164 / 290
第六章 恋する呪いの話
第30話 天大慈雨之尊と魔物の正体
しおりを挟む周囲の地面から噴き出した穢れは、山吹色の光に飲み込まれて消えていく。
「何で、神社の中に穢れが……」
人や神を害する穢れが神社の中にあることに、日和は戸惑いの声を上げた。
「術者の仕業だ。神の不在時に結界に綻びを作り、この神社に対して負の感情を抱いている人達の邪気を高め、結界の外にいた魔物達と共に神社を襲わせた。そして、木の根を利用して、持ち込んだ穢れを神社内に張り巡らせた。神が本殿から出てきた時に、一気に穢れが噴き出すよう、術を仕掛けていたのだろう」
篤那の答えに、日和は目を見開く。
魔物になったモノの記憶を通して見た、神社を襲撃した女性達の姿。神社を襲おうとした魔物達のせいでおかしくなったのだと思っていたが、原因は別にあるようだ。
「じゃあ、その術者が全てを仕組んでいたってこと!?」
篤那は頷く。
魔物になったモノの記憶の中に現れた黒い影の男性が術者だろう。顔はわからなかったが、楽しそうに嗤っていたように見えた。
「……どうして?」
様々な思いをのせて、日和は呟く。日和達の元へと戻ってきた俐都が溜め息を吐いた。
「この神社の神を邪神化させることが目的だったんだろうな。流光や篤那のチビ神達にも、日和の狛犬達にも、術は発動しなかった。この神社の神が、本殿から出られないと言っていたし。恐らく、この神社の神だけを対象にした術だな」
「誰かが、この神社の神様を恨んでいるってこと?」
「詳しくはわからないが、他に目的や理由がありそうだ。それより、今はやるべきことをやろう」
篤那はそう言って美梅を見下ろした後、本殿を振り返る。
「穢れは祓った。もう出てきても大丈夫。貴方なら、この子の縁を直すことが出来るだろう? 天大慈雨之尊」
篤那の声に応えるように、本殿の朱塗りの開き戸が僅かに軋む音を立てて開く。
扉の隙間から眩い金色の光が溢れると、光を纏った存在が日和達の前に姿を現した。
長く艶のある黒髪を赤い紐で一つに束ねて背中に流し、緋色の差し色が入った白の着物を身に纏った青年。長い睫毛が影を落とす目元には紅を差し、神秘的な雰囲気を醸し出す。俐都の守り神の利運天流光命と同じく神々しい存在。
日和の心臓が大きく音を立てる。
自分の存在が遠くに感じるような不思議な感覚と、脳裏に浮かび上がる光景。
番傘を手にした少年が振り返る。
少年の後ろで、慈愛の笑みを浮かべて見守る存在。
──綴ちゃん、見えるかい? 僕の守り神の……。
「……慈雨様?」
日和は無意識に呟く。とても小さな声だったが、天大慈雨之尊の耳には届いたのか、優しい笑みを浮かべて頷いた。
「日和?」
魂が抜けたように呆然とする日和を怪訝に思ったのか、碧真が声を掛ける。名前を呼ばれたことで、日和の意識が定まった。
「なんでもない」
日和は首を小さく横に振って、目の前の神へと視線を戻す。天大慈雨之尊は、形のいい唇をそっと開いた。
『篤那、俐都、日和、鬼降魔の子、ご苦労だったな』
(この声!)
異界の中で黒い柱へと導かれた時に聞いたものと全く同じ声に、日和は驚いて目を見開く。
「全くだ。毎回、面倒事ばっかり押し付けてくるよな。神連中はよ」
俐都が溜め息を吐いて、天大慈雨之尊と利運天流光命を見る。二柱の神は悪びれた様子もなく爽やかな笑みを浮かべた。
『まあ、そう言うなって俐都ちゃんよ。俺のおかげで、毎日濃厚な人生を送れているだろう?』
「濃厚通り越して塩分過多だ。テメエのせいで、しょっぱ過ぎて血管ブチギレそうな人生でしかねえよ。クソ疫病神が」
『私は今回だけだから、可愛いものではないか?』
「可愛くねえよ! 呼ばれたから出掛けるって、篤那の馬鹿に朝の四時に叩き起こされて大迷惑だったんだからな!? それに、穢れを持ち込ませるとか、何の為に結界張ってんだよ!?」
「俐都、血管切れるぞ。いい子だから落ち着け。よしよし」
「クソ篤那! テメエまで苛つかせんじゃねえよ!! 頭を撫でるなあ!!!」
目の前で繰り広げられる神聖さの欠片もない神達と人間達のやりとりに、碧真は呆れて溜め息を吐いた。
「帰っていいか?」
「いや、待ってよ。碧真君。美梅さんはどうするの?」
碧真は心底どうでもいいと言いたげな表情を浮かべる。このままでは、本当に美梅のことを放置して帰ってしまいそうだ。
「篤那さん、俐都君。美梅さんを……」
「ああ、悪い。そうだよな。おい、この子の縁を元に戻してくれないか?」
俐都に言われ、天大慈雨之尊は美梅に近づく。
『これは、また厄介な事情を抱えた子だ。運命を捻じ曲げられ、願いによって繋ぎとめられた存在か……』
天大慈雨之尊は、美梅を憐れむような表情で見下ろした。
「直せないのか? 縁を司る神様が?」
煽るような俐都の言葉に、天大慈雨之尊は不敵な笑みを浮かべる。
天大慈雨之尊が右手の人差し指を持ち上げると、美梅の体が金色の光に包まれて、心臓の辺りからヒビ割れた歪な形の黒く濁った紅玉が現れた。
宙へ浮かんだ紅玉は、導かれるように、天大慈雨之尊の右掌の上に移動する。
今にも壊れそうなヒビ割れた紅玉を、天大慈雨之尊が両手で優しく包み込んだ。
