呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第9話 浄化の術式

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「まだかなあ、碧真あおし君。僕、もう罠を作るの飽きちゃった……」
 
 鬼降魔きごうま雪光ゆきみつは溜め息を吐く。
 足元には描きかけの術式と、お兄ちゃんに貰った術式のメモ。

 最初は、怖い人をやっつけられるのだという思いと、目新しい術式をお絵描き出来るのが嬉しくて、やる気に満ち溢れていた。しかし、何日も同じことを繰り返していれば、流石に飽きてしまう。

 お兄ちゃんが転移術式を使って、碧真を雪光の元に送ってくれる筈だが、いまだに現れない。

「ねえ、君……は遊んでも楽しくないか」
 雪光は、近くの木の幹の根元に座らせておいた鬼降魔きごうま成美なるみを振り返る。

 精神系の術をかけられている成美は、ボンヤリとした顔で人形のように動かない。遊び相手にもならないだろう。

(僕から碧真君に会いに行っちゃダメかな? でも、あの怖い人がいるし。そうだ! お兄ちゃんも近くにいないし、少しだけ別の遊びを……)

『雪光』

 頭上から聞こえた声に、雪光は驚いてビクリと肩を跳ね上げる。顔を上げれば、空から降りてきた一羽の黒いからすが、成美の頭の上に止まった。

「お、お兄ちゃん。僕、お兄ちゃんに言われた事をやめて遊ぼうとか考えてないよ! ちゃんとお絵描きしてるよ!」

 雪光は烏に向かって、あたふたと弁明する。烏が口を開いた。

『お前の友達の鬼降魔碧真は、怨霊を送り込む為に用意していた転移元の術式付近にいる。結人間ゆいひとま壮太郎そうたろうは側にいないから、迎えに行ってやるといい』

 お兄ちゃんの声で告げられた言葉に、雪光は狂気に満ちた笑みを浮かべる。

「碧真君! また一緒に遊べるんだね!」

 喜びでいっぱいになった雪光は、成美を放置したまま、碧真が居る場所へ向かって駆け出した。

 
***

 
 流れるように通り過ぎていく景色。
 壮太郎が作り出した呪具の一つである羽犬はいぬは、体をしなやかに操り、木々の隙間を縫うように通り抜けていく。

「二人がいる場所まで、どのくらいだ?」
 じょうは前方にいる壮太郎へ声を掛ける。壮太郎が答えようとして丈を振り返った時、耳元からベルのような音が響いた。

『壮太郎さん。丈さん』
 風の音が響く中、呪具から聞こえる震えた声に、丈はハッと目を見開く。

赤間あかまさん! 無事か!?」
『丈さんっ!』
 日和ひよりの声がした後、何かを叩きつけるような鈍い音と獣の唸り声のような不気味な音が聞こえた。

「何が起きているんだ?」 
『碧真君に穢れが……変な黒いモノがいて、それでっ、どうしたら……』

 混乱しているであろう日和の声は、壊れてしまいそうな程に弱々しい。

「大丈夫だよ。ピヨ子ちゃん」

 丈が言葉を紡ぐより早く、壮太郎が優しい声で日和に話しかける。

「もう見えたから」

『…………え?』

 壮太郎の眼前に、白銀の術式が浮かび上がる。四つの攻撃術式が瞬く間に形成され、白銀の光を放つ短刀が壮太郎の頭上に現れた。短刀が空気を切り裂いて宙を駆ける。

 短刀が向かう先には、赤黒い塊がうごめいていた。
 迫り来る短刀に気付いた赤黒い塊が飛び退く。

 赤黒い塊が移動したことで見えたのは、白銀色の結界の中いる日和と碧真の姿だった。碧真を抱きしめて座り込む日和。二人の体には、大量の穢れが纏わりついている。

「碧真! 赤間さん!」

 丈と壮太郎は羽犬の背から降りる。すぐに二人に駆け寄ろうとした丈を制するように、壮太郎が右手を前に出して進路を塞いだ。

「待って、丈君。あの人達をおどかしただけで、まだ動けなくしたわけじゃないんだ」

 壮太郎の視線の先には、人型の赤黒いモノ達が四体いた。日和と碧真から離れたものの、まだ近くに居て、こちらの様子を伺っている。

天翔慈てんしょうじ家の人達だよね?」
 
 赤黒いモノ達に問いかける壮太郎の言葉に、丈は眉を寄せる。

(これが、天翔慈家の方々が怨霊化した姿か……)
 怨霊達は壮太郎の方へ顔を向け、警戒するように動かない。

「どうして素直に成仏しないの? この世に未練があるの? 自分達で成仏できないなら、僕が手伝ってあげる。素直に応じて穏やかに送られるか、反抗して強制的に魂ごと壊されるか、どっちがいい?」

