呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第5話 異界

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「……美梅みうめさん!!」

 日和ひよりは大きな声で美梅を呼ぶ。美梅を飲み込んだ暗闇と一緒に消滅してしまった可能性が頭に浮かび、日和は一気に青ざめた。

「もしかして、魔物の親玉に気に入られでもしたのか? 最奥まで連れて行かれたのなら、連れ戻すのは厄介だな」

 思案げな顔で言う俐都りとを、日和は振り返る。

「最奥? 魔物? 一体、何が起きているんですか?」
「おい、落ち着けバカ」
 俐都に近づこうとした日和を、碧真あおしが止める。日和は懇願の眼差しで、俐都を見つめた。

「お願いです! 何か知っているのなら、教えてください!」
 
 総一郎そういちろうを想って幸せそうに笑っていた美梅。
 美梅が、もう二度と帰って来られないのだとしたら……。
 
「ごめんな。今のは俺が悪かった。た、頼むから泣くなよ? な?」
 今にも泣き出しそうな日和の表情に、俐都は失言を悟って狼狽うろたえる。日和を心配して近づいてきた俐都を、碧真が鋭い目で睨みつけた。

「あんた達、本当に何を知っている? 結人間ゆいひとま絡みのことか?」
 碧真の言葉に、日和は驚いて目を見開く。

「結人間? なんで?」

「そのチビの手袋とブーツ、イヤーカフも、壮太郎そうたろうさんが作った呪具だ。術式の構築が高度で複雑なものなのに、気持ち悪いくらい整然すぎる」

「へえ。壮太郎さんの呪具は、超レア物で滅多にお目にかかれる物じゃないのに、よく知ってるな。壮太郎さんに頼んで作ってもらってんだ! いいだろう! 俺の宝物だ!」

 俐都は嬉しそうな笑みを浮かべて、手袋を嵌めた手の甲を日和と碧真に見せる。手の甲にある銀色の金具には、術式が刻まれていた。

 どうやら、俐都は壮太郎と知り合いのようだ。俐都の様子から見ても、壮太郎に対して好意的な人物なのだろう。

(結人間の人なの? 私、てっきり……)

「おい、質問に答えろよ。あんた達は」
「俺達は、結人間家の人間ではない」
 篤那あつなが、碧真の言葉を否定する。

「自己紹介が遅れたな。俺は、天翔慈てんしょうじ篤那あつな天翔慈てんしょうじ家の人間だ」
天翔慈てんしょうじ俐都りと。同じく天翔慈家の人間で、篤那の右腕的存在だ。壮太郎さんに憧れているけど、結人間じゃない」
 
 天翔慈家という言葉に、碧真が僅かに目を見開く。

「安心しろよ、クソガキ。俺も篤那も、テメエの暴言に対して、鬼降魔きごうまに文句をつける程、器は小さくねえからよ。公式の場でもねえし、見逃してやるさ」 

 ──”三家の中の地位は、天翔慈家が一番上。結人間と鬼降魔がその下という位置付け。これは、昔も今も変わっていないみたいね”。

 日和は『名奪なと遊戯ゆうぎ』で出会った鬼降魔きごうま市佳いちかの言葉を思い出す。
 三家には上下関係が存在するようだ。碧真の態度は、本来なら家の立場的な問題として咎められるものなのだろう。

 碧真は神妙な顔で頷く。

「そうだな。身長だけではなく器も小さかったら、人間的に終わってるもんな」

 碧真が口にしたのは、謝罪の言葉ではなく、更なる暴言だった。予想だにしない発言に、日和と俐都は固まる。碧真の言葉を脳で処理し終えた後、俐都は一気に眉を吊り上げた。

「このクソガキがぁ! 舐めた口を!! ぶっ」
 バシッという殴打音と共に、俐都の言葉が途切れる。俐都の後頭部を叩いた篤那が溜め息を吐いた。

「俐都。怒ってばかりだと体に悪い。もっと自分を大事にしないと」
「人の後頭部を叩く奴のセリフじゃねえからな!? お前は言葉と行動を一致させろ!!」

「それより」
「だから、無視すんなぁ!! ド天然マイペース人間がぁ!!」
 俐都の訴えを無視して、篤那は真剣な顔で口を開いた。

「質問に答えよう。俺達は魔物の浄化を依頼されて、ここにやって来た」

「魔物の浄化? それ、天翔慈の仕事なのか?」
 篤那の言葉に、碧真が眉を寄せる。

「俺達が呼ぶ”魔物”は、人間に悪さする”穢れや邪気の集合体”みたいなモノだ。穢れや邪気の祓いは、天翔慈の専門分野だからな。依頼主の話では、三日前に生まれた魔物が、参拝客の縁を出鱈目でたらめに操り、災難に遭うように操作していたらしい。その魔物が人間を異界へ連れて行くのは、今回が初めてだろうな」
 
 俐都が説明して溜め息を吐いた。

「異界?」
 日和が首を傾げると、篤那が口を開く。

「現実世界でも神界でも地獄でもない、創造主である魔物が神として存在する場所。恐らく、君達は魔物に目をつけられ、この異界に招かれた。攫われた人は、異界の主である魔物がいる最奥へ連れて行かれたのだと思う」

