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第七章 未来に繋がる呪いの話
第24話 本来の未来との相違
しおりを挟む丈と離れ離れになってしまった事に取り乱した壮太郎を酷い眩暈が襲う。
崩壊する異界から転移先へ移る狭間の空間。
力の制御を失った事で、空間の歪みが大きくなり、暴れ狂う力によって、壮太郎の体は強く振り回される。
(ダメだ。ここで僕が間違えたら、丈君を助けに行くことも出来なくなる!)
壮太郎は自分を叱咤して、手放しそうになった意識を気力で保つ。
神経を集中し、力の流れを掌握する。
壮太郎自身の力が大きく削がれ、体に予想以上の負荷がかかったのを感じた。
無事に狭間の空間を抜けた事に安堵したのも束の間、背中から地面に叩きつけられる。
痛みに顔を顰めながら目を開けると、紫色の狐火に照らされた暗い空間が見えた。
『生きてるか? 壮太郎』
七紫尾の狐が、心配そうな目で壮太郎を見下ろす。
壮太郎が転移先に選んだのは、七紫尾の狐の住処である異界だった。
狭間者の紫来によって、七紫尾の狐の異界に送られた時に足元にあった転移術式を、壮太郎は寸分違わずに記憶していた。
壮太郎の身を案じていた七紫尾の狐なら、避難場所として転移術式を残していると確信していた。
壮太郎は七紫尾の狐の元にあった転移術式を忠実に再現して転移の術を発動することで、崩壊するムカデの神の異界から脱出した。
壮太郎は拳を握りしめる。
転移は成功したが、壮太郎にとって最も大事な存在が側にいない。
「丈君……」
壮太郎は痛みと怠さで重くなった体を起こす。壮太郎の焦りに反して、体は上手く動いてくれない。壮太郎は奥歯を噛み締め、体の悲鳴を無視して立ち上がった。
『おい、無茶をするな。少し休め、壮太郎』
「ダメだ。丈君を早く見つけないと……」
壮太郎はイヤーカフに手を伸ばし、丈との通信を試みる。
「丈君。……丈君!」
震える声で丈の名を呼ぶ。
壮太郎が作り出した通信の呪具は、異空間でも異界でも繋がる。
しかし、転移する際に、力の制御を失って生じた予想外の歪みのせいで時間軸がずれてしまったのか、通信も不安定な状態だ。
壮太郎に通信を試みたのであろう碧真と日和の声が一瞬だけ聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。
祈るように丈の返事を待っても、返ってきたのは酷い雑音だけ。
返事は無かったが、雑音が聞こえた事に希望を見出す。
丈がムカデの神の異界に残っていたのなら、呪具が破壊されて通信する事も出来ない。丈が死んで、呪具だけが無事な可能性は低い。雑音が返ってくるのは、通信出来る呪具が存在するということだ。
丈は術者によって異界から転移させられ、何処かで生存している可能性が高い。
壮太郎は一旦通信を切り、自分自身を落ち着かせる為に深く息を吐き出した。
(きっと、術者は丈君を生きたまま捕らえている。森に行って、現実世界にいるか探知してみないと)
存在する世界が違うせいで、丈が身に着けている呪具を探知出来ない。同じ世界にいれば、呪具の反応で丈の居場所を突き止める事が出来るだろう。
「七紫尾の狐。君のお友達は、森にいる? 今も転移術式が描かれた呪具を持っている?」
現実世界に転移先があるか確認すると、七紫尾の狐は頷いた。
壮太郎は足元の転移術式へ力を送り、術を発動させようとする。七紫尾の狐が、壮太郎の額を鼻先で軽く押した。
『今のお前では、空間を渡るのも辛かろう。元いた場所まで、我が送り届けよう』
「いいの? 僕が取る行動は、君が望むモノとは違うんでしょ?」
七紫尾の狐なら、転移術式を使わずに壮太郎を現実世界まで送る事が出来る。しかし、七紫尾の狐は壮太郎が森に行く事に難色を示していた。
『お前があの男の元へ行きたい理由も、我と同じだろう』
七紫尾の狐は溜め息を吐くと、真剣な目で壮太郎を見つめた。
『生きろよ。壮太郎』
心からの願いの言葉に、壮太郎は頷く。
壮太郎の周囲を複数の紫色の狐火に取り囲む。柔らかな風が壮太郎を包み込んだ。
