呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第24話 ヒーローになれなくても

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 陽飛はるひ日和ひよりと共に長い階段を駆け降りて、神社を出た。

(何処へ行けば……)
 心臓が煩い音を立てる。

 何処に行くのが正解なのかわからない。パニックを起こしかけた陽飛を、青い光を纏った黒いへびが見上げていた。

(兄ちゃんの加護の巳)
 巳は地面を這って前に進み、陽飛を振り返る。陽飛が近づくと、また前へ進んで振り返った。

(ついて来いってこと?)
 自分の加護では無いので意思疎通は出来ないが、なんとなくそう感じた。

「お姉ちゃん。こっち」
 陽飛は日和の手を引き、巳を追って進む。

 巳は神社の近くにあった旅館を左に曲がった所にある建物の前で立ち止まり、戸を口先で突く。陽飛は戸を開ける。商店なのか、広い土間に下駄がたくさん並んでいた。

(また、罠があるんじゃ……)
 術式が隠蔽されていた場合、陽飛の目では見破ることは出来ない。中に入るのを躊躇ためらっていると、巳は迷うことなく中に入り、陽飛へ首を向けた。

 遠くから大きな爆発音が響く。陽飛は日和の手を引いて、慌てて商店の中に入って戸を閉めた。

 陽飛は日和を連れて、巳が待っている座敷に上がる。
 碧真あおしに貰った銀柱ぎんちゅうを一本取り出して畳の上に突き刺し、かかっている封を解く。

 箱型の結界が生成されて、陽飛と日和を包む。陽飛はホッと息を吐く。緊張が解けたことで疲れがドッと押し寄せた。

(なる姉ちゃんも、兄ちゃんも、『名取君』に名前を全部奪われてしまったら……。誰が助けてくれるんだろう……)

 日和は側にいるが、呪術を使えない普通の人。頼れる存在ではない。

 嫌な考えが頭を埋め尽くすように次々と浮かんで、心をジワリジワリと恐怖が侵食していく。恐怖と不安が精神を削り、陽飛は浅い呼吸を繰り返した。

 陽飛は自分の考えに気づいてハッとする。

(俺、自分のことだけを心配していた……)
 自分を助けてくれた碧真や成美なるみの安否より、自分が助かるかどうかを考えていたことに気づき、陽飛は顔を歪める。

 ヒーローになって誰かを助けたいと言っていたのに、助けてもらうことばかり考えている。
 
「力があれば、俺だって……」
 自分の中に生まれた汚い感情を否定したくて、陽飛は言い訳じみた言葉を呟く。

 外から爆発音が聞こえ、陽飛は体を強張らせた。碧真が『影』と戦っているのだろう。ふと、日和が何かに気づいたように顔を上げて、大通りに面する壁を見つめた。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
 恐怖に怯える陽飛とは対照的に、日和は落ち着いている。危機的状況に慣れているように思えるが、感情を失ったロボットのようにしか見えない。

 陽飛の言葉を無視して、日和は畳に突き刺さっている銀柱を掴んで引き抜く。バチンと音がして、結界が消えた。

「な!? 何を……」
 せっかく張った結界を破壊する日和の行動が理解出来ず、陽飛はギョッとする。

 日和は立ち上がると、商店の戸を開けて、外へ駆け出した。

「お姉ちゃん!?」
 陽飛は慌てて日和の後を追って、開いた戸から外を見る。角を曲がり、神社へ向かう日和の姿が見えた。

(まさか、兄ちゃんを助ける為に神社に!? どうしよう!? 俺も追いかけるべき!? でも、『影』が……)

 怯えてすくむ足は、外に出ることを拒否して動かない。陽飛の目に涙が滲む。

 ヒーローになりたくても、術も加護も使えない。 
 誰かを守りたいなんて偉そうに言っても、結局は自分が一番大事だった。
 自分はヒーローになれる”特別な人間”ではなかったのだと、知りたくないことを次々と突きつけられる。

 陽飛は自分が情けなくなって、その場にうずくまった。
 ヒーローになれないのなら、誰でも良いから助けに来てくれないだろうか。

(このまま、ここで待っているだけで、全部解決してくれないかな……)

 ──”頼んだ”。

 碧真の言葉を思い出す。碧真は、日和を守ることを陽飛に託した。陽飛なら出来ると信じてくれた。
 陽飛は両拳を握りしめ、躊躇いを振り切るように、外へ一歩踏み出す。

(怖い。けど、やるしかないんだ!)
 陽飛は走り出した。もつれる足を叱咤して、神社へと向かう。

 神社へ続く長い階段を見上げて、陽飛は息を呑んだ。
 一体の『影』が、階段を上がって神社の中へと姿を消す。日和は階段の中間下辺りにいた。

「お姉ちゃん! 止まって!!」
 ”『影』は耳が聞こえない”と成美が言っていたので、陽飛は大声で叫ぶ。しかし、日和は振り返らずに階段を上っていく。

 多くの『影』を相手に戦っている碧真。先程の『影』が後ろから碧真を襲うのを止める為に、日和は神社に向かっているのかもしれない。

(お姉ちゃんに『影』を倒す力は無い。残り一文字の名前を奪われるだけだ)

