呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第25話 縁

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(流石に、息苦しいな……)

 へびの気配を頼りに、邪気で作られた黒い霧の中を進んでいた碧真あおしは、肺に感じる圧迫感に顔をしかめる。

 碧真は幼い頃から他人の負の感情に触れてきたせいか、邪気に対する耐性はある方だ。その碧真でも、体に異常が出始めている。

(あの馬鹿、何処にいるんだ?)
 近くにいた筈の日和ひよりは、中々見つからなかった。結構歩いているのに、気配すら感じられない。

 早く見つけなければという焦りは苛立ちとなって、碧真の心を騒つかせる。

 ピタリと動きを止めた巳が、目的の物を見つけたかのように素早く動く。
 碧真は巳を追って駆け出す。徐々に光が見えて、黒い霧が晴れた明るい場所へ出た。

「クソガキ。無事だったか」
 巳が見つけたのは、眠っている美梅みうめを抱えた俐都りとだった。俐都は碧真が無事なのを見て、安堵の笑みを浮かべる。碧真は苦い顔で溜め息を吐いた。

「何だよ。その、あからさまに”お前じゃねえよ”的な反応は」
「実際、お前じゃないからな。無駄足を踏んだ」
「はあ!?」
 俐都の怒りを無視して、碧真は周囲へ視線を向ける。

 俐都の力が邪気を祓っているのか、周囲は清涼な空気に包まれ、呼吸がしやすい。碧真の体に纏わりついていた邪気も、瞬く間に消えていった。

「日和なら、ここにはいねえよ。空間を歪められて、何処かに放り出されたみたいだ。今、篤那あつなが探しに行ってる。ただ、何度も空間を捻じ曲げられたせいで、まだ辿り着けねえみたいだがな……」

 俐都の言葉に、碧真は眉を寄せて背を向ける。

「おい、クソガキ。何処に行く気だよ。危ねえから、ここにいろ。日和の事なら、篤那に任せておけばいい」

 制止の声を無視して前に足を踏み出す碧真に、俐都が溜め息を吐いた。

「今のお前は、日和との縁が無い状態だ。どう頑張っても、日和の元に辿り着くことは出来ねえよ」

 碧真は足を止めて振り返り、行き場のない苛立ちをぶつけるように俐都を睨みつけた。俐都は真っ直ぐに碧真を見つめて口を開く。

「人を繋ぐ縁。それを失ってしまうと、その人間に関わることが出来なくなる。記憶も薄れ、互いに必要な人間だと思えなくなって、自然と遠ざかっていくんだ。その人間の中にあった自分の存在を失うのと同義だな。まあ、クソガキがそれを望むのなら、問題無いんだろうが」

 拳を握りしめた碧真の表情を見て、俐都は呆れた顔をする。
 俐都は美梅の体を左腕だけで抱え直した後、碧真に近づき、右拳を前に出した。

「クソガキ。俺とジャンケンしろ」
「は?」
「俺に勝ったら、お前が今一番欲しいものをやるからさ。ほら、じゃんけんぽん」

 俐都はチョキを出す。碧真は何も出さなかった。

「何を……」
「クソガキはグーか。俺の負けだな。ほら、賭けた物をやるよ」

 碧真が握りしめていた拳をグーと判断して、俐都が右掌を上に向けて広げる。俐都の掌に山吹色の光が集まって、青く輝くサファイヤのような丸いたまを作り出した。

「大事な人間との縁は簡単に揺るがないと言う奴もいるが、俺はそうだとは思わねえ。どんなに強固なものでも、傷がつくし、傷ついた事実は変わらねえ。だから、大切なもんは、大切に扱わないといけねえんだ」 

 俐都は掌に収まった珠を、碧真の胸に押し付ける。

「大事にしろ。相手の為だけじゃねえ、自分の為にもだ」

 碧真の体に吸い込まれた珠が輝きを放つ。体が温かいものに包まれるような感覚に、碧真は驚く。

「クソガキを日和の所に案内してやってくれ」

 俐都が宙に向かって声を掛けると、一匹の小さな犬が姿を現す。普通の犬にはない、不思議な力を感じる。日和の加護の狛犬なのだろう。狛犬は頷くと、宙でクルリと一回転して、碧真の足元へ降り立った。

「あと、これやるよ」
 俐都はロングベストのポケットから取り出したものを、碧真に押し付けた。

「……何だこれ」
 俐都が渡してきたのは、歪な形の手作りの指輪だった。俐都に指輪をもらった事に、碧真はドン引きする。碧真がドン引きした理由を察して、俐都は焦ったように口を開いた。

「ちげえよ! 呪具だよ! 呪具! 邪気を跳ね除ける効果があるんだ!」
 よく見ると、指輪の内側に山吹色の術式が描かれている。不恰好な術式に触れると、碧真の周囲に山吹色の光の粒が散りばめられた。