 壮太郎が不敵な笑みを浮かべる。空気がピリつき、怨霊達が言葉にならない声で喚き出した。

「あはは、何それ? 意味わかんないよ。天翔慈家とあろう者が、可笑しなことを言わないでくれる?」 

 丈には理解できない怨霊達の言葉を、壮太郎は理解しているようだ。壮太郎は怨霊達を馬鹿にして笑った後、すぐに残忍な笑みを浮かべた。

「いいよ。僕が君達を壊してあげる」
 
 壮太郎が襟の中に手を入れ、白銀色のネックレスを取り出す。

 壮太郎が取り出したのは、結人間家の人間のみが所有する特別な呪具。呪いの仕事を受けない丈の嫁のしのも、必ず身に着けている呪具だ。

 三枚の羽のペンダントトップが音を立てて揺れる。
 ペンダントトップに描かれた術式が剥がれ、宙へと浮かび上がった。

 ザワリと空気が揺れる。
 怨霊達は耳をつんざくような悲鳴を上げると、丈達の前から一瞬で姿を消した。

「逃げたのか?」
「うん。コレが何の呪具なのか知っていたみたい。どうせ後で処分するから、今は放っておいていいや。それより……」

 壮太郎は、日和と碧真へ近づくと、結界に手を当てて強制的に解除する。
 解かれた結界の残骸の白銀色の光が舞う中、壮太郎を見上げた日和が震える唇を開く。

「あ、碧真君が……」
 怨霊達がいなくなっても、継続的に二人をむしばむ穢れ。日和は侵食が進んでいないようだが、碧真は一目で侵食が進んでいるとわかる。

「かなり酷い状態だね」
 碧真を見下ろし、壮太郎は眉を寄せる。しゃがんで正面から碧真の様子を見た丈は、穢れの侵食の酷さに顔を歪めた。

「近隣に、天翔慈家の方達がいたらいいが……。間に合うか……」

 三家の中で穢れを祓う力を持つのは天翔慈家のみ。鬼降魔も結人間も穢れを祓う力は有していない。

 これ以上侵食が進めば、穢れによるダメージで、碧真の精神が壊れる恐れがある。

「そんな……」
 日和の顔が一気に青ざめる。

 碧真の体から日和の方へ穢れが移動する。碧真の穢れの進行を抑える為に、日和が穢れを肩代わりをしているのだろう。日和が触れていなければ、碧真は既に手遅れになっていた。

「赤間さん。碧真から離れた方がいい。君まで侵食される」
「でも! それじゃ碧真君が……」
「俺が代わる。俺は穢れの影響を受けにくいから、安心して欲しい」

 穢れに対して耐性があるのか、日和には精神的な影響は出ていないようだ。しかし、穢れが精神に悪影響を及ぼすのには変わらない。

 日和は迷うように、碧真を抱きしめたまま動かなかった。 
 丈は二人を引き離す為に手を伸ばす。

「あ、二人共。ちょっと、そのまま待ってて。もう少しで出来るから」

 丈と日和が声の方へ視線を向けると、目を閉じて真剣な顔をした壮太郎が立っていた。壮太郎が息を吐き出して目を開けると、日和と碧真の足元に白銀色の術式が現れる。

 壮太郎が作り上げた術式は、穢れを祓う天翔慈家の浄化の術式だった。

(術式を作り出せたとしても、発動させることは出来ない。これでは……)
 術式があっても、肝心の動力がないのなら意味がない。

「大丈夫だよ。丈君」

 丈の思考を読み取った壮太郎が、ベストのポケットからビー玉サイズの小さな水晶玉を二つ取り出す。

 一つの水晶玉の奥には、金粉のような小さな金色の光。もう一つの水晶玉の奥には、山吹色の光が小さくが見えた。

「ほら、僕って天才だからさ」

 壮太郎は口元に笑みを浮かべ、二つの水晶玉を浄化の術式の上に落とした。

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