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第七章 未来に繋がる呪いの話
第40話 紫来の正体
しおりを挟む「辿り着くのが遅かったが、予定通りだな」
男は洞窟内に仕掛けた『目』を通して、結人間壮太郎の居場所を確認した後、笑みを浮かべる。
一人で別れ道の前にいる壮太郎は、予定通りに迷わず右の道を進む。
壮太郎には手を焼かされたが、男が視た通りの未来を辿りそうだ。
(本当に疲れた。だが、これで今後の計画も順調に進められるだろう)
男は畳の上に大の字で寝転がった。
安堵して息を吐いた男の胸の奥で、『本当に終わったのか?』という不安が騒めく。
眠りに落ちたいと訴える体を叱咤して、再び思考を巡らせた。
(大丈夫な筈だ。大丈夫な筈なのに……何故?)
何処から来るのか分からない不安を解消しようと、男は心の内を探る。
壮太郎の力が、いくら強大であろうと、今はかなり力を消耗している。壮太郎も、結局は運命通りの道を辿った。
「……いや、そもそも何故こんなにも運命が変わったんだ?」
男は震える声で呟く。
未来視を持った人外が介入したせいだと、ずっと思っていた。その前提は、本当に正しいものだったのだろうか?
不安が波のように押し寄せる。男は洞窟内に仕掛けている複数の『目』へ意識を移動させながら、現状を探る。
(うまくいっている。うまくいっている筈だ。だって、そう見えている)
男はハッとして、勢いよく体を起こす。
未来視を持つ人外によって、見せられたではないか。
父が目の前で焼き殺される前世の光景という『幻覚』を。
男は通信の呪具の水晶へ手を伸ばす。
「雪光!! 鬼降魔碧真は後だ! 洞窟へ向かえ!!」
男は鋭い声で命じる。しかし、通信の呪具から返ってきたのは、何かの呻き声だった。男は水晶玉の呪具に雪光の映像を映し出した後に息を呑む。
鬼降魔成美を隠す時に使っていた森の外れの空き家の中。体を大きく損傷して意識が混濁したまま倒れている雪光の姿があった。
(そんな、そんな筈はない! 雪光が倒される未来は無かった!!)
男は黒い盤へ力を注ぐ。
紙人形が浮かび上がり、盤上に配置された。
碧真は洞窟の中。それも、左側の道にいた。
思いも寄らぬ伏兵に、男は歯軋りをして、怒りのままに紙人形を握り潰す。
(落ち着け。鬼降魔碧真は、ある程度使える術者ではあるが、本物の呪具を見つけられる程ではない。万が一見つけられたとしても、まだ手札はある)
怒りを落ち着かせる為に息を吐き出せば、獣のような声が漏れた。
「壊れるのは、お前達の未来だ。今世こそ、誰にも邪魔させない!」
***
「チビノスケ達が呪具を見つけたらしい。僕達も、そろそろ行こうか」
壮太郎は通信の呪具を通して碧真からの報告を聞いた後、紫来に声を掛ける。
右の道へ進み、攻撃術式の前で足を止めた。
日和達が呪具を持って右の道へ来るまで、壮太郎と紫来は待機だ。
(万が一に備えて、鬼降魔碧真をこちらに連れて来たかった……)
紫来は苦い表情を浮かべる。
壮太郎は紫来の考えを分かっていたのか、碧真と日和を別の道へ配置して手を出せないようにした。
呪具を手に入れる事が出来なければ、四人の内の誰かが犠牲になるしかない。
紫来も誰かを犠牲にすることを望んでいる訳では無い。しかし、そうしなければ助からない事だってある。
クラリと眩暈が起きる。
自分の体が一瞬だけ消えかかるのを、紫来は悲痛な顔で見つめた。
(これが最後の機会だ。この機会を逃せば、結人間の崩壊の未来を変えることは出来ない)
紫来は拳を握り締め、壮太郎へ視線を向ける。
死ぬかもしれないのに、余裕そうな横顔が腹立たしかった。
