191 / 290
第七章 未来に繋がる呪いの話
第20話 転移の代償と歪み
しおりを挟む「壮太郎。無事か?」
「……何とかね」
うつ伏せに倒れていた壮太郎は、フラつく頭を手で押さえながら体を起こす。大丈夫だと笑みを浮かべれば、丈はホッと息を吐いた。
「……また厄介な所に飛ばされたね」
周囲を見回した後、壮太郎は苦い顔をする。
一目でわかる、現実世界ではない空間。
森の景色を灰色で塗り潰した世界の中を、水に浮かんだ油のような赤や緑の色彩がゆっくりと移動していく。
現実世界の森の中で、壮太郎の足元の地面に一瞬で現れた転移術式。
転移術式を発動中に破壊すれば、別の空間へ放り出される危険性があった為、破壊する事は出来なかった。
壮太郎達は術者の思惑通りの場所へと飛ばされたのだろう。
「ここは、術者が作り出した異空間か?」
丈の問いに、壮太郎は首を横に振る。
「違うね。ここは、ムカデの神が作り出した異界だ」
浄化の術式によって穢れが祓われた後、地面の上には小さなムカデの神達がいた。
浄化後のムカデの神達が纏っていた赤と緑の力の色と、この世界が纏う力の色や性質は一致している。
壮太郎は手近にあった灰色の草花に触れる。草花は細かい粒子となって崩れた。異界の主であるムカデは浄化されたが、邪神化の後で力を失っている。
この世界は、脆く壊れやすい。
「あの術式は、鬼降魔の転移術式を元に作られていた。術者は鬼降魔の者の可能性が高いが……。どうやって、異界に転移したんだ?」
丈は眉を寄せる。
転移術式は、転移元と転移先に対となる術式が必要だ。術者は転移先を訪れ、術式を作り上げなければならない。
「異界に渡る方法は、たくさんあるよ。異界の主である神に招かれたら、力の無い一般人でも簡単に渡る事が出来る。神が自分を堕とす存在を歓迎するとは思えないけど、守護対象である分家の人達を人質に取引するという手もある」
術者は何かしらの方法で、ムカデの神達が作り出した異界に渡り、転移術式を作り上げたのだろう。
「だが、転移元の場所に、術式は仕掛けられていなかった筈だ。術者が隠蔽していたとしても、俺か壮太郎が気づくだろう。周囲に術者がいた気配も無かった。術式だけが、急に現れたようにしか見えなかった」
「丈君。転移術式が現れる前に、周りの景色が歪んだ事に気づいた? 術者は転移術式によって生まれた歪みを利用して、僕達を罠に嵌めたんだと思う」
「まさか!」
丈が目を見開く。壮太郎は皮肉げな笑みを浮かべる。
転移術式は、空間の理を変え、歪みを生み出す。
一般的には、『時間』か『力』を代償にして、歪みを消化する。
代償を『時間』にすれば、時間の歪みが発生する。転移対象者の時間を支払うことで、転移元から転移先へ移動する際に時差が生まれるが、歪みは解消する。
代償を『力』をにすれば、力の歪みが発生する。術者の力を必要分消費すれば、歪みは解消する。
時間がある程度経過しても代償が支払われなかった場合は、『生まれた歪みを強制的に正す力』が働く。転移は無効化され、転移の『対象』は転移元へ戻される。
「術者は、転移対象を『転移術式の上にいる人間』に設定して術式を構築した。術者自身が、転移術式を利用して現実世界に帰る時に代償を払わず、歪みを放置した。僕達がいた転移元の場所には、『時間』の歪みがあったんだ」
時間が歪んだ事で、転移術式が描かれていない時間へ空間が歪まされていた。『生まれた歪みを強制的に正す力』が働いた事で歪みが正され、あの場に転移術式が急に現れたように見えたのだろう。
そして、『転移術式の上にいる人間』だった壮太郎と丈が、『対象者』として認識されてしまったという事だ。
「鬼降魔雪光ではなく、”お兄ちゃん”とやらの仕業か」
確信は無いことだが、丈は言い切る。壮太郎は同意して頷いた。
転移の術は、一歩間違えれば大きなリスクを生み出す。
術式の構築を誤って、危険な場所に転移してしまったり。転移先の術式が欠損して、空間の狭間に取り残されて戻れなくなる事もある。
