呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

文字の大きさ
上 下
130 / 276
第五章 呪いを封印する話

第31話 天を憎んだ者の慟哭

しおりを挟む


 天翔慈てんしょうじ家。神に愛され、神と人を結びつける尊き存在。

「そんなに、その名が偉いか? 神に愛された一族? 父を見殺しにしておきながら?」

 父は死ぬ必要なんてなかった。
 人の命を戯れのように扱う人間が、どうして神に贔屓されて、どうして敬われる? 自分の罪に苛まれることもなく、何故、幸せそうに生きている?

「そんなに戯れるのが好きなら、面白い遊びを提供しよう」

 作り出したのは、『名奪なと遊戯ゆうぎ』。
 お前達が誇る、”天翔慈”という名を奪ってやろう。逃がさない。奪ってやる。お前達が大切にしているものを。

「今度は、こちらが奪い、お前達が奪われる番だ」

 逃げ惑うのは、天翔慈の分家の子供二人。父が死ぬのを笑って見ていた人間達の子供。見下していた家の人間によって、自分の子供が奪われるのは、どんな気分だろうか。

 名を奪われ、存在を奪われ、お前達はこの世界を彷徨さまよう亡霊となる。

 次々と名を奪われていく天翔慈家の二人の姿に、笑いが止まらない。
 人型の『影』には、遊戯を長引かせる為に、対象の名を少しずつ奪うように命令している。

 一瞬で終わらせてやるものか。

「奪われる恐怖を、痛みを、何も出来ない己の無力さを味わえ」
 
 天翔慈家の二人の子供は、自分を守る為に、互いを生贄にして『影』から逃げようとする。

 ああ、何て惨めで醜いことだろう。

 『影』によって受ける痛みに怯え、気を失っているようだが、そんなの痛みの内に入らない。父が受けた痛みに比べれば、どうって事はないだろう?

「ああ、愉快だ」
 加護のとりの背に乗り、地上で行われる遊戯を空から見下ろして満足していた。

 奪った名は、どうしてやろうか。それを使って、今以上の復讐をするのもいい。

 地上にいる二人の名前は、どちらも残り二文字程。四半刻も経たない内に、あいつ達は存在を奪われるだろう。

(……復讐を終えたら、一緒に)

 これからの未来を思い描く。
 大切な家族を二度と誰にも奪わせない。大切な人を誰にも傷つけさせない。幸せを誰にも邪魔させない。幸せな未来を手に入れる。
 
 黄金色の光が地上を照らすのが見えた。
 天翔慈の子供二人を襲っていた『影』が次々と壊されていく。酉に命じて近くに降り立てば、金色の輝きを纏った藍色の番傘が見えた。

 塵となっていく影の集団を背に、番傘を持った人間が振り返る。

 自分より小さな子供だった。
 子供は穏やかに笑う。汚れを知らない綺麗な手にある七つの玉を見た時、思い描いた未来が壊される音がした。


***


「天翔慈家当主の息子の一人によって『名奪リ遊戯』は壊され、術者は『呪罰じゅばつ行き』となった。鬼降魔きごうま家の当主様は、天に逆らった私達を許さなかった。私達は、裁きを受けることになったの」

 天翔慈家と鬼降魔家の当主様の前に引き出された私達は、一族の大人達から暴行を受けて死んだような目をしていたと思う。
 私達を見下ろす当主様の冷たい目にゾッとしたのを覚えているわ。道端の石ころを見るような、感情の無い冷たい目。

「何故、天を害した?」

 問われた時、私達がどういう思いを抱いたか。

「ならば、こちらが問おう。天が何をしてくれた? 父を奪い、幸福を奪う天など、誰が求める? 誰が尊ぶ? 天翔慈も神も、ただ在るだけで、地に這いつくばって生きる者のことなど顧みないくせに、どうして敬われるべきとのたまう? 役立たずの神も天も滅びればいい!」

