呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第23話 日和の呪具作り

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「え? じゅ、呪具作りっ!?」

 日和ひよりは声を裏返して驚く。時也ときやは笑顔で頷いた。

「材料は小屋の中や周辺にあるし、道具も揃っているから安心して」
「いやいや! 私は一般人ですよ!? 呪具なんて作れません!!」
 
 日和は慌てて首を横に振る。時也に「壮太郎そうたろうと一緒に仕事をしている」と伝えていたので、日和も呪術が使えると誤解されたのだろう。

「森にいた時だって、足手纏いでしかなくて。壮太郎さんやじょうさん、碧真あおし君に守られるだけ。何も出来ないって、八重やえさんが言うのは当然で……」

 言葉を紡ぐ度に心が重くなる。胸の中で渦巻く思いに耐えられず、日和は俯いた。

「どうして、私はここにいるんだろうって……」

 一緒にいるのに、力になれない。
 何も出来ない自分の弱さが悔しくて、日和は拳を強く握り締める。

「私は」
 日和の両手を小さな手が掴む。目を開けると、妖達が心配そうな顔で日和を見上げていた。

『それ、痛いよ』
『傷つけちゃ駄目だ』
 座敷童と一つ目小僧が、日和が固く握った拳を開かせる。日和のてのひらには、爪の跡が赤く残っていた。

「君の口から零れ落ちそうになった言葉も、呪いの一種だよ」

 日和が驚いて顔を上げると、時也が真っ直ぐに見つめていた。

「他者から傷つく言葉を言われた者は、”自分はそういう言葉を言われる人間なのだ”と思い込む。良くない言葉を真実だと受け入れて、自ら苦しい人生を選択して死んでいく」

 ──”失敗作”。
 日和が幼い頃に親から言われた言葉が、頭をぎる。

 親からしたら何でもない言葉だったのだろうが、日和の心は深く傷つけられた。
 自分が『失敗作』である事を周囲の人に気付かれて嫌われない為に、日和は『周囲の人の役に立つ良い人』であろうと必死だった。
 
 そうしないと、生きることすら許されないと思っていた。

 毎日、生きることへの息苦しさを感じていた。
 自分が何をしたいのか分からなくて、何が皆の正解が分からなくて、生きることが怖かった。

 日和にとって、親の言葉は紛れもなく呪いだった。

「自分自身も愛する人達も傷つける。その呪いは、誰も救わない」

 時也の言葉に、日和は顔を歪めて唇を引き結ぶ。

(私、また自分に酷い事をしようとした)
 長く染み付いた生き方。もう大丈夫だと思っていたのに、再び自分自身を傷つけていた事に気づく。

 時也は作業台の上に視線を落とす。作業台の上には、術式が描かれた紙が置かれていた。

「『呪い』は特別な物だと思うかもしれないが、ありふれた日常の中にある物だ。誰もが呪いを作り、呪いを受けている。三家の人間ではなくても、思いを持ったモノなら、呪いを使う事が出来る」

『私も使えるよ。ずっと前にね、今の当主様と前の当主様に「役立たずの虫けら共が!」って言った嫌なおじさんがいたの。だから、おじさんの周りに役に立つ虫が沢山集まるようにしてあげたの。蜘蛛くも大雀蜂おおすずめばちまみれになって、おじさん泣いて喜んでた』

『俺も呪った事がある! 俺を「ハゲ」って何回も馬鹿にする奴がいたから、そいつの髪の毛が毎晩一房ずつ抜ける呪いをかけた。まばらに抜けていくから、途中は凄い頭になってた』

 妖達が無邪気に語る話に、日和は顔を引き攣らせる。時也は苦笑した。

「呪いの裏には、想いがある。座敷童も一つ目小僧も、怒りから呪いをかけたのだろうけど、その裏には、大切な人達や自分を傷つけられた事への悲しみがあった。……君が作り出そうとした呪いの裏には、どういう想いがあった?」

 日和は息を呑む。
 時也は優しい笑みを浮かべた。

「君の想いを叶える為の呪具を作ろう」


♢♢♢♢♢♢♢

 小屋の脇に生えていた金木犀きんもくせいの花、一掴み。
 小屋の外に落ちていた乾燥した紅葉の葉、二枚。
 天井のはりに吊り下げられていた干した野紺菊のこんぎくの花、八輪。
 薬草棚の中に入っていた干した百日草ひゃくにちそう二輪草にりんそうの花、二摘みずつ。
 作業台の上に置かれていたビー玉サイズの黄玉おうぎょく、一つ。
 窓の下に置かれていた月光を浴びた水、青いガラス瓶の半量分。

