呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第24話 魔物の集合体と篤那の守り神達

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 魔物の体を包んでいた山吹色の眩い光が収まると、美梅みうめの体が傾く。近くにいた俐都りとが立ち上がって、美梅の体を支えた。

「美梅さん!」
「大丈夫。無事だ」

 美梅は穏やかな寝息を立てて眠っている。日和ひよりが安堵の息を吐くと、空中から耳をつんざくような女性の金切声が上がった。

 驚いた日和が見上げると、炎のように髪を揺らめかせた巨大な黒い女性の影のようなモノが、暗闇の中から浮かび上がっていた。

「何あれ……」
「この異界の主が、呪いによって植え付けられた魔物の集合体だよ」
 険しい顔をした篤那あつなが、影を見上げて答えた。

(呪い? 魔物の集合体を植え付けられた? 一体、どういうこと?)

『あの方を……あの……ああああああ!!』

 魔物の集合体が悲痛な叫び声を上げる。

 頭上に垂れ下がっていた色とりどりの無数の紐の先に、紫色の唇が次々と現れていく。碧真あおしは舌打ちした後、銀柱ぎんちゅうを右手に構え、ぼんやりと頭上を仰ぐ日和へ左手を伸ばす。
 
「は?」
 日和へ伸ばした手が空を切り、碧真は目を見開く。日和の体は近くにある為、距離を見誤ったわけではない。何かに妨げられたかのように、掴むことが出来なかったのだ。

 反対側にいた篤那が、碧真に小声で何かを告げる。碧真が目を見開いて固まっている間に、篤那が日和に近づいた。

「日和ちゃん。君の加護は今、俐都君の手に渡っているから危険だ。さあ、僕の方においで」
 篤那が日和へと伸ばした手を、俐都が掴んで止める。俐都は冷たい目で篤那を睨みつけた。

「あんた、もういい加減帰れ。昔どれだけ凄かったとしても、あんたはもう死んだ人間だ。出娑張でしゃばって、”今”を引っ掻き回すんじゃねえよ」

「……俐都君は厳しいね。僕は君の相棒なんだから、優しくしてくれてもいいんじゃないのかな?」

「俺の相棒は、篤那だけだ。あんたじゃない」
 俐都は真っ直ぐに射抜くような目で、篤那を見つめる。

「おい、いい加減に起きろ。出番だぞ、バカ篤那」

 柔らかな風が吹き、篤那の纏う雰囲気がフッと変わる。閉じていた目を開いた篤那は、ぼんやりと俐都を見つめる。俐都は不敵な笑みを浮かべた。

「ぶちかませ。篤那」

 篤那が頷くと、頭上に金色に輝く蹴鞠大の四つの玉が現れる。金色の光の箱型の結界が現れて、篤那達を包み込んだ。
 
 光り輝く四つの玉が弾けると、金色の光を纏った人の形をした小さな生き物達が姿を現した。
 
「こ、小人? コロポックル?」

「俺の守り神達だ」
 戸惑う日和に、篤那が答える。

悠遠ゆうえん紗夜さや恋歌れんか十蔵じゅうぞう
 篤那の呼び声に、小さな守り神達は応えるように順番に頷く。

 旅人のような服装をした短髪の勝ち気そうな男の子が、悠遠。夕陽色の着物を身に纏った可愛らしい女の子が、紗夜。天女のような羽衣を身につけた綺麗な女の子が、恋歌。外套がいとうを羽織った書生のような服装で、涼しそうな顔をした男の子が十蔵という名前らしい。

 篤那が指揮者の如く右手を持ち上げると、小さな守り神達が結界の上に横に一列に並ぶ。

 頭上に垂れ下がっていた色とりどりの無数の紐が蛇のような動きで、日和達に向かって伸びる。紐の先にある紫色の唇が開き、鮫のようにギザギザとした鋭い歯で攻撃を仕掛けてきた。

