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第七章 未来に繋がる呪いの話
第34話 最悪の未来は辿らせない!
しおりを挟む男は深く息を吐き出して、眉を寄せる。
結人間壮太郎から送り込まれた力によって、身体を大きく損傷した。術を使って何とか動けるまでに再生させる事は出来たが、力を大きく消費してしまった。
男は異空間へ意識を向ける。四角い箱の形をした異空間に、丈が横たわっていた。
丈が脱出するには、異空間と現実世界に対となる転移術式を生成する必要がある。
しかし、異空間に連れてくる前に男がかけた術によって、丈は深い眠りについていた。
丈を捕らえている限り、男の絶対的な優位は変わらない。
笑っていた男は、異空間内に白銀色の光が走るのを見て驚愕する。
白銀色の光は、丈を包むドーム型の巨大な結界を生成する。更に、結界内に光の線が走り、転移術式を生成していった。
男の力を辿って異空間を特定し、術式を展開する。異空間の支配者である男の前で、思うままに圧倒的な蹂躙をしてみせる白銀色の力。
(出鱈目だ! こんなの有り得ない!!)
男は転移術式を破壊する為に異空間に力を送るが、丈と術式を覆う結界によって弾かれてしまう。
「ぐっ!」
邪魔をするなとでも言うように、白銀色の力が男を攻撃をしてきた。男は力を振り絞り、抵抗をする。
白銀色の光に白い光が絡みつく。
二色の光が眩い輝きを放ち、異空間内に亀裂が入った。
***
壮太郎は苦い顔で深々と溜め息を吐いた。
足元の術式が力を失い、消失する。
「失敗したのか?」
狭間者の紫来の問いに、壮太郎は肩を竦めた。
「第一希望は、叶わなかったかな」
あと一歩で、壮太郎の元まで丈を連れ戻せそうだったが、相手の術者が勘付いて必死に抵抗してきた。
「でも、第二希望は叶えた。丈君を現実世界には連れ戻せたよ。術者の力も、大幅に削ぐことが出来たし。相手の術者は、新しい異空間を作る事は出来ないだろうね」
相手の術者が使っていた異空間を構築する術式を見る限り、代償や力を集めるだけでも多くの時間が必要だ。抵抗された時の力の無さからを考えても、今の術者に異空間を生成できるだけの余力は無い。
力を辿って特定したところ、術者が作り出していた異空間は二つ。一つは、今しがた壮太郎が破壊したもの。もう一つは、封印されているもの。
(……あの特徴的な異空間の構築式。人の魂を使って封印された異空間。まさか相手の術者は……)
壮太郎の中に浮かんだ仮説は、多くの人間が否定するもの。けれど、壮太郎の中では有り得ないとは言えないものだった。
(誰が相手だって構わない。丈君は、必ず取り戻す)
壮太郎は目を閉じ、呪具の気配を元に丈の居場所を探知する。
少し距離はあるが、丈は同じ森にいた。羽犬で移動すれば、すぐに辿り着ける。
「待て」
丈の元へ行こうとした壮太郎を、紫来が止める。壮太郎が振り返ると、紫来は顔の上半分を覆う布を外した。
不思議な美しさを持った満月色の双眸が、ここではない何処かを見つめる。
次第に紫来の顔色が悪くなる。紫来は痛みを堪えるように目を閉じて、深く息を吐いた。
「微妙に変化はあるが、本筋は変わらない。友を救う為に、お前は自ら死を選ぶ」
見えた光景を表すように、紫来の顔が歪む。
「それなら尚更、僕が行かなくちゃ」
「わかっているのか!? 助けに行けば、死ぬと言っているだろう!?」
「僕が丈君を救う為に死を選ぶというのなら、それだけ丈君の命が危険に晒されているということだよ」
壮太郎は行かなければならない。丈を助けられるのは、自分だけだろう。
「お前が死んだら、結人間の者達の多くの命が失われる!! そんなこと、あってはならない!!」
紫来は吠える。紫来の顔には、焦りと恐れが色濃く滲んでいた。
(僕を止める理由は、僕の死が結人間に関わることだからか。やっぱり、この人……)