「お前は、自分以外の者を代わりにしようとは思わないのか?」
紫来の問いを、壮太郎はすぐに理解して苦笑した。
「そうだね。チビノスケとピヨ子ちゃんは選ばないかな」
「あの二人よりも、お前は親友と自分の命の方が大事ではないのか?」
紫来の問いに、壮太郎は迷わずに頷く。
「優先順位をつけるのなら、そうだよ。だけどね、僕は丈君の命だけじゃなくて、心まで守りたいから」
壮太郎の言葉に、紫来は眉を寄せる。壮太郎は肩を竦めた。
「”丈君を助ける為に、チビノスケとピヨ子ちゃんを犠牲にしました”じゃ、丈君は一生悔やむから」
「だが! それはお前を失っても同じだろう!? いや、付き合いの長いお前を失う方が、鬼降魔丈の心に傷をつける行為だろう!?」
「丈君なら、”親友の為に犠牲になりました”じゃなくて、”親友を守りたいというエゴを貫いただけだ”っていう、僕の考えを理解してくれる。そして、僕の想いを理解した上で、立ち直ってくれるって信じているからね」
丈に対する信頼や想いが籠った壮太郎の言葉に、紫来は息を飲む。
もし、この作戦が失敗して死ぬことになっても、壮太郎は何一つ後悔なんてしないのだろう。
「……手前を連れて来たのは、失敗した時の為か?」
もし呪具を手に入れるのに失敗した時、壮太郎は紫来に丈を託して、他の者達と一緒に逃がす気なのだろう。
「そうだね。失敗した時には、後の事は全部任せるよ。よろしくね」
重たい責任を軽く押し付ける壮太郎に、紫来は苦い顔をした。
「そんな大事な役目を、手前に押し付けていいのか? お前は、手前の事を疑っていただろう」
「最初は、すっごく胡散臭くてウザイなって思ってた。喋り方も気取ってるし、なんか痛い人だなって憐れに思ってた」
「ここぞとばかりに抉るな」
散々な言われように、少し傷ついた。壮太郎は揶揄うように笑った後、穏やかな眼差しで紫来を見る。
「でも、結人間を大切に想っている貴方のことは信じられるよ。結人間仁太さん」
紫来は目を見開いて驚き、壮太郎を見つめる。壮太郎はニヤリと笑った。
「鎌をかけてみたけど、その反応だと当たりみたいだね」
「…………っ、何故」
紫来は掠れた声を喉の奥から絞り出して問う。
「丈君を現実世界へ連れ戻そうとした時、僕の術式を見て理解していたでしょ? いくら結人間と妖が縁があるからって、術式を見ただけでは理解出来ない。元は結人間家の人間だったと推測出来る」
結人間家の人間で狭間者になった者は複数名いる。”結人間家の術式を理解できる”というだけで、個人を特定する事は出来ない。ましてや、狭間者は人間だった頃に繋いだ縁を切り、別の存在になる。狭間者になった人間は人々の記憶から消され、存在すら忘れられる。
「貴方が読み解いた術式の一部は、今は使われていない古い時代の物だよ。結人間家で狭間者になった人は多いらしいけど、ピヨ子ちゃんが時爺の名前を出した時、貴方はすごく動揺していた。狭間者の中で一人だけ、時爺と縁がある人物の名が、一族の中で語り継がれている。だから、貴方がそうかと思ったんだ」
久しく聞いていなかった人間だった頃の自分の名を暴かれた事に、紫来は激しく動揺する。
「何故、その名を知っている? 語り継がれた? 一体……」
「縁を切ってしまったから知らないのだろうけど、結人間の中で、貴方は割と有名人だよ」
「そんな筈はない! 俺は上手くやった! 完全に消せた筈だ! そうでないなら……」
惨めにも泣き出しそうな声が出る。
遠い過去が、心を飲み込んでいった。
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