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第五章 呪いを封印する話
第31話 天を憎んだ者の慟哭
しおりを挟む天翔慈家。神に愛され、神と人を結びつける尊き存在。
「そんなに、その名が偉いか? 神に愛された一族? 父を見殺しにしておきながら?」
父は死ぬ必要なんてなかった。
人の命を戯れのように扱う人間が、どうして神に贔屓されて、どうして敬われる? 自分の罪に苛まれることもなく、何故、幸せそうに生きている?
「そんなに戯れるのが好きなら、面白い遊びを提供しよう」
作り出したのは、『名奪リ遊戯』。
お前達が誇る、”天翔慈”という名を奪ってやろう。逃がさない。奪ってやる。お前達が大切にしているものを。
「今度は、こちらが奪い、お前達が奪われる番だ」
逃げ惑うのは、天翔慈の分家の子供二人。父が死ぬのを笑って見ていた人間達の子供。見下していた家の人間によって、自分の子供が奪われるのは、どんな気分だろうか。
名を奪われ、存在を奪われ、お前達はこの世界を彷徨う亡霊となる。
次々と名を奪われていく天翔慈家の二人の姿に、笑いが止まらない。
人型の『影』には、遊戯を長引かせる為に、対象の名を少しずつ奪うように命令している。
一瞬で終わらせてやるものか。
「奪われる恐怖を、痛みを、何も出来ない己の無力さを味わえ」
天翔慈家の二人の子供は、自分を守る為に、互いを生贄にして『影』から逃げようとする。
ああ、何て惨めで醜いことだろう。
『影』によって受ける痛みに怯え、気を失っているようだが、そんなの痛みの内に入らない。父が受けた痛みに比べれば、どうって事はないだろう?
「ああ、愉快だ」
加護の酉の背に乗り、地上で行われる遊戯を空から見下ろして満足していた。
奪った名は、どうしてやろうか。それを使って、今以上の復讐をするのもいい。
地上にいる二人の名前は、どちらも残り二文字程。四半刻も経たない内に、あいつ達は存在を奪われるだろう。
(……復讐を終えたら、一緒に)
これからの未来を思い描く。
大切な家族を二度と誰にも奪わせない。大切な人を誰にも傷つけさせない。幸せを誰にも邪魔させない。幸せな未来を手に入れる。
黄金色の光が地上を照らすのが見えた。
天翔慈の子供二人を襲っていた『影』が次々と壊されていく。酉に命じて近くに降り立てば、金色の輝きを纏った藍色の番傘が見えた。
塵となっていく影の集団を背に、番傘を持った人間が振り返る。
自分より小さな子供だった。
子供は穏やかに笑う。汚れを知らない綺麗な手にある七つの玉を見た時、思い描いた未来が壊される音がした。
***
「天翔慈家当主の息子の一人によって『名奪リ遊戯』は壊され、術者は『呪罰行き』となった。鬼降魔家の当主様は、天に逆らった私達を許さなかった。私達は、裁きを受けることになったの」
天翔慈家と鬼降魔家の当主様の前に引き出された私達は、一族の大人達から暴行を受けて死んだような目をしていたと思う。
私達を見下ろす当主様の冷たい目にゾッとしたのを覚えているわ。道端の石ころを見るような、感情の無い冷たい目。
「何故、天を害した?」
問われた時、私達がどういう思いを抱いたか。
「ならば、こちらが問おう。天が何をしてくれた? 父を奪い、幸福を奪う天など、誰が求める? 誰が尊ぶ? 天翔慈も神も、ただ在るだけで、地に這いつくばって生きる者のことなど顧みないくせに、どうして敬われるべきと宣う? 役立たずの神も天も滅びればいい!」
天翔慈家当主の目が鋭く光る。
「どうやら、反省の色が見えない様子。お前達には、罰を与えよう」
大人達に取り押さえられ、私と弟は引き離された。
