呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第18話 迫る黒

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 ホテルで朝食を済ませた後、四人はじょうの車で森へ向かう。

 森の入口から羽犬はいぬに乗り、昨日進んでいた地点まで移動した。
 術式を解呪できた場所に待機していた丈の加護のねずみ達の報告では、雪光ゆきみつ成美なるみは付近には現れなかったらしい。
 
 昨日と同様に、丈と壮太郎そうたろうが術式を解呪しながら森を進み、碧真あおし日和ひよりが二人の後ろを歩いた。
 
(何か……進むのが怖い。昨日の事で過敏になっているのかな?)
 日和は強張った表情で周囲を見回す。

 朝だというのに薄暗い森。凍てつくような空気と木々の騒めきが、ジワジワと恐怖を煽る。 
 地面の感覚はあるのに、宙に浮いているように足元が頼りない。視界が狭まり、心臓の鼓動が徐々に早くなる。

 ──これ以上進めば、二度と戻れないかもしれない。

「日和?」
 立ち止まった日和に、碧真が声を掛ける。日和は碧真の背中越しに見えたモノに驚いて、目を見開いた。

 日和達から二十メートルほど離れた場所に、薄い桃色の服を纏った短い黒髪の子供の姿が見えた。

「成美ちゃん!?」
 日和の声に、全員が弾かれたように視線を向ける。

 成美らしき子供は、首と両手をダラリと力なく前に垂らした不気味な格好で、フラフラと一人で歩いていた。

 丈はスーツの裏地から銀柱ぎんちゅうを四本取り出し、成美に向かって投げる。
 銀柱が成美の四方を囲うように地面に突き刺さる。銀柱から生成された緑色の箱型の結界が、成美を閉じ込めた。
 
 丈が周囲を警戒しながら、ゆっくりと成美に向かって歩き出す。碧真は何かを探すように視線を巡らせ、壮太郎は状況を静かに観察していた。

 日和は、ふと空を見上げる。

 ぽっかりと空いた緑の隙間から見える薄い青空と黒い鳥。
 上空を旋回する黒い鳥の体に、小さな白い光が煌めくのが見えた。
 
 白銀色の光の膜が周囲を覆う。
 無数の白い針が空から降り注ぎ、衝突音と破壊音が周囲に連続で響き渡った。

 日和は目の前に現れた白銀色のドーム型の結界を見つめる。少し離れた場所にいる丈を含めた全員を守る為、壮太郎が広範囲の結界を張っていた。

 白い針の雨が止み、静かになる。

(あの鳥、昨日も……) 
 日和と碧真が空へ注意を向ける中、壮太郎と丈は結界の外の地面に散らばっていた白い針の残骸を睨みつける。
 針の残骸がうごめいて集約し、術式へと形を変えていった。

 足元に術式が浮かぶのを見て、壮太郎が結界を解除する。
 白い光が作り出した六つの術式の中心に向かって、丈が銀柱を投げる。

 白い術式が閃光を放つと、唸り声を上げるように地面が揺れた。
 術式から、勢いよく宙へ噴き出す白い光。銀柱から放たれた緑色の光が白い光を絡め取り、強い光を放つ。

 日和は眩い光に目を閉じる。再び目を開いた時、日和は息を呑んだ。

 地面を割って現れた巨大な植物の蔓と藤色の花。藤の蔓は、蔓先を日和達へ向けたまま静止していた。

 よく見れば、蔓は拘束の糸に絡め取られ、動きを制御されていた。
 立ち尽くしていた日和の腕を碧真が引っ張り、蔓から距離を取る。

ぜろ」
 丈の言葉を引き金に、緑色の閃光が放たれる。

 爆発よって砕かれた蔓と藤の花は、空気に溶けるように消えていった。

「術者は?」
「逃げたね。偵察のつもりだったのかな?」

 丈と壮太郎は空を見る。
 追撃は無いと判断したのか、丈は成美の元へ向かった。

 日和は顔を強張らせ、碧真を見上げる。

「碧真君。今のって、市佳いちかちゃんの術じゃ……」
 
 空と地面からの二つの攻撃は、『名奪なと遊戯ゆうぎ』で出会った少女、鬼降魔市佳が使用していた『松葉雨まつばあめ』と『藤蔓ふじづる』と同じ術。

 碧真は険しい表情で、『藤蔓』の術式があった地面を見つめていた。
 
「二人共、どうしたの?」
 固い表情を浮かべる日和と碧真に、壮太郎は首を傾げる。

「何でもないです」
 碧真の答えに、壮太郎は怪訝な顔をしたが、それ以上は聞かなかった。壮太郎は丈の元へ向かう。

 結界に頭をぶつけたまま、歩く動作を続けていた成美。
 丈は結界を解除して、成美の腕を掴んだ。

 丈に腕を掴まれながらも、成美は命じられたことを遂行するロボットのように歩く動作を続ける。
 丈の指先が成美の額に触れる。成美は糸を切られた操り人形のように動きを止めて意識を失った。

