呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第八章 執着する呪いの話

第15話 まだ、ここに居たい

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『食事を用意しますね』

 唐獅子からじしがキッチンへ向かい、壮太郎そうたろう日和ひよりの分の食事を運んできてくれた。
 日和は少し躊躇ためらった後、お椀に入った重湯を匙で掬って口をつける。気分は悪くならず、飲み込む事が出来た。

「美味しいです」
 日和が笑みを浮かべると、唐獅子も嬉しそうに笑った。
 じわじわと体が温まり、栄養が染み渡っていくのを感じる。ゆっくり時間を掛けて完食する事が出来た。

「ご馳走様でした」
『明日の朝は、お粥をお出ししますね。栄養のある物を食べて、少しずつ元気になりましょう』
 唐獅子の言葉に、日和は曖昧な笑みを返した。

(明日……無事に迎えられるのかな?) 
 考えたくないが、今夜化け物に捕まってしまうのではないかという不安が、胸の中に渦巻いて離れてくれない。

「ピヨ子ちゃん。急だけど、髪の毛を貰ってもいい?」
「え? はい。何本必要ですか?」
 的外れな返答をしたつもりは無いが、壮太郎に笑われてしまった。

「ごめんね。ピヨ子ちゃんが素直すぎて、つい笑っちゃった。何に使われるか分からないのに、普通は渡さないでしょう?」

「壮太郎さんは、悪いことには使わないかなって」

「ピヨ子ちゃんは臆病なのに、人を信用するよね。まあ、信用してくれるのは嬉しいけど。前髪以外の髪を、一センチ切っても大丈夫? 嫌なら、別の方法を考えるよ」

「そのくらいなら大丈夫です」 
 日和が快諾すると、壮太郎は作業部屋から大きな白銀色の布を持ってきた。

 日和の体に、美容室で使うケープのように白銀色の布が巻かれる。壮太郎は日和の髪の毛をヘアクリップで何箇所かブロック分けした後、くしはさみを使って、毛先を切っていく。
 鋏の音がするのに、切られた髪の毛が落ちてこない。切り落とされた髪が白銀色の布に吸い込まれて消えていくのが、視界の端に見えた。

「終わったよ。カットに問題があったら、遠慮しないで言ってね」
 壮太郎がノートサイズの鏡を日和に手渡す。美容室で切ったと思える程に、綺麗に整えられていた。

「大丈夫です」
「よかった。人の髪の毛を切るのは久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃった」
 壮太郎は安堵して微笑み、白銀色の布を外す。

「何やってるんですか?」
 風呂から上がってリビングに戻って来た碧真あおしが、怪訝そうに日和達を見ていた。

「今夜の対策の為に、ピヨ子ちゃんから髪の毛を貰ってたんだよ。じゃあ、僕は準備をしてくるよ。唐獅子、一緒に来て」

 壮太郎が唐獅子を連れてリビングから出ていく。
 日和は気まずさを感じて、立ったままの碧真を見る。どう見ても、まだ不機嫌そうな顔をしていた。

「……私、ちょっと歯磨きしてくる」
 踏み込む勇気を出せずに、日和はリュックを抱えて洗面所に逃げた。日和は歯磨きをしながら、何故、碧真が怒ってしまったのかを考える。

 日和個人のトラブルに巻き込まれたことを不快に感じていると思うが、碧真に「そうじゃない」と否定された。巻き込んだこと以上に、碧真を不快にさせる原因が日和にあるということだ。

(怒られるのは嫌だけど。碧真と距離が空くのは、もっと嫌だ)
 リビングに戻ると、碧真はソファに座っていた。日和は勇気を出して、碧真の左隣に座る。
 
「碧真君。あの!」
「さっきのことなら、何でもない。変な奴らの存在に、気が立っていただけだ」
 碧真は溜め息を吐くと、右手を伸ばして日和の左頬を軽く摘んだ。

「碧真君。何で、ほっぺ摘んでるの?」
 真剣な話し合いをしようとしていた日和は、碧真の行動に眉を寄せる。

「出会い頭に頬を摘まれたから、やり返しただけだ」
「あの時は、ごめん。でも、突然目の前にガーディアンが現れたら、びっくりするでしょ?」
「ガーディアン? 何だよ、それ。頭がおかしくなったのか? いや、おかしいのは前からか」
「おかしくないし。てか、こんな時でも、毒舌絶好調ですね。碧真さん」
「事実を言っているだけだ」

 いつもの気安いやりとりに、日和はホッとする。
 碧真は真剣な顔で日和を見つめたまま、まだ頬を摘んでいた。痛くはないが、喋りづらい。

「碧真君。離して」
 碧真は大人しく手を離した後、少し眉を寄せて日和を見た。

「……だいぶ痩せたな」
 ボソリと呟かれた言葉に、日和は苦笑する。

「丁度いいダイエットだよ。抱っこちゃん人形みたいに、腰回りに纏わりついていた贅肉とお別れ出来たし。あ。でも、贅肉皆無な碧真君に、ぶん投げてプレゼントする予定だった物なのに。ごめんね」

