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第七章 未来に繋がる呪いの話

第22話 結人間家の秘密の小屋

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 森を抜けた碧真あおし達は、羽犬はいぬからじょうの車に乗り換えた後、無事に結人間ゆいひとまの本家に辿り着く。

 碧真は車から降りて、後部座席に寝かせておいた鬼降魔きごうま成美なるみの体を持ち上げる。
 精神操作系の術が発動して暴れた時に備え、碧真の加護のへびが成美を拘束している。成美は目を覚ます気配はなく、杞憂に終わった。

 日和は助手席から降りた後、碧真を見て苦い顔をする。

「碧真君。その持ち方は、ちょっと……」
 碧真に小脇に抱えられて、成美の体は干された布団のように揺れていた。

「逆さ吊りか引きずるかだったら、一番マシな持ち方だろう?」
「選択肢が問題しかないよ。ここで出てくる選択肢は、お姫様抱っことか、おんぶでしょ?」

「は?」
 そんな事までする必要はないと碧真が眉を寄せると、日和は「うわぁ」とドン引きした。

「鬼畜な碧真君には任せられない。私が成美ちゃんを持つよ」
「馬鹿な日和に任せられる訳が無いだろう?」
 成美を取り上げようとした日和をかわし、碧真は屋敷の門へ向かって歩き出す。 

 門の前で遊んでいた座敷童と一つ目小僧が、碧真達に気づいて小首を傾げた。

『あ。モテない二人組だ』
壮太郎そうたろうと丈は一緒じゃないの?』
 妖怪達は手にしていた木の棒で碧真の足をつつく。碧真は溜め息を吐いた。

「結人間家の当主は何処にいる?」

『部屋にいる』
『会いたいの?』
 碧真が頷くと、妖怪達は門扉もんぴてのひらを添える。

『当主様。お客さん』
『壮太郎と一緒にいた人達だよ』

 妖怪達が声を掛けると、門扉に描かれた白銀色の術式が光を放つ。
 門扉は音を立てながら、ひとりでに開かれた。

『来ていいって』 
『案内してあげる』
 妖怪達が先導し、碧真達は屋敷の中へ入った。

 母屋の中、昨日碧真が寝かされていた部屋の前へ案内される。
 妖怪達が左右に分かれて襖を開ける。部屋の中には、結人間家の当主が立っていた。

「そこに寝かせな」
 結人間家の当主が、敷かれていた布団を顎で示す。碧真は成美を布団の上に放るように転がす。成美への雑な扱いを咎めるように、日和が眉を寄せて碧真を見た。

「壮太郎と丈は、どうしたんだい?」
 
 結人間家の当主に問われ、碧真は森であった出来事を簡潔に話す。
 報告を聞いた後、結人間家の当主は頭痛でもしたのか、額を手で押さえて苦り切った表情を浮かべた。

「お前達が森で遭遇したのは、怨霊達の守り神が邪神化したものだ。壮坊のことだから、何とかするだろうが……」

 結人間家の当主は沈黙して思案した後、思い出したように成美を見る。

「その子供の解呪が必要だね。部屋を使っていいから、早く解いてやりな」
「は?」
 予想だにしない言葉に、碧真は驚く。部屋を出て行こうとしていた結人間家の当主は、怪訝な顔で碧真を見た。

「何だい? 頓狂とんきょうな声を出して」
「俺は、他の奴が使った精神操作系の術の解呪をした事は無いです」
「はぁ?」
 今度は結人間家の当主が驚いた声を上げた。

 碧真は精神操作系の術を使用した事はあるが、他人が使用した精神操作系の術の解呪をした経験は無い。

 精神操作系の術の解呪を失敗すれば、術をかけられた対象者と、解呪を試みた術者の双方の精神に異常が起きる。絶対に解けるという確信が無い限り、自分の身を危険にさらしてまで手を出そうとする者はいない。

「……まさか、ここまでとはね。鬼降魔の力は、本当に堕ちたものだね」
 結人間家の当主は長い溜め息を吐いた後、鋭い目で碧真を睨みつける。

「私が指導してやるから、アンタが解呪しな」
「は? 何で俺が」

「じゃあ、誰がやるんだい? 私は鬼降魔の人間では無いし、手助けをする必要すらないよ。丈がいないなら、アンタがやるしかないだろう? その子供が暴れて自害でもしたら、責任取れるのかい?」