***
「戻ってきたか。流石に、半信半疑だったが」
男は呆れと感心を混ぜて呟く。
十一月六日。まだ夜の闇が居座る朝の六時。
酉の目を介して森を見れば、現実世界へ戻ってきた壮太郎の姿が見えた。
邪神に堕としたムカデの神の異界に送り込み、異界ごと壮太郎を壊してやろうと画策して念入りに準備を重ねていたのだが、またもや男の目論見は破壊された。
(いや、違う。結人間壮太郎のせいではない)
自分が視た未来との相違を生んだ存在は壮太郎ではないと、男は考える。
本来の未来では、壮太郎と丈と碧真が森を訪れた最初の日に、三人は邪神や怨霊達と遭遇する予定だった。
邪神と戦闘になる中、拘束術式で碧真を捕獲し、待機していた雪光の元へ転移術式を使って送り込む。
残っている二人の元に、転移術式を使って怨霊達を送り込み、丈を襲わせる。
丈に気を取られた壮太郎を、穢れに満ちた邪神の異界に転移術式で送り込む。高濃度の穢れを浴びた壮太郎は、成す術もなく一瞬で魂ごと破壊されて生を終える。
その後は、碧真を人質にとって、丈を捕縛。
丈に精神操作系の術をかけて傀儡にしようと画策するも失敗。
男達の隙をつき、丈が碧真を連れて逃走。逃走時に男と戦った事で、丈は片腕と片目を失う。
碧真は五体満足な状態だが、雪光が使用した禁呪による精神汚染で心を破壊され、既に手遅れになっていた。丈が病院で治療を受けている最中に、碧真は鬼降魔を去り、男と雪光の傀儡と成り果てる。
壮太郎の死から一ヶ月後。
怨霊化した天翔慈の分家の者達の事故現場で、鬼降魔家の術者が使用したと思われる銀柱や術の痕跡が見つかる。それを引き金に、天翔慈家と鬼降魔家で次々と不仲に発展していく出来事が起きる。結人間家を巻き込み、次第に三家間で争いが起きる。
それが、男が視た未来だった。
(未来を視る力を持った人外か。アレは厄介だ)
あの人外が、壮太郎達が辿る筈の未来を変えたのだろう。
森に来た初日に、壮太郎達は邪神と遭遇する場所まで進まなかった。
計画を修正して邪神と遭遇させる事は出来たが、壮太郎だけではなく、丈まで転移してしまった。人外の邪魔が入ったせいで、碧真を捕獲する事も出来なかった。
(まあ、せいぜい無駄な足掻きをしたらいい。遊戯に勝つのは、こちらだ)
男は笑みを浮かべながら再び意識を酉へ戻し、視覚と聴覚を同化させる。
『丈君! 何処にいるの!?』
丈の名前を必死に呼ぶ壮太郎を、男は嘲笑う。
丈は男が術で作り出した異空間内に閉じ込められている為、この世界で見つける事は出来ない。
(気配を辿れば、わかる事だろうに……)
壮太郎は取り乱した様子で、いくつか攻撃術式の罠に引っかかる。冷静さを欠いている時でも鍛え抜かれた勘があるのか、擦り傷程度で済んでいるが、正気の沙汰ではない。上手く動かない体でよろけながら、皮膚から血が流れているのも構わず、壮太郎は闇雲に歩き続けた。
頭の良い人間ならば、無駄だから探さないことを選択する状況。
今の壮太郎は通常時より大きく力を消耗し、精神的にも不安定な状態。仕留めるのは容易いだろう。
男は酉の足につけていた呪具に力を送り、転移術式を発動させる。
不穏な気配に、壮太郎は背後を振り返る。
壮太郎の元へ送り込んだのは、天翔慈家の怨霊達だった。
『結人間、殺す』
『生き返る』
『私が貰う』
『生き返るのは俺だ』
無様な怨霊達を、男は嘲笑した。
(自分が助かることばかり。転生したとはいえど、やはり魂は同一か)
『僕の邪魔をするなら、消すよ』
壮太郎が冷たい声を出し、ピリッと空気が張り詰める。
『最後の選択だ。あの世へ行くか、消滅させられるか。どっちがいい?』
壮太郎の威圧にも、怨霊達は退かなかった。
朝の時刻だが、夜明けまで、あと少しだけ時間がある。周囲の闇が怨霊達の力を上げているので、状況的に有利だと判断したのだろう。
怨霊達は雄叫びを上げながら、壮太郎へ向かっていく。
白銀色の光が、闇の中で煌めいた。
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