呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第八章 執着する呪いの話

第11話 頼りになる存在

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 碧真あおしは車を走らせ、日和ひよりが住むマンションに辿り着く。

 オートロックのインターホンを鳴らすが、反応が無い。
 以前入った時のように、加護のへびを管理室に忍び込ませて鍵を手に入れ、オートロックを解除する。エレベーターに乗って五階に上がり、日和の部屋の前に辿り着いた。
 
 巳に解錠させてドアを開けると、リュックを背負った日和がうずくまっていた。震えている腕を掴むと、日和は一気に体を強張らせる。

「日和」
 声を掛けると、日和の体から力が抜ける。日和が恐る恐る顔を上げ、碧真を見た。

 やつれ果て、いつもの元気な姿から掛け離れている日和に、碧真は言葉を失う。

「……あ、碧真君?」
 
「おい! 一体、何があった!?」
 しゃがんだ碧真の頬に、日和が手を伸ばす。弱々しい力で頬を摘まれた。

「……何してんだバカ」
「碧真君。ほ、本物?」
 日和が震える声で問う。碧真が怪訝な顔をすると、日和は顔をクシャリと歪めて泣き出した。

「一体、何があったんだ?」
 泣いているせいで話が出来ないのか、日和は首を横に振る。

「取り敢えず、病院に行くぞ」
 事情は分からないが病院に連れて行くべきだと判断し、碧真は日和の腕を掴んで立たせる。
 外へ連れ出そうと手を引くと、日和の顔が青ざめた。

「駄目! 外にはメトリ神がいるの!!」
「は? 何だそれ?」
 碧真は怪訝に思いながらも、玄関のドアを開けた。

「ヒッ……」
 日和は外の風が入ってきた事に怯え、声を引き攣らせた後に膝からくず折れた。

「日和!?」
 碧真が慌てて支えると、日和は意識を失っていた。

 碧真は日和を抱え上げる。巳に玄関の鍵を掛けさせ、車へ戻った。
 後部座席に日和を寝かせて、車を発進させようとした時、こちらに駆け寄ってくる男がいた。

「日和ちゃん!? 日和ちゃん!!」
 六十から七十歳程の年齢の男が、後部座席の窓ガラスを叩く。突然現れた不審な男は、車のドアを無理やり開けようとした。

「おい! お前、何してんだよ!!」
 碧真が車の中から怒鳴ると、男が怒りに狂った目を向けてきた。

「俺の嫁さんを、何処に連れて行く気だ!?」
「……はあ?」
 碧真は男を睨みつける。

 たるんだ体型と小さな背丈。よれて汚れた服装と乱雑な髪。清潔感皆無の見た目をした男の顔は、真剣そのものだった。
 
「あのおかしな男を、暫く縛っておけ」
 碧真の命令に反して、巳は日和に巻き付いたまま首を横に振った。

「抵抗すれば、メトリ神の力で、お前を! ぎゃあ!!!」

 男が悲鳴を上げて後ろへ倒れる。
 男が離れた隙に、碧真は車を発進させた。

 暫く車を走らせた後、路肩に車を停める。
 休日も空いている病院を調べようと携帯を取り出したが、日和と不審な男が言っていた『メトリ神』という言葉が、やけに引っかかった。日和が異常に怯えていた様子からも、ただの体調不良とは思えない。

(もしも、神に関わることに巻き込まれているのだとしたら……)

 碧真は険しい顔で携帯を操作し、電話をかける。呼び出し音の後、相手が電話に出た。

『どうしたの? チビノスケが僕に連絡なんて珍しい……いや、初めてかも。記念日だね』

壮太郎そうたろうさん。今、何処にいますか?」
『自分の家にいるよー』
「今から行ってもいいですか?」
『いいけど。何かあった?』
 壮太郎が不思議そうに尋ねる。碧真は眉を寄せた。

「日和を助けてください」
 
 もし、神が絡むことだとしたら、碧真に日和を守るすべはない。頼りたくない相手だが、一番頼りになる相手に縋るしかなかった。

『すぐにおいで。僕の家は分かる?』

 壮太郎に住所と部屋番号、駐車場の場所を聞き出し、通話を切る。碧真は壮太郎の家に向かって車を走らせた。


 壮太郎の住んでいるマンションに着く。
 駐車場に車を停めて、碧真は再び壮太郎に電話をかけた。

『迎えを寄越すから、車の中で少し待っていて』

 碧真は電話を切り、後部座席で眠る日和を見る。ぐったりと眠る日和の体に、巳が巻きついていた。巳が睡眠を邪魔しているのか、日和の顔が苦しげに歪む。
 
「おい。消えろ」
 顕現を解こうとした碧真に向かって、巳が口を大きく開けて威嚇する。

 自分の意思に従わない巳に違和感を感じていると、碧真の膝の上に何かが落ちてきた。

 視線を向ければ、見たことがある数珠のブレスレットが置かれていた。

(これ、壮太郎さんの呪具か?)

