呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第8話 甘い幻覚

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 赤い鳥居を潜った碧真あおしの前に広がっていたのは、暗闇と白い砂だけの広い空間だった。

天翔慈てんしょうじの奴達がいない? 離されたのか?) 

 先に鳥居を潜った筈の篤那あつな俐都りとの姿が無い。碧真と日和ひよりが鳥居を潜るまで一分程の時差はあったが、遮る物がない中で視界から消えるほど離れることは出来ない筈。

「碧真君」
 後ろにいた日和が、少し強張った表情で碧真を見上げる。鳥居を潜った時差が少なかった為か、日和とははぐれずに済んだ。

(鳥居を同時に潜らない場合は、別の場所に落とされてしまうのか? これから、どうするか……)

 異界など初めて来たので、どう対処していくべきかわからない。
 進む道は見えないが、この場にいても意味は無いだろう。

(進めば、鳥居のように何処か別の場所に行ける入口があるかもしれない)

「行くぞ」
 歩き出そうとした碧真は、上着を引っ張られて足を止める。いぶかしみながら振り返ると、日和が碧真の上着の裾をそっと掴んでいた。

「何だ?」
「ご、ごめん。ちょっと怖くなって……。その、手を繋いで欲しいなって……」
「は?」
 碧真は眉を寄せる。拒否されたと思ったのか、日和は悲しげに眉を下げた。日和の体は震えており、今の状況に怯えているように見えた。

 碧真は溜め息を吐いた後、日和の手を掴む。

「ほら、これでいいんだろ?」
 繋いだ手を見て、日和は満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう。碧真君」
「……ここで立ち止まられたら、迷惑だからな」
 碧真がぶっきらぼうな返事をすると、日和は楽しそうに笑った。

「私、碧真君のそういう優しいところが大好きだよ」
「……は?」
 不意打ちで言われた好意の言葉に、碧真は面食らう。

「いつも守ってくれてありがとう。一緒にいてくれる人が、碧真君で良かった。これからも一緒にいて欲しいな」

 日和は、碧真の手を両手で包み込む。

「おい、日和?」
 戸惑う碧真との距離をゼロにするように、日和は更に近づく。日和は碧真を上目遣いで見つめる。日和の頬は少し赤く色づいていて、目はとろけるように甘い色を帯びていた。

「碧真君。私、碧真君のこと、ずっと前から好」

「オラあああっ!!!」
 日和の言葉を掻き消すように、男の声と破壊音が周囲に響く。空間に差し込んだ山吹色の光の眩しさに、碧真が目を閉じた瞬間、何かが頬に勢いよくぶつかった。

 急な衝撃に対応する事も出来ずに、碧真は砂の上に転がる。クラクラする頭を押さえながら体を起こすと、空間の一部が割れているのが見えた。

 碧真の足元の砂の上には、割れた破片を咥えて気絶している加護のへびがいた。
 自ら顕現していることから考えて、飛んできた破片から碧真を守ろうとしたのだろう。碧真の頬にぶつかってきたのは、飛んで来た破片の衝撃を受け止めきれなかった巳の体というわけだ。

 碧真が頬の痛みに顔を顰めると、砂を踏みしめる音が聞こえた。碧真は袖に仕込んだ銀柱ぎんちゅうを即座に抜き取って構える。音がした方へ視線を走らせれば、碧真を見下ろす俐都の姿があった。

 俐都は気まずそうな顔で、碧真に手を伸ばす。

「悪い。思っていたより、魔物の結界が脆くて破片が吹き飛んじまった。怪我はないか?」

 どうやら、碧真が倒れたのは、俐都が馬鹿力を発揮した事が原因らしい。碧真は顰めっ面のまま、俐都の手をパシリと払い除けた。

「もっと考えて力を使えよ。単細胞」
「はあ!? お前、せっかく俺が心配して」
「頼んでない。少しは周りの被害を考え……」

(日和は!?)
 碧真はハッとして、周囲に視線を走らせる。三メートルほど離れた場所に、砂の上に倒れている日和の姿を見つけた。

「日和!」
 碧真が焦って立ち上がろうとすると、俐都に肩を掴まれて止められた。呪具の効果もあるのか、身長が小さい割に俐都の力は強く、碧真はその場に抑えつけられた。