「術者は牢へ。術者の家族は、禁呪が記された呪具の封印の贄となれ」
大人達の手には、杭と金槌が握られていた。当主様は笑った。
「よく見ておくがいい。これが、お前が犯した罪だ」
引き倒された体に杭が打ち付けられ、周囲に絶叫が響き渡った。
***
書庫で『名奪リ遊戯』の記述を読んでいた総一郎は顔を顰めた。
□□□□
『名奪リ遊戯』の封印について。
『名奪リ遊戯』の術式が描かれた呪具は、百を超える人間の血を浴びて力を蓄えた強力なもの。破壊すれば、その地に穢れを引き起こしかねない。
天翔慈家の当主様の命令で、呪具は破壊するのではなく、封印することになった。
封印は、生贄の体と魂を七つに切り分けて行う。
禁呪にあった術式の一部を用いて、生贄の名前を取り出す。生贄が流した血で術式の線を描き、切り分けた肉体を柱にした。肉体、魂、名を利用して、呪具に封印を施す。
封印が解ける事のないように、生贄の魂を『名奪リ遊戯』の異空間に閉じ込めた。
生贄の魂が輪廻の輪に乗ることは無い。永遠に異空間に囚われる。
愚か者が泣き喚いていたが、自業自得だ。
呪具は天翔慈家が管理することになった。呪具の”穢れ”によって周囲に被害が及ぶのを防ぐ為と仰っていたが、神に連なる一族でも、自分達の”存在”を脅かすモノに恐れを感じたのだと思う。
□□□□
頁には、複雑な封印の術式が描かれていた。
総一郎の知らない構築式が三分の一程ある。時間を掛けて調べて読み解く必要があった。
(……最悪わからなければ、丈を頼って、あの人に読み解いて貰い、封印の術式を完成させることは出来る)
結人間壮太郎の姿を思い浮かべて、総一郎は苦い顔をする。
頼りたくないが、頼りになる人物だ。
総一郎を嫌っているとしても、壮太郎は丈の頼みを断らない。総一郎は壮太郎に貶されるだろうが、背に腹は代えられない。
(問題は、『名奪リ遊戯』の封印には、一人の人間の命が必要ということか……)
総一郎は眉を寄せ、重たい溜め息を吐き出す。
解けてしまった封印を再び施すには、同じように生贄を要するだろう。
『呪罰行き』になった人間がいれば、その人間を生贄にすることは出来る。
しかし、鬼降魔幸恵は結人間家に引き渡され、今は呪罰牢には誰もいない状態だ。何の罪も無い人間の命を奪える筈もない。碧真達が子供達を無事に救出したとしても、すぐに封印を施すことは出来ないということだ。
(『呪罰行き』になる人間など、現れない方がいい。何処かに隠して、結界を張る方が……。いや、待てよ。呪具の管理は天翔慈家となっている。天翔慈家に判断を委ねた方がいいだろう)
鬼降魔で生まれた禁呪なのに、総一郎が『名奪リ遊戯』が封印されている土地を知らなかったのは、天翔慈家が呪具の管理をしていたからだろう。恐らく、父も知らなかった筈だ。
(呪具を管理している天翔慈家は、封印が解けていることを知っているのか?)
土砂崩れによって、崩壊した封印。災害が起きて壊れたのなら、周囲に被害が及ばないように対処するだろう。対処をせずに放置した理由は何なのだろうか。
総一郎は悶々とした気持ちを抱えたまま、本を読み進める。術による解説が続き、『名奪リ遊戯』の封印についての話が終わる。
後述された当時の鬼降魔家当主の言葉に、総一郎は目を見開いた。
□□□
今回の件で、天翔慈家の中でも、あの御方は特別だと感じた。
僅かな時間で異空間に閉じ込められた子等を救い出し、術者である愚か者を捕縛した。
神童という噂は誠であった。
『名奪リ遊戯』から子等を救い出したのは、天翔慈家当主の三番目の御令息。
天翔慈晴信様である。
□□□
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