 前の仕事で壮太郎に渡された、身に着ければ人外を見えるようになる呪具だった。
 怪訝に思いながら呪具を手にすると、車のハンドルの上に何かが座っていた。

 顔まわりにある豊かな金色の巻き毛と落ち着いた緑色の目。獅子の見た目をしているが、大きさは犬に近い人外。碧真と目が合うと、人外は人懐っこい笑みを浮かべた。

『初めまして、鬼降魔きごうまの方。私は霊獣の唐獅子からじしと申します。我が主人あるじ結人間ゆいひとま壮太郎そうたろうからのめいで、お迎えに上がりました』

 唐獅子は碧真に頭を下げて挨拶する。壮太郎が”迎えを寄越す”と言ったのは、唐獅子のことだったのだろう。唐獅子は日和を見て眉を寄せた。

『早く、主人の部屋に行きましょう。主人の結界ならば、ある程度のモノは阻める筈です』
 
 唐獅子に急かされ、碧真は車から降りる。後部座席のドアを開け、気絶したままの日和を抱え上げた。
 外の風が寒いのか、日和の顔色が一気に悪くなる。碧真は日和を強く抱きしめ、唐獅子と一緒にマンションへ入った。

 唐獅子がオートロックを解除した後、エレベーターに乗る。
 壮太郎の住んでいる部屋のドアを、唐獅子が開けた。碧真が中に入ると、玄関ホールに壮太郎が立っていた。

「やあ、久しぶりだね。チビノスケと……」
 日和を見た瞬間、壮太郎の表情が険しくなる。

「早く入って。こっち」
 壮太郎に言われるがまま、碧真は日和を抱えて部屋の中へ入る。後ろでドアが閉まる音と鍵が掛けられる音がした後、白銀色の光がドアを覆った。

「とりあえず、ソファに運んで。ちょっと見てみないといけないから」

 碧真は頷き、リビングにある無駄に大きなL字型のソファの上に日和を寝かせた。

「ピヨ子ちゃんに、何があったの?」
「わかりません。総一郎そういちろうから、日和と連絡が取れないと言われて……。家に様子を見に行ったら、やつれて何かに怯えていました。外に連れ出そうとしたら、”外にはメトリ神がいる”と言って気を失ったんですよ」

 碧真も説明出来る程、状況を理解していない。壮太郎は眉を寄せた。

「やっぱり、神関係か。巳が守っているみたいだけど、危ないかも。ちょっと強制的に起こそうか」

 壮太郎が日和の額に手をやる。白銀色の光が舞った後、日和がゆっくりと目を開けた。

「日和!」
 碧真の声に、日和がゆっくりと視線を動かす。

「……碧真君?」
 日和は弱々しい声で呟くと、ぼんやりとした目で周囲を見回す。

「ここは……?」
「僕の家だよ。ピヨ子ちゃん」
「……壮太郎さん」

 日和は起き上がろうとしたのか、体を動かす。碧真が助け起こすと、ぐったりとしていた。指先が小刻みに震えて意識が朦朧としている。
 碧真はソファに座り、日和の体を支える為に自分の方へ体を傾けさせる。日和は大人しく碧真の胸にもたれ掛かった。

「低血糖の症状が出ているのかも。唐獅子」
 
 壮太郎が呼ぶと、唐獅子が頭に盆を載せて、飲み物が入ったグラスを持って来た。壮太郎は唐獅子に礼を言って、グラスを手に取り、碧真に差し出す。

「蜂蜜入りのリンゴジュースだよ。ピヨ子ちゃんに飲ませてあげて。飲めるなら全部ね」

 碧真はグラスを受け取ると、日和の口元に持っていき、慎重に傾ける。時間を掛けてジュースを飲み終わった後、日和は少し回復したのか弱々しく笑った。
 
「ありがとう。碧真君」

『良かった。全部飲めましたね』
 唐獅子の声に、日和は足元を見てハッとした。

「狛犬さんっ!?」
 唐獅子に近づこうとして、日和は前のめりになる。日和がソファの上から落ちそうになったのを、碧真が慌てて支えた。

「ピヨ子ちゃんが見ているのは、僕の霊獣の唐獅子だよ。狛犬達は、来た時からピヨ子ちゃんの側に居なかった」
 壮太郎の言葉に、日和は泣き出しそうに顔を歪めて俯いた。
 
「ピヨ子ちゃん、唐獅子が見えているんだね?」

 日和が頷くと、壮太郎の表情は余計に険しくなった。

「肉眼で人外が見えている。だいぶ侵食されているね。ピヨ子ちゃん。ちょっと上の服を持ち上げて、背中を見せてくれる? 四分の一くらいでいいから」

「何考えてるんですか? 壮太郎さん」
 碧真は壮太郎を睨みつける。壮太郎は揶揄からかう様子もなく、真剣な表情で日和を見つめた。

「やましい理由じゃないよ。それに、触らないから安心して」

 少し躊躇ためらった後、日和は頷く。
 日和はコートを脱いで、上に着ていたセーターを少しだけ持ち上げて、壮太郎に背中を見せた。壮太郎は眉を寄せて嫌悪感をあらわにする。

「執着か」
 やけに深く残る短い言葉が、碧真の耳に響いた。
 
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