「”この”と言ったな。まさか……」
 碧真の疑問を肯定するように、篤那は頷いた。

「俺達は既に、魔物が作り出した異界の中にいる」
 
 日和は目を見開いて周囲を見回す。どう見ても現実世界の光景にしか見えない。碧真が顔を顰めて溜め息を吐いた。

「神社に他に誰もいないのは、そのせいか」

 美梅と日和が上げた悲鳴に駆けつけたのは、俐都、篤那、碧真のみ。
 参拝客ならば、トラブルに巻き込まれない為に悲鳴を聞いても近づかないのは理解出来るが、神社で働く関係者なら、現状を把握する為に様子を見に来る筈だ。それも無いのは、明らかに不自然だった。

「本来は悪しきモノを寄せ付けない為の結界となる鳥居を、魔物が利用して、自分の作った異界に俺達を招き閉じ込めた。攫われた人を助け出して異界から脱出するには、主である魔物を祓わなければならない」

 篤那は両手を胸の前まで持ち上げた。両手に金色の光を纏った篤那は、目の前の空間を射抜くように見据える。

「我、なんじしんを問う。を晴らし、姿を現せ」

 篤那はうたうように言葉を紡ぎ出した後、勢いをつけて両手を合わせる。パンッと、柏手かしわでの澄み渡るような音と共に、金色の閃光が周囲に放たれた。

 日和が光の眩しさに閉じていた目を再び開けると、目の前には違う世界が広がっていた。

「……え? ここ何処!?」

「魔物が作った幻覚を解いた。ここが異界だ」

 日和達は、白い砂の上に立っていた。空や遠くの景色は真っ暗闇なのに、不思議と自分達や周囲にあるものを肉眼でくっきり見ることが出来た。
 
 日和達の前には、存在感のある大きな赤い鳥居が一つ、静かに佇んでいる。

 鳥居の向こう側は夜の海のように暗く、引きずり込まれてしまいそうな不気味さがある。飲み込まれたら、二度と戻れないかもしれないと感じて、日和はゾッとした。

 篤那がコートのポケットからドングリを取り出し、鳥居の中に投げ入れる。鳥居の中の空間は、水滴を落とした水面のように歪んだ。
 ドングリは鳥居の中に吸い込まれ、反対側に出る事はなかった。

「鳥居の中は、異界内の別の空間に繋がっている。何処に出るかはわからないが、進んで行けば、魔物のいる最奥へ辿り着ける可能性が高い」

「行くしかないだろうな。いなくなったのは、どういう奴だ?」

 俐都は碧真に問いかけた後、すぐに日和の足元へ視線を落とす。また狛犬達が何か喋っているのだろう。

「鬼降魔美梅。鬼降魔の人間か。それなら、話は早いな。おい、クソガキ。お前の加護で、いなくなった子の居場所を辿れるだろう?」

(そうか! 碧真君は美梅さんの加護と力を知っているから、居場所を探れるんだ!)

 日和は期待を込めて碧真を見る。碧真は面倒臭そうな顔をしながらも、加護のへびを顕現させた。

 碧真の足元に現れた巳は、鳥居の前まで這い進む。四人が見守る中、巳は首を傾げて碧真を見上げた。碧真は眉を寄せて苦い顔をする。

「辿れない。加護も本人の力も、何も反応が無い」

「妨害されているのかもな。仕方ねえから、地道に探すか。まあ、魔物が出てきても、全部ぶっ飛ばせば解決だな」

 俐都は気合を入れるように、手袋をしっかりと嵌め直す。篤那は、日和と碧真に視線を向けた。

「俺と俐都だけで鳥居の中に侵入し、君達には結界を張って、この場に待機してもらう事は出来る。ただ、この異界がどういう仕組みかはわからない。最奥に進まなくても、確実な安全は保証できない」

「異界の一部の空間ごと、結界が破壊されたことがあるもんな。あん時は、流石に俺も焦った」
 俐都は当時を思い出したのか、苦い表情で溜め息を吐いた。

「魔物が作り出した異界は、何が起こるかわからねえ。鬼降魔じゃ、分野的にも対処しきれねえだろうしな。狛犬の加護持ちの子も、狛犬達の力はそこまで強くないし、主力である神の加護も、周りに何もない状況じゃ意味が無い。守り切れるかは、微妙なところだな」

 俐都は日和を見て言う。篤那も同意するように頷いた。
 
「俺は四人一緒に行動する方がいいと思うが、君達はどうだろうか?」

 篤那に問われ、日和は碧真の横顔を見上げる。碧真は不本意そうに眉を寄せていたが、諦めたように溜め息を吐いた。

「わかった。あんた達と行く」
 
 行動を共にすることになった四人は、不気味な赤い鳥居へ近づく。
 俐都と篤那が先に鳥居の中に入った後、碧真は日和を振り返った。

「俺から離れるなよ」
 碧真の言葉に、日和は頷く。

 先の見えない暗闇の入口へ、碧真と日和は足を踏み出した。

 
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