♢♢♢♢♢♢♢


 日和は妖達と共に集めた材料と道具を作業台の上に並べた。

「乾燥した花と紅葉の葉を薬研やげんで粉末状にして。出来た粉と金木犀の花を全部、水の入った瓶の中に入れる。蓋を閉めて三十五回振って混ぜた後、黄玉を入れて」

 日和は時也の指示通りに作業する。言われた作業が終了した後、日和は黄玉を入れたガラス瓶を両手で持って、時也を振り返る。時也は日和の正面に立ち、瓶の中身を見て頷いた。
  
「目を閉じて祈って。君の想いが呪具の力になる」 

 日和が目を閉じると、閉じた瞼の向こう側に光が生まれたのを感じた。
 光が収まったのを感じて目を開けると、日和の手に時也の手が重ねられていた。

 日和は目を見開き、時也を見上げる。
 日和の手に重ねられている筈なのに、時也の手の感触が無かった。

「時也さん」
 戸惑う日和に、時也は苦笑する。

「私が怖いかな?」
 日和は首を横に振り、時也を見つめる。時也は優しく微笑んだ。

「黄玉を取り出してごらん」
 日和は瓶の蓋を取った後、違和感に気づく。

 瓶の中を満たしていた水が無くなり、黄玉しか残っていなかった。取り出した黄玉は、最初に見た時よりもキラキラと光り輝いている。

 時也は日和の耳に囁く。日和が顔を上げると、時也は穏やかな笑みを浮かべて目を閉じた。

「君の想いが、きっと君の願いを叶えてくれるよ」

 日和は息を呑む。
 夢幻ゆめまぼろしのように、時也の姿が消えた。


***
 

 碧真が鬼降魔きごうま成美なるみにかけられた精神操作系の術の解呪を終わらせた時には、辺りは既に夕方になっていた。

 ほぼ休憩無しで解呪をしていた。碧真は疲労を感じて項垂うなだれる。

「まあ、こんなもんだろうね」
 結人間ゆいひとま家の当主は何てことのない顔で立ち上がると、座っている碧真を見下ろして溜め息を吐いた。

「頭は悪くないが、お前は融通が効かないね。捻くれた性格の癖に、術に関しては真面目すぎて、固定概念でしか物を考えず、違うものを認めない。面白みもないし、ただなぞるだけ。これじゃ、成長しないのも無理ないね」

 散々な評価を下した結人間家の当主を睨みつけた後、碧真は立ち上がって背を向ける。

「礼も言えないのかい?」
「礼なら、明日、このガキを引き取りに来る鬼降魔家の当主がしますよ。俺達は帰ります」
「本当に可愛くないガキだね」

 結人間家の当主の長い溜め息を背に、碧真は一人で廊下に出た。

 加護のへびの気配を探る。
 日和が部屋を出ていく時、碧真は周囲に気付かれないように巳を顕現していた。

 巳に日和の跡を尾けさせ、何者かが危害を加えようとした場合は、すぐに碧真に知らせるように命じていた。解呪中に日和の様子を見る暇は無かったが、巳からの知らせは無かったので杞憂に終わったのだろう。

 巳の気配を追って廊下を進むと、日和と妖達の話し声が聞こえてきた。

「『階段から落ちて骨折。病院代で五万円払う』!? 何で私はゲームの世界でも落ちてんの!? おかしくない!? もうお金すっからかんなんだけど!?」

『あ、また子供産まれた。皆から三万円貰える。お金頂戴』

「お目出度い事だけど、追い打ち過ぎない!? コツコツ真面目に生きてきたのに、借金を背負うの!?」

『俺も結婚した。祝金五万円くれ』

「また借金増えた! てか、結婚マス踏めてないの私だけ!? 通り過ぎたから、もう結婚無理じゃん!! ……まあ、いいよ。ここから逆転してやるから! 次は私ね。よし! 六が出た! 人生は諦めなければ……『失業して四万円払う』って、何でぇっ!? 」

 碧真が襖を開けると、ボードゲームを囲んでいた日和と妖達が振り向いた。

「何やってんだ?」
「『『人生ゲーム』』」
 日和と妖達が声を揃えて答える。碧真は溜め息を吐いた。

「ずっと、そんな事してたのかよ」
「…………多分?」
 日和は曖昧な返事を返す。碧真は呆れながら、日和の腕を引っ張って立たせた。

「行くぞ」
「え? 壮太郎さんと丈さんは?」
「まだ戻って来ていない。ひとまず、ホテルに帰るぞ」

 碧真は日和の手を引いて歩き出す。日和は遊び相手になってくれた妖達に慌てて礼を言った。

「当主様にも、お礼を……」
「不要だ」 
 礼を欠く行為を躊躇ためらう日和の手を、碧真は有無を言わさずに引っ張る。

 丈と壮太郎が戻らないまま、二人は結人間の本家を後にした。

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