 可愛らしい小さな守り神達は、互いに目配せをして頷き合う。

「全方位攻撃」
 篤那の言葉と共に、悠遠の手に二丁拳銃、紗夜の前に大砲、恋歌の手に機関銃、十蔵の手にライフルが現れた。

 それぞれ違う武器を構える守り神達の体が、金色の光を帯びる。

「殲滅だ!」
 篤那が持ち上げていた右手を振り下ろすと同時に、金色の光を帯びた弾丸が宙を駆ける。

 悠遠は舞うように体を操り、接近して来た敵を二丁拳銃でリズミカルに撃ち抜いていく。
 紗夜は自分の体の三倍はある大きさの大砲で、紐の根本部分に向かって攻撃していく。
 恋歌は機関銃を振り回して、次々に敵を蜂の巣にしていく。
 遠い距離の敵を、十蔵がライフルで一体ずつ的確に仕留めていった。

 小さな守り神達は見事な連携で、周囲にいたおびただしい数の敵を殲滅した。

「凄い……」
 日和が呆然と呟くと、俐都が溜め息を吐いた。

「本当、羨ましいぜ。篤那の守り神達は素直だし、危ない時は進んで結界を張ってくれるし。俺の守り神とは大違いだ」

 敵の姿が消えると同時に、篤那達を囲う結界が消える。
 仕事を終えた小さな守り神達は、篤那の両肩や頭の上に飛び乗った。

「ありがとう」
 篤那は自分の守り神達を大切そうに指先で撫でる。守り神達はふわりと幸せそうな笑顔を浮かべていた。

「篤那さんの守り神様達、可愛い」 
 可愛らしい守り神達を見て、日和も笑顔になる。篤那は穏やかに笑った。

「それに、強い。俺にとって、大切な存在だ」

 同じ思いだと言うように、守神達が篤那に抱きつく。平和な光景に、日和の心が和んだ。

「みんな、篤那さんのことが大好きみたいだね」
「俺は、小さいものに好かれやすいからな」

「あー、なるほどな」
 碧真が納得したように頷きながら、俐都へ視線を送る。

「おい、クソガキ。何が言いたい?」
「別に、なんでも」
 碧真が鼻で笑うと、俐都は眉を吊り上げた。
 
「おい! お前、今俺のことを小さいって」

 俐都の背後に黒いモノが迫る。俐都は即座に反応し、自分に向かってきた魔物の集合体の手を、振り返り様に左手で掴んだ。

「いい加減にしろよ」
 俐都の手に山吹色の光が宿る。俐都は魔物の集合体の手を強い力で引っ張った。引き寄せた魔物の集合体の顎を、俐都は右足で思い切り蹴り飛ばす。

 山吹色の光が弾けて、魔物の集合体が悲鳴を上げながら光に飲み込まれて塵となっていく。消滅に抗って揺れる魔物の集合体を、俐都は鋭い目で睨みつけた。

「お前は負けた。諦めろ」

『嫌だ! やっド……欲ジィ! アノガタグァ欲ジッ……』
 壊れたラジオのような声を上げながら、魔物の集合体は完全に姿を消した。

「……”あの方”って、誰なの?」
「それは」

 日和の疑問に篤那が答えようとした瞬間、足元から黒い霧が噴き出した。黒い霧は日和達の体を包み込み、視界を真っ黒に染めていく。

(これは、邪気?)
 日和の足元が揺らぐ。しっかりとした畳の感触の代わりに、ブヨリとした不気味な感触のする膜のようなものが日和の体を飲み込んだ。


***


 目の前に広がる濃い邪気に、碧真は顔を顰める。

 右腕で口元を覆った後、日和が立っていた場所へ向けて左手を伸ばす。自分の伸ばした手すら見えなくなる程の視界の悪さのせいか、碧真の手は何も掴めないまま空を切った。 

 ──”君と日和ちゃんの縁は失われた。君はもう、日和ちゃんに触れることは出来ないよ”。
 
 愉悦を滲ませた篤那の声が蘇る。
 碧真と日和の間にあった縁は、魔物との賭けによって、今は勝者である俐都の手にある。

(いらないものだ。日和との縁なんて、どうでも……)

 邪気が更に増していくのを感じて、碧真は苛立つ。
 碧真が作り出す結界でも、ある程度は邪気を防ぐことは出来る。しかし、結界も張れない一般人の日和では、邪気の影響をまともに受けてしまう。

 碧真は加護のへびを顕現する。

 巳は、動物の蛇と同じように視力は悪いが、特殊な器官で熱を感知して赤外線でモノを捉えることが出来る。

 碧真の思考を読んだ巳が、青い光を纏ったまま、黒い霧の中を進む。
 
 巳の気配を頼りに、碧真は日和を探す為に歩き出した。 

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