光を殴り飛ばす事が出来る。一ヶ月程前に初めて使った時は、今までの鬱憤を思う存分に晴らすことが出来て爽快な気持ちになった。

『待て! 今回は、絶対に俺の力が必要になるから!!』
「いつも俺に余計な苦労を背負わせて楽しんでる奴が何を言ってんだ?」

 流光は気まずそうに視線を泳がせる。俐都は溜め息を吐き、かぼちゃが煮えたのを確認して鍋を火から下ろした。

「まあ、今は使わないでおくか」
『俐都ちゃん賢い! 一生使わずにいた方がいいと思うぞ』

「天大慈雨之尊に、直接言った方が良さそうだからな。お前が側に居ながら日和の身に何かあったら、切り刻まれて粉砕されるかもな」

 かぼちゃと茹で汁に水を足して、ミキサーに入れる。ミキサーの作動音に、流光が怯えてビクリと肩を揺らした。天大慈雨之尊から指先一つ動けなくさせられたトラウマが蘇ったのか、流光は顔を真っ青にして、小刻みに震えている。

 鍋に、ペースト状になったかぼちゃと、コンソメと塩少々を入れて、弱火で煮込む。
 味見をした後、俐都は笑みを浮かべた。少し薄めにしたが、素材がいいのか、甘味とコクがある美味いスープが出来た。

『り、俐都ちゃん。俺の事も、鬼畜大魔神の慈雨じうから守ってくれるよな!? なあ!?』

「よし、日和に声をかけてくるか」
『俺の話を聞いて!? 俐都!? 俐都さん!!』
 
 喚く流光を無視して、俐都は日和がいる部屋へ向かった。

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