「おい! 何すんだよ」
「お前には、あれが狛犬の子に見えるのか? 相当、幸せな幻覚を見せられてたんだな」

「は? 幻覚?」
 碧真は再び日和へ視線を向けた後、目を見開く。
 
 日和の姿は消え、代わりに不気味な黒い塊のような物体が振動しながら小さく動いていた。気持ち悪さを感じる物体に、碧真は顔を顰める。

「何だ、あれ?」

 俐都が呆れた顔をして、碧真を見下ろす。
 
「さっきまで、お前が狛犬の子だと思って密着していた魔物だ。今にも取り込まれそうになってたんだぞ、お前。加護が必死にお前を止めようとしている事にも気づかねえし。好きな子の幻覚と本物の見分けがつかないんじゃ、狛犬の子が怒るんじゃねえの?」

「は? 俺があのバカを好きなわけがないだろう」

 碧真は幻覚を見せられていたのだろうが、日和に対して恋愛感情を抱いているわけがない。

「嘘つけよ。密着されて、顔を赤くしていた癖に」
「はあ? 赤くなってない。あんた、目の細胞死滅してんのか?」

 碧真は眉を吊り上げる。俐都は更に呆れた顔になった。

「……まあ、どうでもいいが。専門外とはいえ、少しは危機感を持てよ。鬼降魔きごうま

 俐都は碧真に背を向けて、魔物の方へ歩き出す。魔物がいる方角から、複数の人間の奇声が聞こえる。声が並べ立てる恋愛的な好意を表す感情の言葉は、まるで呪詛のようだと碧真は思った。

 俐都の両拳に宿った山吹色の眩い光に怯えて、魔物は宙へ飛び上がって逃げる。

「逃がすかよ!」
 俐都の履いているブーツが、山吹色の光を帯びる。周囲に砂埃を残して、俐都の姿が砂上から消えた。

 宙に煌めく山吹色の光。
 俐都が人間技とは思えない跳躍力で、宙へ逃げた魔物の正面に移動していた。

「オラぁ!!」
 俐都が魔物を殴りつける。殴られた魔物が、碧真の頭上に向かって勢いよく落下してきた。

 碧真は舌打ちして、地面に銀柱を投げて箱型の結界を生成する。魔物がぶつかる衝撃で結界にヒビが入ったが、碧真に直撃するのを防ぐ事は出来た。

「トドメだぁ!!」
 安堵していた碧真は、上空から降り注ぐ俐都の声に嫌な予感を覚える。予感を的中させるように、俐都は結界の上で伸びている魔物にトドメの踵落としを喰らわせた。

 破壊された結界と魔物の下敷きになって、碧真は地面に倒れる。
 魔物が祓われて、光の粒と共に消えていった。

 俐都は、踵落としの体勢から後方に宙返りをして地面に着地した後、壊れた結界と倒れた碧真を見て青ざめる。

「は!? 嘘だろ!? このくらいで壊れるとか、鬼降魔の結界もろすぎねえ!? おい、クソガキ! 大丈夫か!?」

 俐都は焦りながら碧真に近づく。碧真は砂を握りしめ、よろけながらも立ち上がった。

「この単細胞が!! いっぺん全細胞ごと死滅しろ!!」

 碧真は額に青筋を立て、俐都の顔に向かって握っていた砂を力いっぱいに投げつける。
 思わぬ攻撃で目に砂が入った俐都は、両目を押さえて呻いた。

「なあああ! クソガキが!! 砂とか反則技だろうが!!」
 地味だが、かなり痛い攻撃に、俐都が涙目になって叫ぶ。

 怒りが収まらなかった碧真は、袖に仕込んでいた銀柱を抜き取り、俐都の足元の地面に投げつける。碧真が指を鳴らして爆発術式を発動させると、地面に大量にある砂が弾けて、俐都の全身に降り注いだ。

 全身を砂まみれにされて、俐都も額に青筋を立てる。

「テメエ! いっぺん泣かす!!」
「やってみろ! この単細胞が!!」

 俐都と碧真は、互いに攻撃を繰り出す。

 二人の喧嘩は、俐都が破壊した空間の壁とは反対側の壁を篤那に破壊され、金盥を落とされて鎮められるまで続けられた。


『幻術……まだ使える』

 悪巧みをするような楽しげな声。

 魔物が消えた後に、砂の上に残されていた紫色のまだら模様の入った黒の花びら。花びらが宙に浮かび上がり、手品のようにパッと消えたことに、碧真と俐都は気づかない。

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