柔らかな金色の光が掌に集まる。天大慈雨之尊が両手を開くと、紅玉にあったヒビが綺麗に修繕されていた。
『私が手を加えられるのは、縁の修復までだ。あとは、この子自身に委ねよう』
天大慈雨之尊は紅玉を人差し指でそっと押す。宙に浮いた紅玉は、ゆっくりと美梅の体の中に戻っていった。
美梅は眠ったままで、何も変化は見られない。日和が不安を抱く中、美梅の側に赤い光が生まれた。
美梅の加護である黒い寅が、赤い光を纏って姿を現す。寅は心配するように、鼻先を美梅の頬へ押し付けていた。
「加護が顕現できた。その子は、もう大丈夫だ」
俐都が安心させるように微笑む。日和は安堵の息を吐き出した。
「げっ……」
突然、碧真が嫌そうな声を上げた。
碧真の視線の先を見ると、淡い金色の光を纏った総一郎の加護の午の姿があった。同時に、碧真の携帯が着信を知らせて振動する。
携帯の画面を見た碧真は、苦い表情のまま通話ボタンを押して電話に出た。
「はい、碧真です。……………俺だって知りませんよ。………………居場所がわかっているなら、引き取りに来てくださいよ。はい、じゃあ」
「総一郎さんから?」
通話が終わったのを見計らって日和が声を掛けると、碧真は頷いて溜め息を吐く。携帯を操作した後、碧真は更に苦い表情を浮かべた。
「加護を使っても行方がわからなかったせいか、相当探し回っていたようだ。それにしても、過保護すぎだろう」
「美梅さんは総一郎さんの婚約者候補なんでしょ? しかも、未成年の女の子が行方不明になっていたら、そりゃ心配するよ。過保護じゃなくて、普通だと思うよ」
「不在着信が三十七件あってもか?」
「え……軽くホラー」
えげつない着信の量に、日和はドン引きして思わず本音で返してしまった。
(まさか、私の方にも着信が入っているんじゃ……)
日和は背中にあるリュックに手をやろうとして気づく。
「あああ!? 忘れてた! 私のリュック!!」
魔物から逃げることに必死で忘れていたが、荷物が入ったリュックを異界で失くしていたことを思い出す。
『日和』
ショックで項垂れていた日和の視界に、小さな風呂敷包みと美梅の鞄を背中に乗せて運んできた狛犬達の姿が映る。
『全部は無理だったけど、拾えた』
『これがあればいい?』
日和は狛犬が持ってきた小さな風呂敷包みを開く。その中には、日和の財布と携帯があった。
「あああ! ありがとう、狛犬さん達! よかったあ!!」
日和が携帯と財布を受け取ると、風呂敷が消える。他の物は失ってしまったが、重要度の高い物が無事だったことに、日和は心の底から安堵した。
「天大慈雨之尊」
篤那は天大慈雨之尊に近づくと、両手を開く。篤那の手には、踏み潰されたような小さな一輪の花があった。
『確かに受け取った。ありがとう、篤那』
天大慈雨之尊は悲しそうな目をして、篤那の手から花を受け取る。
「あの花は?」
紫色の斑模様の入った白い花を見て、日和は首を傾げた。篤那が口を開く。
「あの杜鵑草が、異界を作り出した魔物の正体だ」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
君が目覚めるまでは側にいさせて
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。
<彼>は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。
子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる<彼>をいつしか千尋も意識するようになり・・・。
やがて徐々に明かされていく<彼>の秘密。
千尋と<彼>の切ないラブストーリー
最強のギルド職員は平和に暮らしたい
月輪林檎
ファンタジー
【第一章 完】 【第二章 完】
魔物が蔓延り、ダンジョンが乱立する世界。そこでは、冒険者という職業が出来ていた。そして、その冒険者をサポートし、魔物の情報やダンジョンの情報を統括する組織が出来上がった。
その名前は、冒険者ギルド。全ての冒険者はギルドに登録しないといけない。ギルドに所属することで、様々なサポートを受けられ、冒険を円滑なものにする事が出来る。
私、アイリス・ミリアーゼは、十六歳を迎え、長年通った学校を卒業した。そして、目標であったギルド職員に最年少で採用される事になった。騎士団からのスカウトもあったけど、全力で断った。
何故かと言うと…………ギルド職員の給料が、騎士団よりも良いから!
それに、騎士団は自由に出来る時間が少なすぎる。それに比べて、ギルド職員は、ちゃんと休みがあるから、自分の時間を作る事が出来る。これが、選んだ決め手だ。
学校の先生からは、
「戦闘系スキルを、それだけ持っているのにも関わらず、冒険者にならず、騎士団にも入らないのか? 勿体ない」
と言われた。確かに、私は、戦闘系のスキルを多く持っている。でも、だからって、戦うのが好きなわけじゃない。私はもっと平和に暮らしたい!!
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる