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第六章 恋する呪いの話
第10話 石像の魔物達
しおりを挟む「何だ? これは……」
目の前に突然現れた二体の石像を警戒しながら、碧真は立ち上がる。
「幻覚を見せる魔物と同じく、異界の主が作り出した魔物だろう」
篤那が眉を寄せて答えた。
二体の石像が小刻みに体を揺らす。からくり人形のようにパカリと開いた口から、女の悲鳴のような甲高い声が上がる。不快な声に顔を顰めながら、碧真は攻撃に備えて身構えた。
『トキメキ!』
右側の魔物が言葉を発しながら、もう一体の石像の方へ体を向ける。
『ドキドキ!』
左側の魔物も同様にもう一体の方を向き、二体は向かい合った。
『『胸キュンターイム♡』』
魔物達は碧真達の方へ体の向きを変え、首を傾げて頭部をくっつけて、両手をこちらに向けて開く。テレビのアイドルがやりそうな仕草だが、やっているのは可愛さが死滅している土偶のような見た目の魔物達だ。
「何だ、このクソウザい化物共」
碧真が辛辣な言葉を浴びせた瞬間、ノリノリだった魔物達の体が小刻みに震え出した。
『マイナス八十胸キュン~~』
『処刑まで、あと残り二十胸キュン~~』
地を這うような不気味な声と共に、子供くらいのサイズだった魔物達が成人の三倍くらいの背丈にまで大きくなり、碧真達を見下ろした。
魔物達の手には、鋏の柄が片方ずつ握られており、刃の部分が碧真と篤那を挟むように広がっている。魔物が鋏を動かせば、碧真と篤那は体を半分に切断されてしまうだろう。
碧真は上着の背中の裏地に仕込んだ銀柱を取り出そうとする。篤那が碧真を制するように右腕を上げた。
「落ち着け。すぐに攻撃されるわけじゃない」
「何でわかんだよ」
冷静な篤那を、碧真は苛立ち混じりに睨みつける。
「攻撃する気なら、もうとっくにしているだろう。それに、”処刑まで、あと残り二十”と魔物が口にした。処刑が鋏による攻撃で、”胸キュン”というものが処刑が実行されるまでの残りのカウントだ」
『正解!』
『だけど、ざーんねん。胸キュンポイントなし~~』
魔物達が楽しそうに笑う。「ウザい」と言おうとした碧真の口元を、篤那が左手で覆う。不快に思った碧真は、篤那の手を叩き落とした。
「触るな。気色悪い」
「ごめん。潔癖症か?」
篤那は気分を害した様子もなく、魔物達へ視線を移す。
「君達の望みは? 胸キュンポイントとは何だ? 教えてくれないか?」
篤那の問いに、魔物達は顔を見合わせて楽しそうにクスクス笑う。
『えー? どうしよっかなー?』
『ん~でも~。教えてあげてもいいかも。あの人、超イケメンだし、なんか可愛くない?』
(クソウゼェ……)
楽しそうな魔物達とは反対に、碧真の不快度は増す。今すぐ言葉と力でへし折ってやりたいが、それは愚策だろう。
『私達は、胸キュンを求めている乙女!』
『胸キュンとは、胸が高鳴るトキメキ! 愛の力で、私達のハートをキュンキュンさせて欲しいの!!』
魔物達がウインクをして、ひょっとこのように唇を突き出す。石像とは思えない程にイキイキと変わる魔物の表情とは反対に、碧真の表情筋と目が死んだように石化していく。
「君達をときめかせたらいいのか」
顎に手を添えて考え始める篤那に、碧真は引いた。
「あんた、魔物の言葉に従う気か?」
「ここは魔物達の世界だ。力ずくで壊すのも手だが、下手すると、異界内の別の場所に飛ばされる可能性がある。魔物と正攻法で勝負して勝っていく方がいい。要するに、ゲームのようなものだ」
専門外の碧真は、神や魔物相手の経験がある篤那の意見に何も言えない。
落とし穴へ目を向けるが、日和と俐都が戻ってくる気配はなかった。
「大丈夫。俐都は強い。日和は無事に戻ってくる。その時に、仲直りしたらいい」
「……元々、直す仲なんてない」
碧真が吐き捨てると、篤那はキョトンとした顔をする。
「君は日和のことを大切にしているように見えたが……もしかして、ツンデレなのか?」
「は? どういう思考回路してんだよ」
「『好きなのに嫌いと言う=ツンデレ』という思考回路だ」
「説明を求めてたんじゃねえよ。何だ、この天然野郎」
「俺は、自然由来の天然物として生まれたのではない。ちゃんと人と人の間から生まれた人由来の人工物だ」
「~~っ! そうじゃねえよ! つうか、マジで思考回路意味不明すぎんだろ!」
キリッとした大真面目な顔で馬鹿なことを言う篤那に、碧真は声を荒げる。
「君も怒りんぼか。俐都と似ているな。血管を大事にするんだぞ」
篤那が慰めるように、碧真の肩に手を置く。噛み合わない会話に精神を削られ、碧真は遠い目をした。日和の言葉を借りるなら、今すぐ家に帰りたい。
『ちょっと~。無視するとか、マジ傷つくんですけどぉ』
『今すぐ処刑しちゃおっかなぁ?』
魔物達が不満そうな声を上げ、鋏の刃が碧真達に近づく。
「君達を蔑ろにするつもりはなかった。ごめん」
篤那は魔物達を見上げる。僅かに眉を下げた篤那の表情に、魔物達は頬を桃色に染めた。
『え、ちょっと、子犬みたいな可愛ゆい顔するとか反則なんですけどぉ!』
『ま、まあ、謝るなら許してやらないこともないけどね!』
「それはよかった。ありがとう」
篤那の微笑みに、魔物達は小刻みに体を震わせる。
『やっば~い! トキメキラブメキなんですけどぉ!?』
『マジそれな! 胸キュンポイント、十ポイント!!』
碧真達のすぐ側まで迫っていた鋏の刃が離れる。どうやら、篤那は無意識に魔物達の望むトキメキを与えたようだ。
「胸キュンポイントは、何ポイント集めれば良いんだ?」
篤那が首を傾げて魔物達に問う。マイナス百になれば、魔物達は鋏で碧真達を処刑する。今はマイナス七十だ。
『胸キュンポイントは、百になったら合格!』
『合格したら、姫様の部屋に繋がる場所へ招待して上げる。不合格なら、姫様の部屋には一生辿り着けないわ』
「姫……。この異界の主か」
篤那の言葉に、魔物達が頷いた。
(この魔物達の茶番に付き合わないと、親玉の元まで辿り着けないということか……)
碧真は苦い表情を浮かべる。篤那は魔物達を見上げると、思案げに眉を寄せた。
「君達、もう少し小さくなれないか?」
『はあ? 何で?』
「君達を口説こうにも、今の俺は君達より随分と小さい。君達が望むトキメキを与える為にも、小さくなってくれると有り難い」
魔物達は顔を見合わせて頷き合うと、篤那の願い通り、成人女性くらいの大きさに縮んだ。
魔物達が手にしていた処刑用の鋏が消える。篤那の口元に浮かんだ笑みを見て、碧真はハッとする。
(何も考えていない馬鹿だと思ったが、これが狙いか)
篤那は魔物達を油断させる為に、願いを聞くフリをした。魔物達に小さくなるように言ったのは、武器である鋏を使用出来なくする為だろう。碧真は、篤那に合わせて攻撃に移れるように身構える。
(二体同時に叩くか、それとも一体ずつ倒すつもりなのか……)
「よかった。見上げるのに慣れていなくて、ずっと首が痛かったんだ」
ふやけたように微笑む篤那に、碧真は一気に冷めた表情になった。
(……やっぱ馬鹿だったか。期待した俺も馬鹿だったな……)
「俺の名は天翔慈篤那。君達の名前は?」
篤那は魔物達に向かって律儀にも自己紹介をする。魔物達は顔を見合わせると、首を横に振った。
『私達に名前はないわ』
『姫様に呼ばれることもないものね』
「そうか。それなら、俺が君達の名前を決めよう」
篤那は少し思案した後、良い案が浮かんだのか花が咲いたように笑った。
「石像石子と石像石美でどうだ?」
(ネーミングセンスまで理解不能なレベルとか……。こいつの脳内ヤバすぎだろ)
碧真はドン引きした。
『……私、嫌なんだけど。キラキラした名前がいい』
『だよね。特別って感じの名前がいい』
篤那の外見に頬を染めていた魔物達も、独特のネーミングセンスには引いていた。篤那はキョトンとした顔をする。
「何故だ? 可愛いし、他には無い特別な名前だろう?」
(こいつ、自分のセンスの無さに気づいてないのかよ……)
『え~??』
「君達につけた名前は、世界中どこを探しても存在しない。君達と同じように、唯一無二なんだ」
「……良い雰囲気で纏めようとしているが、無理があるだろう」
『はグゥ! ときめいた!! 胸キュンポイント、十ポイント!!』
『やばい。これが、イケメンの魔力! 最初は微妙だと思ったけど、むしろ、その名前で呼んで欲しすぎる!』
はしゃいだ声を上げる魔物達に、篤那は満足そうに微笑む。
(マジでこの空間無理なんだが……)
他との温度差に、碧真は一人遠い目をした。
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