壮太郎は紫来の正体を悟る。悲壮な思いを訴える紫来の目を、壮太郎は静かに見返した。
「結人間は大事だけど。僕はそれ以上に、丈君が大切だから」
壮太郎はブレスレットに力を注ぎ、羽犬を顕現させる。
止める為に足を踏み出した紫来を、壮太郎は強い眼差しで射抜く。壮太郎に気圧され、紫来は立ち止まった。
羽犬が地面を蹴る。
破滅への道を、壮太郎は真っ直ぐに突き進んでいく。
***
『! 壮太郎が移動した』
七紫尾の狐が声を上げ、術式の仕掛けられていない岩の上に着地する。首を左右に振って周囲を探った後、七紫尾の狐は顔を顰めた。
『反応が消えた。妨害されているのか?』
「壮太郎さんがいた場所に、何か手がかりが残っているかもしれない」
碧真の言葉に、七紫尾の狐は頷く。
七紫尾の狐は再び森を駆けた後、立ち止まる。
碧真の背中から日和が顔を出すと、七紫尾の狐の前に、紫来が俯いて立っていた。
『紫来。壮太郎が何処に行ったか知らないか?』
七紫尾の狐の問いに、紫来は肩を震わせる。
「駄目だった。結人間壮太郎を説得出来なかった。変えても、変えても、あの男が死ぬ運命は変わらない。結人間が壊れる未来も変わってくれない!!」
嗚咽混じりの痛々しい声を上げる紫来。七紫尾の狐は紫来の頬に鼻先をそっと押し当てて慰める。
『友よ。己を責めるな。お前はよく働いた。どうなろうと、お前のせいではない』
「このままじゃ、結人間は……」
既に諦めているような二人の言葉に、日和は居ても立っても居られず、七紫尾の狐の背中から滑り降りる。
「おい、日和!」
紫来へ近づく日和を見て、碧真が咎めるような声を上げた。碧真に構わず、日和は紫来に向かって口を開く。
「紫来さん。壮太郎さんの居場所を知っているなら、教えてください」
口振りからして、紫来は壮太郎の居場所を知っているようだ。今なら、壮太郎に追いつけるかもしれない。
日和の声が聞こえないのか、紫来は俯いたまま沈黙する。日和は紫来の正面まで歩み寄った。
「お願いします。壮太郎さんの居場所を……」
「うるさい!!!」
紫来は顔を上げ、噛み付くように日和を睨みつける。真正面から向けられた荒々しい怒気に、日和の心臓が凍りつき、頭が真っ白になった。
「教えて何になる!? お前が運命を変えれるというのか!? 何も出来ない癖に!!」
吠える紫来を前に、日和は肩を震わせて俯いた。泣いているように見えたのか、七紫尾の狐が日和を慰めようと顔を近づけた。
「そんなもの知るかあ!!!」
日和は勢いよく顔を上げると、紫来より大きな声で吠え返した。
間近で聞こえた大声に、七紫尾の狐が目を白黒させる。言い返されるとは思っていなかったのか、紫来もポカンとした表情になった。
ブチギレた日和は、両手で紫来の両頬を掴み、真っ直ぐに睨みつけた。
「未来なんて、運命なんて、まだ決まっていないことでしょ!? 貴方が視た未来っていう不確かなモノは、”今この瞬間”は、どこにも存在していないんですよ!! 今は、何も壊れていないし、壮太郎さんは生きているんです!!」
(壮太郎さんが死ぬ未来、丈さんが苦しむ未来。貴方が語った未来なんて、絶対に辿らせてやらない。でも、私には力が無い。だから、頼る。お願い……)
「貴方も同じ思いなら、力を貸して!!」
日和の鳶色の目と、紫来の金色の目が交わる。絶望で濁っていた紫来の目に、光が差し込む。紫来は呆然とした目で、日和と碧真と七紫尾の狐を見た。
「……何故、お前達が此処にいるんだ?」
今までのやり取りすら見えていなかったかのように、紫来が問う。
『我は、その娘に召喚術で喚び出されたのだ』
七紫尾の狐の言葉に、紫来は目を見開く。紫来の目が、日和を捉えた。
「……そうか。他の人間がいれば」
紫来がボソリと呟く。首を傾げる日和の両肩を、紫来が勢いよく掴んだ。
「お前達がいれば、結人間壮太郎も結人間も救えるかもしれない!!」
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