 陽飛は日和を追って急いで階段を駆け上がる。


***
 

 大きな爆発音が神社の上から聞こえた。
 
「っは、この世界、本っ当に、優しくなさすぎでしょ!?」

 神社の階段は勾配こうばいが急で長い。途中で息が切れて苦しくなる。階段を上っている間にも、神社からは大きな爆発音が次々と起こる。

(碧真君と成美ちゃんが、『影』と戦っているのかも)

 音が続いているのは、攻撃を続ける必要がある状況ということだ。苦戦を強いられているのかもしれない。

 普段なら役に立たないが、今の私の手にはお助けアイテムの番傘がある。碧真君と成美ちゃんを襲っている『影』を奇襲することも出来るだろう。最悪、番傘を碧真君にどうにかして渡して、使ってもらってもいい。

(まあ、私が『影』と間違われて攻撃を受ける可能性もあるけどね……)

 けれど、碧真君達が苦しい状況なら助けたい。もし、私が行った時に戦いが終わっていたのなら何処かに身を隠して、集めた名前だけを渡したらいい。
 
 階段の最上段に差し掛かった私は、驚きで目を見開く。

 碧真君の背中の向こうに、十体以上の『影』がいた。
 私も遭遇した、連続で跳躍する二体の『影』が周囲の木々を使い、ラケット間を移動するピンポン球のような動きで碧真君へ何度も攻撃を仕掛けていた。

 碧真君は攻撃を避けながら、銀柱を投げる。
 地面に刺さった銀柱から生成された糸が、二体の『影』の足に絡みつく。『影』の手は、碧真に届く寸前でピタリと止まる。糸が一気に収縮して、『影』の体が勢いよく引っ張られる。二体の『影』の体がぶつかり合い、鈍く嫌な音を立てた後、消滅した。

 次々と襲い掛かってくる『影』を、碧真君は攻撃していく。表情は見えないが、『影』の数の多さからして、余裕は無いだろう。

(……あれ? 『影』の数が増えてない?)
 碧真君が順調に倒しているというのに、『影』の数が減っておらず、むしろ増しているように見える。『影』の背後へ目を向けた後、私はギョッとした。

 神社の拝殿の中から、四つん這いになった『影』が次々と出てくる。

 碧真君は目の前の『影』を攻撃しながら、拝殿にも銀柱を投げて攻撃している。しかし、出てきた『影』が盾となるせいで、碧真の攻撃は拝殿まで届かない。

(あの数からしても、最初から『影』が拝殿に詰め込まれていた訳じゃ無いよね? もしかして、拝殿の中に『影』を生み出す術式があるの?)

 私は周囲を見回す。碧真君の近くに、他の人の姿はない。
 もしかしたら、成美ちゃんが陽飛君と偽物の私を連れて逃げて、逃げる時間を稼ぐ為に碧真君が神社に残ったのかもしれない。
 
(ここにいる『影』が一斉に襲ってくれば、碧真君は全ての名前を失ってしまう……)

 私は階段の端から、神社を囲う茂みへ移動して身を隠す。幸い、『影』にも碧真君にも気づかれていない。

(見つかりませんように! 中学生の頃の体育の授業を思い出せ! 授業に出てクラスメイトや先生と話していたにも関わらず、皆に欠席扱いされた時の隠密スキルよ! ここで発動しないでどうする!!)

 私は学生時代の悲しい出来事を思い出しながら、姿勢を低くして茂みの中を進み、拝殿の裏へ回り込もうとした。

 突如、爆発音と共に吹き飛ばされた『影』が、私の目の前にある木の幹に背中を打ち付ける。『影』は口内の術式の破壊を免れたようで、碧真君がいるであろう煙の中を睨みつけて、攻撃を再開しようと足に力を込めた。

 私は手に持っていた番傘を『影』の顎下目掛けて振り上げる。
 歯が砕ける鈍い音と共に、『影』の体が宙へ吹き飛ぶ。吹き飛んだ『影』は、落下地点にいた二体の『影』を巻き込んで消滅した。

 爆煙で碧真君の視界が狭まっているのを好機と捉え、私は拝殿に向かって駆け出す。
 『影』は碧真君に張った結界に集中しているのか、私の方へ注意が向かない。一気に拝殿の裏側に辿り着いた私は、番傘を振り上げる。

(お願い。狛犬さん達でも、神様でも、呪具でも何でもいい。力を貸して!!)

 私は祈りを込めて番傘を振り下ろす。振り下ろす瞬間に、番傘に描かれた術式が眩い金色の光を放つ。

 傘を通じて伝わる手応えと共に、拝殿が崩壊される音が周囲にとどろいた。

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