 反論できない碧真を見て、結人間家の当主は悪人の如き笑みを浮かべる。

「この際だ。徹底的にしごいてやるから覚悟しな」

 結人間家の当主の気迫に、碧真は顔を引きらせた。


***


「アンタは部屋から出ていきな。ここにいても、何も出来ないだろう?」

 八重やえの言葉に、日和は息を呑む。
 誰かが日和の右手を掴んで揺さぶる。視線を下ろすと、座敷童と一つ目小僧が日和を見上げていた。

『一緒に人生ゲームしよう! 私、強いんだ。いつも一番お金持ち』
『お前が幸運の力を持った妖だからだろう?』
「え? 何、その最初から負けが確定しているゲーム」

 妖怪達に両手を引かれて日和は部屋を出る。
 ピシャリと閉められた襖を見つめ、日和は眉を下げた。
 
『どうした?』
 一つ目小僧が首を傾げる。日和は誤魔化すように笑って首を横に振った。

 廊下から見える外の明るい天気とは裏腹に、日和の心には暗い影がジワジワと広がる。歌を口遊くちずむ上機嫌な妖達に手を引かれるまま、日和は床へ視線を落としてボンヤリと廊下を歩いた。

『あ! 時也ときやだ!』
『お帰り! 時也! 今年は遅かったな!』
 嬉しそうな声を上げて、妖怪達は日和から手を離して駆け出す。
 
 日和が顔を上げると、妖怪達は縁側に座っている男性に抱きついていた。男性は、妖怪達の頭を優しく撫でている。

(……あれ? あの人、何か見覚えが……。そうだ! 昨日の夜、あの人に会ったんだ!)

 今までどうして忘れていたのかと思う程、記憶の底に沈んでいた。日和が驚いていると、時也と目が合った。

「やあ、また会ったね。赤間日和さん」
 
 時也は微笑みながら、日和を手招きをする。妖怪達も真似して手招きした。狐につままれたような気分になりながらも、日和は時也達へ近づく。

「浮かない顔をしているね。何かあった?」
「え!? いえ、別に……何でもないです」
 日和は動揺してしまい、笑って誤魔化せずに俯く。
 
 日和と時也の間に、沈黙が降りた。

「ねえ、時間はある?」
 時也に尋ねられ、日和は顔を上げる。時也は穏やかに微笑んでいた。

『あるよー』
『当主様がモテない男を鍛えるみたいだから、時間が掛かると思う』
 戸惑う日和の代わりに、座敷童と一つ目小僧が返事をする。

 時也は縁側から立ち上がって庭へ足を踏み出すと、縁側の下の沓脱石くつぬぎいしを指さした。

「日和さん。そこにある草履ぞうりを使っていいから、ついておいで」
 時也は日和の返事を聞かずに歩き出す。妖怪達も時也に続いた。訳のわからぬまま、日和は沓脱石の上にあった草履を履いて、時也達を追った。

 柔らかな秋の日差しに包まれた枯山水の庭を抜けると、小さな石橋があった。
 石橋の向こうは、木で作られたトンネルと一本道が続いている。

 木のトンネルを抜けた先には、太陽の光が降り注ぐ小屋があった。
 小屋の周囲には、色とりどりの花が咲き誇り、まるで絵本の中の一ぺージのように美しい光景だった。

「こっちだよ。入っておいで」

 小屋の中に入った時也が声を掛ける。日和も入ると、小屋の中は草の香りが満ちていた。

 二つある窓から差し込む陽光が照らし出す室内。
 小さな引き出しが沢山ある薬草棚が壁の二面に設置され、棚の上には古い書物が積み上げられている。
 棚が置かれていない床には、かまどや水瓶、ガラス瓶などの道具が並ぶ。
 天井のはりに括り付けられた紐に、薬草の束が吊り下げられていた。
 部屋の中央にある作業台の上には、薬研やげん天秤てんびん、数種類の鉱石が置かれている。
 
 物語の中に出てくる魔女の家のイメージそのものだと、日和は感じた。

(何かを作る為の小屋かな? でも、どうして此処に?)
 日常では見かけない珍しい物達を見回した後、日和は時也を見る。時也は温かな目で見つめ返し、口を開く。


「一緒に呪具を作ろう」
 
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