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第八章 執着する呪いの話
第9話 連絡が取れない
しおりを挟む「日和と? 連絡してませんけど……。どうしました?」
何かあったのかと訝しむ碧真の耳に、総一郎の溜め息が聞こえた。
『そうですか。進展は無しですか』
「何がです?」
『この前の出張で、お二人の仲が進展するかもしれないと期待していたのですが、何もなさそうですね。がっかりです』
「俺と日和が、どうこうなる訳が無いです。あんな色気皆無のアホ女なんて願い下げですから」
『お二人は、とてもお似合いだと思いますよ。私の目に狂いはないかと』
「目も頭も狂いまくってると思いますよ」
『前回の仕事が終わってから会っていないとなると、三週間も会えていないことになりますね。日和さんに会いたくはないのですか?』
「…………別に。思いませんけど」
『今の間は何ですか?』
「くだらなすぎて、呆れて言葉が出なかっただけです」
『強がっているように聞こえましたが?』
「うるさいです。総一郎が、そう思いたいだけでしょう? もう切りますから」
『あ、待ってください。次の仕事で渡したい物があるので、今から本家に来て頂けませんか?』
「……わかりました。一時間以内には行きます」
仕事なら断れない。碧真は返事をして電話を切った。
(また、日和と仕事か。今回も騒がしくなりそうだ)
碧真は溜め息を吐きながらも、不思議と嫌な感情は抱かなかった。
本家の屋敷を訪れた碧真は、総一郎がいる部屋へ向かう。庭に面している廊下を歩いていると、窓の外にある山茶花が目に留まった。
(あんな所に、山茶花なんてあったか? ……そういえば、昔本家に来た時に見た気がするな)
碧真が庭へ目を向けていると、襖が開く音がした。
「碧真君。どうしました? 廊下は寒いでしょう?」
総一郎に呼ばれて部屋に入り、対面の座布団に座る。碧真に茶や菓子を勧めた後、総一郎は世間話を始めた。一向に仕事の話をしないことに、碧真は眉を寄せる。
「総一郎。早く仕事の話をしてください。次は、どんな仕事なんですか?」
「ああ、次の仕事というのは嘘です」
「は?」
碧真が思い切り顔を顰めるのとは反対に、総一郎は清々しい笑みを浮かべた。
「仕事という理由をつけないと、碧真君は、本家に来てくれないでしょう?」
「当たり前です。こんな場所、わざわざ来る必要が無い」
総一郎と丈以外は、碧真に嫌悪の目を向けてくる人間しかいない屋敷だ。前当主に虐げられた嫌な記憶もある。
「でも、渡したい物があるのは本当です」
総一郎は座布団の脇に置いていた袱紗を開く。中から取り出した短冊サイズの紙を、碧真の前に置いた。
「知人に貰った水族館のチケットです。残念ながら、私が仕事で十日間ほど外出しなければならず、有効期限内に行けそうにないのです。もったいないので、碧真君と日和さんで使ってください」
イルカの写真と水族館の名前が載ったチケットの表面には、有効期限として”十二月六日”と印鑑が押されていた。
「日和さんは水族館がお好きでしょうし、誘ったら喜ばれると思います。私から一緒に行くように言われたと理由をつけても良いですから」
「何で俺が……」
「碧真君が、誰かに会うのに理由が必要な人だからですよ。日和さんに会う理由を与えます。会いたいのなら、碧真君自身で行動して下さい」
「総一郎。話を聞いてますか? 俺は……」
襖の向こう側から、入室の許可を求める声が掛けられる。総一郎が許可をすると、本家で働く従業員の男が顔を出した。
総一郎は従業員の男と小声で言葉を交わした後、碧真を見て眉を下げる。
「呼び出しておいて申し訳ありませんが、急用で外出しなければならなくなりました」
総一郎の言葉に頷いて、碧真は立ち上がる。
睨みつけてくる従業員の男の横を通り過ぎて廊下へ出た時、総一郎が後ろから、碧真のコートのポケットに手を突っ込んできた。
視線を下ろせば、ポケットからはみ出した水族館のチケットが見えた。総一郎がニコリと笑う。
「日和さんには私から連絡しておきますので、楽しんでくださいね!」