 丈が成美の体を慎重に抱き上げる。丈の隣に立った壮太郎は、呆れた顔で周囲を見回した。
 
「随分あっさりと捕獲できたね。さっきの術で、僕達を仕留めるつもりだったのかな?」 
「無事に保護出来たのなら良い。なるべく戦闘は避けたい」
「森で好き勝手暴れたら、当主様に怒られちゃうしね」

 成美にかけられた術を見て、壮太郎は不愉快そうに顔をしかめる。

「それにしても、その子にかけられた精神操作系の術は酷いものだね。お粗末な構築式を滅茶苦茶に組み合わせている。後遺症のことは一切考えていない。人質以外に何か目的があるのかもと思っていたけど、どうでもいい子だったって事か」

「……後遺症が残らないように解呪しないとな。壮太郎。結人間ゆいひとまの本家で部屋を借りたいんだが、八重やえ様に許可を取れるか?」

「当主様からは、いつでも来ていいって言われているから大丈夫だよ。じゃあ、戻ろうか」

 丈と壮太郎は、弾かれたように日和と碧真を振り返る。丈は成美を抱えたまま、右手で銀柱を取り出す。壮太郎はブレスレットを『天狗てんぐ羽団扇はうちわ』へ変化させた。

(え?)
 二人は敵意の眼差しで、日和達を睨みつける。二人の威圧感に気圧けおされ、日和は声も出せずに固まった。

(何……)

 突如、視界が暗くなる。
 日和の腕を碧真が引き寄せ、足元に銀柱を投げて箱型の結界を作り出す。続けて、銀柱が地面に刺さる音が聞こえた。

 日和と碧真を囲む緑と青の二色の結界に、黒い液体がビチャリと音を立てて飛び散るのが見えた。黒い液体はジュワジュワと音を立てながら、結界の表面を溶かしていく。

 結界の外にある黒く蠢くモノを見て、日和は戦慄せんりつした。

(む、ムカデ!?)
 黒い穢れを纏った体長六メートル程の巨大な一体のムカデが、日和達の背後に立っていた。

 壮太郎の攻撃によって、ムカデの頭部は斬り落とされていた。頭を失って暴れるムカデの切断面から、黒い液体が周囲に飛び散る。

 ムカデの体液が付着した草が、生気を奪われたようにしおれる。根本部分にムカデの体液が付いた木が腐り、徐々に傾いて、日和と碧真の頭上に向かって倒れてきた。

 壮太郎が『天狗の羽団扇』で起こした風で、倒れてきた木を押し退ける。

 向きを変えられた倒木は、ムカデの体の上にし掛かった。木に体を押し潰されたムカデが地面に伏し、手足を忙しなく動かしている。

 碧真は綻びが出来た結界を解除して、日和を連れてムカデから距離を取った。

「壮太郎」
 丈が声を掛けると、壮太郎は頷いて、ブレスレットに力を送る。
 ブレスレットが形を変え、二人乗りサイズの羽犬が一匹姿を現した。丈は抱えていた成美を羽犬の背に乗せる。

「碧真」
 丈は車の鍵を碧真へ投げ渡す。車の鍵を受け取った碧真は頷いた。

「行くぞ。日和」
「え?」
 一人だけ理解出来ていない日和は、碧真に連れられて羽犬の元へ向かう。

「早く乗れ。そいつが落ちないように支えとけよ」
 碧真に言われるまま羽犬に乗った日和は、成美の体が落ちないように両腕の間に囲うようにして支える。

「壮太郎さん達は……」

「僕達も後から行くよ。心配しないで」
 壮太郎はそう言って、余裕の笑顔を浮かべる。
 いつもは安心させてくれる笑顔にも、日和の胸の中で払拭できない不安が残った。

 碧真が背中に乗ると、羽犬が地面を蹴って羽を広げる。
 木々の上に浮かんだ羽犬は、森の入口へ向かって駆ける。


 森から脱出しようとする日和達の背後に、黒い羽を広げた鳥が迫っていた。

 
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