 天翔慈家当主の目が鋭く光る。

「どうやら、反省の色が見えない様子。お前達には、罰を与えよう」

 大人達に取り押さえられ、私と弟は引き離された。

「術者は牢へ。術者の家族は、禁呪が記された呪具の封印の贄となれ」

 大人達の手には、杭と金槌が握られていた。当主様は笑った。

「よく見ておくがいい。これが、お前が犯した罪だ」
 
 引き倒された体に杭が打ち付けられ、周囲に絶叫が響き渡った。


***

 
 書庫で『名奪リ遊戯』の記述を読んでいた総一郎そういちろうは顔を顰めた。


□□□□

 『名奪リ遊戯』の封印について。

 『名奪リ遊戯』の術式が描かれた呪具は、百を超える人間の血を浴びて力を蓄えた強力なもの。破壊すれば、その地に穢れを引き起こしかねない。

 天翔慈家の当主様の命令で、呪具は破壊するのではなく、封印することになった。
 
 封印は、生贄の体と魂を七つに切り分けて行う。

 禁呪にあった術式の一部を用いて、生贄の名前を取り出す。生贄が流した血で術式の線を描き、切り分けた肉体を柱にした。肉体、魂、名を利用して、呪具に封印を施す。

 封印が解ける事のないように、生贄の魂を『名奪リ遊戯』の異空間に閉じ込めた。
 生贄の魂が輪廻の輪に乗ることは無い。永遠に異空間に囚われる。

 愚か者が泣き喚いていたが、自業自得だ。

 呪具は天翔慈家が管理することになった。呪具の”穢れ”によって周囲に被害が及ぶのを防ぐ為と仰っていたが、神に連なる一族でも、自分達の”存在”を脅かすモノに恐れを感じたのだと思う。

□□□□


 ページには、複雑な封印の術式が描かれていた。
 総一郎の知らない構築式が三分の一程ある。時間を掛けて調べて読み解く必要があった。

(……最悪わからなければ、じょうを頼って、あの人に読み解いて貰い、封印の術式を完成させることは出来る)

 結人間ゆいひとま壮太郎そうたろうの姿を思い浮かべて、総一郎は苦い顔をする。

 頼りたくないが、頼りになる人物だ。
 総一郎を嫌っているとしても、壮太郎は丈の頼みを断らない。総一郎は壮太郎にけなされるだろうが、背に腹は代えられない。

(問題は、『名奪リ遊戯』の封印には、一人の人間の命が必要ということか……)

 総一郎は眉を寄せ、重たい溜め息を吐き出す。
 解けてしまった封印を再び施すには、同じように生贄を要するだろう。

 『呪罰行き』になった人間がいれば、その人間を生贄にすることは出来る。
 しかし、鬼降魔幸恵は結人間家に引き渡され、今は呪罰牢には誰もいない状態だ。何の罪も無い人間の命を奪える筈もない。碧真達が子供達を無事に救出したとしても、すぐに封印を施すことは出来ないということだ。

(『呪罰行き』になる人間など、現れない方がいい。何処かに隠して、結界を張る方が……。いや、待てよ。呪具の管理は天翔慈家となっている。天翔慈家に判断を委ねた方がいいだろう)

 鬼降魔で生まれた禁呪なのに、総一郎が『名奪リ遊戯』が封印されている土地を知らなかったのは、天翔慈家が呪具の管理をしていたからだろう。恐らく、父も知らなかった筈だ。

(呪具を管理している天翔慈家は、封印が解けていることを知っているのか?)

 土砂崩れによって、崩壊した封印。災害が起きて壊れたのなら、周囲に被害が及ばないように対処するだろう。対処をせずに放置した理由は何なのだろうか。
 
 総一郎は悶々とした気持ちを抱えたまま、本を読み進める。術による解説が続き、『名奪リ遊戯』の封印についての話が終わる。

 後述された当時の鬼降魔家当主の言葉に、総一郎は目を見開いた。


□□□
  
 今回の件で、天翔慈家の中でも、あの御方は特別だと感じた。
 
 僅かな時間で異空間に閉じ込められた子等を救い出し、術者である愚か者を捕縛した。

 神童という噂は誠であった。

 『名奪なと遊戯ゆうぎ』から子等を救い出したのは、天翔慈家当主の三番目の御令息。

 天翔慈晴信てんしょうじはるのぶ様である。
 
□□□


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...