「そ」
碧真がチケットを突き返そうとする前に、総一郎が襖を閉めてしまった。
疲れを感じた碧真は、ポケットにチケットを入れたまま、本家を後にした。
自宅へ帰り着いた碧真は、脱いだコートを適当にソファの背もたれに掛ける。
無駄な労力を使わされたことに溜め息しか出なかった。ソファの上に横になって目を閉じる。
碧真が鬼降魔成美の捜索の仕事から家に帰ってきたのは、十一月九日の昼過ぎだった。
日和と一緒にいた六日間は騒がしく、家に帰ってきた時は静けさに違和感を感じた。最近、会う間隔が短かったせいで、日和とは随分と会っていない気がする。
碧真はコートのポケットから、総一郎にもらった水族館のチケットを取り出す。
(確かに、日和は水族館とか好きそうだよな。鰯の群れを見て、「美味しそう」とか情緒のない発言をして、周りをドン引きさせそうだ)
水族館ではしゃぐ日和の姿が目に浮かぶ。碧真は苦い顔をした。
(水族館なんて、嫌な記憶しかない場所だ。それに、日和だって、俺と行きたくはないだろう)
チケットを捨てようかと思ったが、どうしてか迷ってしまった。わざわざ捨てる為だけに起き上がるのも面倒だと理由をつけて、ソファ前のテーブルの上に置く。
碧真はジーンズのポケットから携帯を取り出して操作する。
メッセージアプリを開いて少し躊躇った後、考えているのも面倒になり、『水族館行くか?』と適当に文字を入力して日和に送る。
息を吐き出し、碧真は目を閉じた。
***
机の上に置いていた携帯がメッセージを受信して震える。
パソコンで作業をしていた碧真は、携帯を手に取り画面を確認する。只の迷惑メールだった事に、碧真は舌打ちした。
(日和の奴、全然返信しやがらねえ)
一週間前にメッセージを送ったが、返信も無いまま、チケットの有効期限最終日になった。
あと一時間で水族館が閉まるので、どちらにしろ行けないが、送ったメッセージが一向に既読にならなかった。
(無視しているか、気づいていないか、携帯落として壊しているか……。どちらにしろ、送らなければ良かったな)
この一週間、日和からの返信を待っていた。
時間が経つ程に苛々して、面倒で煩わしい感情に振り回されるだけだったことに後悔する。
携帯が着信音を響かせながら震える。携帯画面を確認して、碧真は溜め息を吐きながら応答ボタンを押した。
「はい」
『こんにちわ。碧真君。流石に夕方は起きていましたね』
「何か用ですか?」
『日和さんと会っているか確認したくて』
どうやら、くだらない用事で電話をかけてきたらしい。
「会ってませんし、水族館にも行ってませんけど」
碧真は棘のある口調で答える。
何故行かなかったか理由を聞かれるかと思って面倒だと感じたが、総一郎は息を呑んだ。
『碧真君。日和さんに連絡をしていないのですか? そもそも、連絡は取れましたか?』
「何です? 何かあったんですか?」
焦っている総一郎の声に、碧真は眉を寄せる。
『実は、日和さんと一向に連絡が取れないのです。日和さんが在籍している職場にも連絡したのですが、全く出勤していないみたいなんです』
「は? もしかして、具合が悪くて倒れているとか?」
『それも考えて、日和さんの家に加護を向かわせたのですが、何かに弾かれて中の様子がわからないのです。それに、職場の方に連絡した時に、話が噛み合わなかったのです。”赤間日和さんという人間自体を知らない”と言っていました』
「何ですか、それ……」
『日和さんが嫌がらせを受けているという訳では無いと思います。前に何度か職場を訪問した事がありますが、お店の方々は、日和さんのことを大切に思っていました』
碧真は眉を寄せる。
日和がもう一つの職場について笑って話していた様子からも、悪質ないじめを受けている可能性は低いだろう。
『杞憂であればいいのですが、日和さんの身に何か起こっているのかも』
総一郎が言い終わる前に、通話終了ボタンを押して電話を切る。碧真は椅子から立ち上がり、コートを引っ掴んで家を飛び出した。
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