生まれた歪みを敏感に感じ取り、力の加減を微細に調整する必要もある。
雪光では、転移の術を意のままに扱う事は出来ないだろう。
「総一郎以外に、転移の術を上手く扱える者がいるとはな……」
苦い顔をしながらも、丈は感心したように呟く。
(確かに、ヘタレ当主は転移の術を使うのだけは上手いんだよね。他はダメダメだけど)
総一郎は当主としての器は未熟なものの、転移の術の扱いは三家の中でも目を見張るものがある。
鬼降魔家の当主が『呪罰行き』の人間を呪罰牢へ送る時に使用する転移の術。
呪罰牢内は特殊な作りをしており、通常よりも大きな歪みが生まれやすい。その歪みは、昔から転移者である『呪罰行き』の人間に背負わせていた。
前当主が転移の術を使っていた際は、呪罰牢に送られた者の体は酷く損傷して、転移後に即死する者もいた。時差も大きく、一ヶ月遅れで転移される事もあった。
しかし、総一郎は傷一つなく、時差も最小限で送る事が出来ていた。
臆病が故に、生まれた歪みを敏感に感じ取ることが出来る。歪みへの過分な代償を支払う危険を回避し、最小限の代償で済むように修正する。
壮太郎から見ても、唯一感心出来る部分だ。
「術式を利用して戻るか」
鬼降魔の術式だが、古い構築式が使われている上に、術者独自の考えが組み込まれた術だ。読み解くには、多少時間が必要だろう。
「丈君。やめた方がいいよ。現実世界にあった対の術式は破壊されている筈だからさ。僕が相手の術者の立場なら、出入口を塞いだ後、この世界を完全に破壊する」
壮太郎の読みを肯定するように、ムカデの神達が作り上げた異界がピシリと音を立てて崩れていく。
邪神化した事で力を使い、衰弱した神は、今にも消えかかっていた。
ある程度の力を持った術者であれば、弱った神を殺すことも出来るだろう。
壮太郎は声を上げて笑った。他の人間が見れば、発狂したのかと思うような笑い。長年の付き合いである丈は、壮太郎が笑った意味を察して苦笑する。
(僕を術で追い込む人なんて、いつぶりだろう。これだから、人生は面白いんだ)
壮太郎の体が白銀色の光を纏う。
白銀色の光が線となり、壮太郎の足元に術式が紡ぎ出されていく。
異界の崩壊より早く、壮太郎は新たな転移術式を完成させた。
「丈君。ちょっと無茶するけど、いい?」
壮太郎は丈に手を差し出す。
「今更だな」
絶対的な信頼を感じさせる笑みを浮かべ、丈は壮太郎へ手を伸ばした。
転移術式が発動し、光を放つ。
丈が壮太郎の手を掴もうとした時、欠けた世界の隙間に、突如白い光が煌めいた。
丈は伸ばしていた手を引っ込めて、スーツの裏地から銀柱を取り出す。
転移術式の外側の地面に銀柱を投げて突き刺すと同時に、丈の体が白い光の糸に絡め取られる。
「丈君!」
既に発動している転移術式に力を注いでいた壮太郎は、すぐに攻撃へ移れない。
丈は白い糸に強い力で一気に引っ張られ、壮太郎から引き離された。追撃するように、壮太郎に向かって白い光の矢が飛んでくる。
壮太郎に矢が届く前に、銀柱が緑色の光を放つ。生成された箱型の結界が壮太郎を守り、矢は砕けて消えた。
壮太郎の体が白銀色の光に包まれる。
伸ばした手は届かないまま、壮太郎と丈の世界は分たれた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
君が目覚めるまでは側にいさせて
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。
<彼>は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。
子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる<彼>をいつしか千尋も意識するようになり・・・。
やがて徐々に明かされていく<彼>の秘密。
千尋と<彼>の切ないラブストーリー
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる