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第六章 恋する呪いの話
第14話 ドS碧真流の壁ドン
しおりを挟む『ねえ、石美は~、どっちがタイプ~?』
『もー、石子から言いなよ~』
『え~? じゃあ、私は篤那キュンで』
『やっぱり~。石子はそっちだと思った。じゃあ、私はツンデレ君にするわ』
(ツンデレ君って、もしかしなくても俺だよな……)
浮かれたように楽しげに話す石像の魔物達。人間の女性同士のような会話だが、見た目は土偶に似ている魔物達だ。碧真から見たら、悪夢のような光景である。
顔を寄せ合って話していた石像の魔物達が、碧真と篤那へと体を向ける。
『あなた達は、今から私達の彼氏ね。本来必要な胸キュンポイントは百。今までのマイナス六十胸キュンポイントを分けて、私達を個別に八十胸キュンさせたら合格~』
『合格できなかったら、姫様の部屋への扉は開けないからね。ちゃんと彼氏として、私達を胸キュンさせて!』
石像石子が篤那の元へ移動し、石像石美が碧真の元へ重たい体を引きずって来る。碧真を見上げて、石美は頬を桃色に染めた。
『私のことは、心から溢れる愛情を込めて「石美♡」って呼んでね』
(心から溢れる感情は殺意しかないんだが……)
碧真は死んだ目で石美を見下ろす。
『ふふふふ』
石美の体から、黒い靄が漂い始めた。石美は愉悦の笑みを浮かべて口を開く。
『出よ! 乙女アイテム”いい感じの壁”!!』
高らかな声と共に、石美の背後に巨大な白い壁が出現した。碧真は銀柱を取り出して構える。
(一体、どんな攻撃を仕掛けて来るつもりだ?)
碧真が警戒して睨みつけていると、壁の前にいる石美は怪訝そうな顔をした。
『どうしたの? 早く、こっちに来て。壁ドンしてよ~』
「……は? 壁ドン?」
『そう! 乙女の心をガッチリ掴む、強引かつ男らしい仕草!! さあ、ドーンと壁ドンして』
(ドーンと爆破させてやりてえ……)
碧真は銀柱を握りしめて額に青筋を立てる。殺意を滲ませて佇む碧真に、石美はムッと顔を顰めた。
『何? その冷たい目! 私のこと、好きじゃないの!?』
ヒステリックな喚き声に、碧真はゲンナリする。キッと目を吊り上げた石美の体が、徐々に膨れ出した。
『胸キュンポイント、マイナス』
「待つんだ、石美ちゃん! 彼はツンデレだ。冷たい態度を見せることが、必ずしも嫌いを表すものではない」
石美の言葉を遮って、篤那が声を上げる。
「天邪鬼な彼の態度の裏にある、寂しさや臆病さ、過去に負った心の傷。それに気づき、傷を癒して結ばれる純情なヒロインが君なんだ!」
「は? あんた、何を言って」
「えっ!? 私がヒロイン!?」
ヒロインという言葉に惹かれたのか、石美が嬉しそうな顔で元の姿に戻る。篤那は力強く頷いた。
「君というヒロインは、愛されるだけの受け身な存在ではない。健気に一途に彼を思い続け、心の傷を癒やし、一番の理解者になることで、君達は誰よりも深い愛で結ばれた恋人同士になれる! 君達の愛に、日本中が涙と感動に包まれ、愛の素晴らしさを人々に伝えるだろう。君なら出来る! 頑張って、彼の心を掴むんだ!」
「いや、マジであんた何言ってんだよ!? 意味わかんねえし、誰がこんな魔物と」
『はい! コーチ!! 私、頑張って彼の心を癒やします!!』
「お前も何でそんなにチョロイんだよ!! 少しは脳みそ詰めてこい!!」
「こら。ツンデレ君。そんなに大きな声を出したら、血管が可哀想だろう。もっと自分を大事にしろ」
「あんたが! 怒らせてるんだよ!! つうか、俺はツンデレじゃねえよ!!」
篤那との噛み合わないやり取りに、碧真は一気に疲労を感じた。篤那が碧真の肩に手を置く。
「大丈夫だ。君には石美ちゃんがいる。君は幸せになっていいんだ」
『ツンデレ君。私が、あなたの全てを受け止めるわ!』
温かい笑みを浮かべる篤那と石美に、碧真は殺意を通り越して無の境地になる。表情筋が何度目かの死亡を迎えた碧真の耳に、篤那が顔を寄せて小声で囁く。
「君も彼女と向き合わないと、ここから出られない。どうか、頑張ってくれ」
「……俺に横から色々言っている暇あんのかよ。そっちだって、魔物が」
篤那へ視線を向けた後、碧真は顔を歪める。篤那の腕には、寄り添うように石子がべったりとくっついていた。
『胸キュンポイント一万。篤那キュン。石子のこと、もう好きにして♡』
(既に陥落させてやがるだと!?)
「……あんた、どうやって」
「後ろから抱きしめて、そっと囁いたり、頭を撫でただけだ」
篤那は何でもないことのようにしれっと言って、石子の頭を撫でる。
『バックハグからの甘い囁き、頭撫で撫での三連奥義とはやるわね、篤那君。恐ろしい逸材だわ。ツンデレ君! こっちは必殺壁ドンで対抗するのよ! 彼らに勝つには、それしかない!』
「……必殺っていうなら、殺していいか?」
『え? 悩殺していいか? つ、ツンデレ君ったら大胆!! 石美に何をするつもりなの!?』
「はっ倒すぞ!」
『え!? そんな、押し倒すだなんて! キスもまだなのに、早すぎるわ!!』
「そんな展開ねえよ!!」
石美は頬を染めて、恥じらうような仕草で頬に両手を添える。恐ろしく花畑な思考回路だった。
「ツンデレ君、頑張れ。俺達は、ここで君達の色恋を見守っている!」
「色恋じゃねえし、ギャラリー決め込んでんじゃねえよ。こいつだって、あんたが相手したらいいだろうが」
あっさりと石子を陥落させた篤那なら、石美だって余裕だろう。篤那は首を横に振る。
「彼女が求めているのは、君であって、俺ではない。俺が手出しするのは野暮だし、それに……」
篤那は碧真の目をジッと見つめる。何か考えがあるのかと思わせる程の真剣な瞳に、碧真は身構えた。
「君が口説いているのを見る方が面白そうだ」
「~~っ。あんたなあ!」
碧真の怒りを、そよ風の如く受け流し、篤那は小さく笑みを浮かべる。
『ツンデレ君。私と素敵な恋をしようね!』
石美が上目遣いで碧真を見上げる。モジモジとして頬を赤らめる仕草は、『ヒロイン』というものを意識した作り物じみた不気味さを感じた。
元より細かった碧真の我慢の糸がプツリと切れる。
碧真は石美の後頭部を右手で掴み、壁に勢いよく叩きつける。鈍い衝突音が響き、壁の一部が欠けて崩れ落ちた。
『ちょっと! 何をするの!?』
砂の上に倒れたまま、石美が抗議する。
「何って、壁ドンだろ?」
『は? ぜ、全然ちがう!! 壁ドンっていうのは、もっとこう、独占欲を感じるようなトキメキいっぱいの愛情表現なの!!』
「ああ、悪いな。俺はツンデレらしくて、愛情表現が苦手なんだよ」
吹っ切れた碧真は、右足で思い切り石美を踏みつけ、冷酷な目で見下ろす。
「俺を受け入れると言うのなら、与える痛みだって受け入れてくれるんだろう?」
碧真の口元に浮かぶ残忍な笑みに、石美は目を見開いた。
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