「俺が作ったものだ。呪具作りは苦手だから、持続力も三十分程度の使い切りタイプ。持っているだけで効果がある。出来は良くねえが、無いよりマシだろう」

「………………どうも」
 碧真は、たっぷりと躊躇った後、ぶっきらぼうに礼を述べる。俐都は「可愛くねえ」と苦笑した。 

「さっさと行って、日和と仲直りして来い。早くしねえと、篤那が全部持っていっちまうぞ」

 俐都に軽く体を押された後、碧真は背を向ける。前を走り出した狛犬を追って、碧真は黒い霧の中を駆け出した。

 
***


 水中にプカプカと浮かんでいるような頼りない感覚。
 日和が目を開けると、紫色のまだらが散りばめられた暗闇の空間が広がっていた。
 
(何? 何か聞こえる……)
 周囲に響く複数の声。
 仰向けの状態で宙に揺蕩たゆたっていた日和の体が、紫色の斑へ近づいた。

(誰?)
 紫色の斑の中には、見知らぬ制服姿の少女が映し出されていた。

『こんなに好きなのに、どうして、あの人の好きな人は私じゃないの?』
 少女は目に涙を浮かべ、悲しい声で呟く。

 見ていた斑を通過すると、日和の前に、また別の紫色の斑が現れた。

『不幸になればいい。あの人も、あの子も』
 噛み締めた唇から血を流し、髪を振り乱す女性の姿が見える。

『嘘つき! 嘘つき! 私がこんなに想っているのに、裏切るなんて!』
『こんなに辛いなら、恋なんてしなければよかった!!』
『愛してるって言ったのに! どうして!?』
 
 紫色の斑に映し出されているのは、女性達が嘆く姿。どれも痛々しく、悲しみや憎悪に溢れていた。

(これは、一体……)

『彼女達を見て、何か気づくことはないか?』
 日和の頭の中に、少し高い男性の声が響く。声に促され、日和は心の中で答える。

(恋が叶わなかったこと?)
 女性達の嘆きの言葉は、全て恋に関することだった。

『ああ、そうだ。だが、あと一歩足りない。その呪具を通して、もう一度よく見てみるといい』
 
 紫色の斑に映し出された映像を、日和は眼鏡を通してジッと見つめる。

(邪気だ……)

 映し出された女性達の体から、薄灰色の煙のような邪気が漂い、日和がいる空間へと流れ込んでくる。空間へ流れ込んだ複数の薄灰色の邪気が混ざり合って、黒く濁っていくのが見えた。

(邪気が、この場所に集まっているの?)

『正解だ。神社を訪れた彼女達は、自分の願いを叶えなかった神に対して怒り、憎んだ。彼女達の嘆きが、邪気を生み出し、あの子を魔物に作り替えた』

(え!? どういうこと!? 何で、神社に来た人達が邪気を生み出すの!? それに、作り替えたって……。魔物さんは、最初から魔物ではなかったってこと?)

『ああ。あの子は本来、とても可愛らしい子だ。私が家を留守にしている間に、何処かの不届き者にそそのかされ、呪いを受けて魔物となったのだ』

(呪い……。ん? てか、今更だけど、誰なの? 私が作り出した空想の人?)

 のんびりと宙を揺蕩っていた日和の体がガクリと揺れる。日和の胴体に金色の糸が絡みつき、空中で半回転させられて、うつ伏せの状態になる。

『あちらへ移動するぞ』

(な、何!? もしかして、空想じゃないの!?)

 日和には、金色の糸を作り出す力はない。状況から考えて、今聞こえている声の主が何かしらの力を使っているのだろう。
 日和に巻きついた金色の糸の先は、空間の中心にある噴水のような形状の黒い柱に繋がっていた。

『あの子を救い出す為の時間を作って欲しい』

(時間稼ぎってこと? 私は何の力も無い一般人だよ? 無理じゃない?)

 日和が自信の無い返答をすると、声の主は笑った。

『怖いもの知らずだった前のお前なら、手段も考えずに”任せろ”と自信満々に言い放っていただろうな。今のお前は臆病な上、心も前のような清らかさは持ち合わせていない』

(前? てか、さりげなくけなしてる? 私を貶すの、どのくらいの規模で流行ってんの?)

『前のお前の言葉なら、あの子には、きっと届かない。今のお前だからこそ、あの子を理解し、寄り添える。お願いだ。あの子と話をしておくれ』

 真摯な祈りを、日和は断る事が出来なかった。

(……よくわかんないし、出来る保証は無いよ。それでもいいの?)

『ああ。頼んだぞ、日和』
 嬉しさを滲ませて、声の主は答える。

 魔物を救う為に行動することを決めた日和を、金色の糸が導く。 

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