「贅肉を人に投げ渡すって、どんな思考だよ」
「普通の思考だと思うけど」
「変人の言う”普通”は、的外れなんだよ。いい加減自覚しろよ、変人」
「変人がいう”変人”は、”まともな人”だよ。碧真君が変人だから、私はまともな人ってことだね」

「脳みそ溶けてんのか? ああ、栄養が足りずに、脳みそが更に縮んだのか。今、頭を振ったら、カラカラと音がするんじゃないのか?」
「私の脳みそはクルミじゃないからね? ちょっと、頭を掴まないでよ」

 頭を振られるのは嫌だと、日和は慌てて碧真の左手首を両手で掴む。碧真は暴力を振るう気がないのか、日和の頭に手を置いたまま、特に何もしなかった。

「早く元に戻れよ」
「うん」
「戻ったら、遠慮なく締める」
「うん。……え? いや、そこは遠慮して。元気になりたくなくなっちゃうじゃん」
「戻らなくても締める」
「そんな理不尽な。一体、どうしろと?」
「とにかく、早く元に戻れよ。また行きたい飯屋があったら、連れて行ってやるから」
「本当? 嬉しい。や……」

 日和は『約束』という言葉を呑み込む。
 未来に希望が持つことさえ許さないというように、少し前からジワジワと眠気が迫ってきている。碧真と話していないと眠ってしまいそうで怖くて、残っている体力を使って軽口を叩いていた。

「ありがとう。碧真君」
 日和は未来の約束の代わりに礼を伝える。碧真が左手で、日和の右腕を掴んだ。

「日和」
 碧真に真っ直ぐに見つめられた時、何かが日和の背中を這い上がってくる感覚がした。抗えない強い眠気に襲われ、目を開けていられなくなる。

(眠りたくない。まだ、ここに居たい)

「日和!」
 傾いた日和の体を、碧真が助け起こす。

 碧真の悲痛な表情を見たのを最後に、日和の意識が途切れた。


***

 
「起きろ! 日和!」
 碧真は日和の体を揺さぶる。閉じられた瞼が開かれる気配は無い。

 ”ありがとう”と口にした日和は、消えてしまいそうな程にはかなく見えた。留める為に腕を掴んだら、擦り抜けるように意識を失ってしまった。
 
 扉が開く音がして、壮太郎と唐獅子がリビングに戻って来る。碧真の腕の中で目を閉じて動かない日和を見て、壮太郎はすぐに状況を理解した。

「相手が仕掛けてきたね。チビノスケ。客間へ移動しようか」 

 壮太郎に案内され、碧真は日和を抱え上げて客間に向かう。客間には、ダブルベッドや、白銀色のクロスが掛かった丸テーブルと椅子が置かれていた。

『ベッドの奥側に寝かせて下さい!』
 唐獅子に言われるがまま、碧真は日和をベッドの奥側へ寝かせる。 

「チビノスケ。今から、ピヨ子ちゃんの夢の中に送るよ。ピヨ子ちゃんを」
『説明している時間がありません! 失礼します!!』
 
 壮太郎の説明を遮り、唐獅子が碧真の頭に頭突きする。
 文句を言ってやりたかったが、強い眠気に襲われた碧真の口は動かない。

 あっさりと、碧真は眠りに落ちた。


***


 碧真がバタリとベッドの上に倒れる。
 壮太郎の目の前に、唐獅子の力が込められた金色の牡丹ぼたんの花が現れた。

『私も行って来ますね。主人あるじ
 唐獅子はキリっとした顔で告げた後、日和と額を合わせて目を閉じる。

 眠りに落ちた二人と一匹を見下ろし、壮太郎は苦笑した。

 壮太郎はベッドの上に中途半端に倒れた碧真の体を持ち上げて、日和の隣に寝かせる。

 じょうに「未婚の男女を同室にするのはダメだ」と言われていた事を思い出す。同じベッドで二人を寝かせた事を知ったら、今度こそ丈に説教されるだろう。

(……唐獅子がやった事だから、僕が丈君に怒られることはないよね? 緊急事態だし、手を出せる状況じゃ無いから大丈夫か)

 壮太郎は一人頷き、テーブル前の椅子に腰掛ける。
 日和の髪の毛を取り込んだ白銀色の布には、壮太郎が考えた新しい術式が描かれている。壮太郎はニヤリと笑った。

「さて、僕も耐久戦に参加しようか」

 唐獅子が残した牡丹の花を両手に持ち、力を注ぐ。
 金色の牡丹の花弁の隙間から白銀色の露が生まれ、術式の上に零れ落ちる。術式が光を放ち、金色の花びらが解けて宙を舞う。

 花弁が光の粒へと変化して、金と白銀色の光が室内に降り注いだ。

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