上 下
120 / 290
第五章 呪いを封印する話

第21話 最奥の神社

しおりを挟む
 
 
 長屋を探しても名前が見つからず、碧真あおしは疲れた溜め息を吐く。

(三人を置いて、俺だけ探しに行くのも手か?)

 成美なるみは戦力になるが、陽飛はるひ日和ひよりは戦力外。思ったより『影』の数も多い。足手纏いを連れての移動は危険が増す。成美がいれば、三人で何処か一箇所に留まって待機することも出来る。

(問題は、あのガキだな)
 陽飛は的外れな正義感で単独行動をしかねない。それに、『影』が集団で襲ってきた時のことを考えれば、置いていくのは難しい。

 碧真が『影』に集団で襲われて戻って来れない可能性もゼロではない。なるべく四人で動いた方がいいだろう。

 碧真は三人が待つ部屋へ戻る。
 陽飛はビクリと肩を揺らして怯えた顔をする。碧真は陽飛を無視して、成美へ視線を向けた。

「加護を使って、この周辺を探ることは出来るか?」
 碧真の問いに、成美は頷く。

 成美の側に加護のとりが姿を現し、屋根をすり抜けて上空へと昇る。成美は目を閉じて、加護へ意識を集中させた。

「……外を歩いている『影』は、町の右下辺りに集中しているみたい。神社に行くなら、今が一番いいと思う」
 成美の言葉に、碧真は頷く。

「今から移動する。勝手な行動はするなよ」
 碧真は陽飛を睨みながら言う。陽飛は頷かなかった。

 陽飛の肩の上に、碧真の加護のへびがボトリと落ちた。陽飛は情けない悲鳴を上げて飛び上がる。

「騒ぐな。お前みたいなクソガキの護衛なんて心底不愉快だが、仕事だからな。俺の加護をお前につける。無事に元の世界に帰りたいなら、俺の言うことに従え」

「そんな、横暴……ひっ!?」
 巳が首を伸ばして、陽飛の眼前に迫る。巳に恐怖を感じて、陽飛は黙った。

「行きましょう。日和さん」
 成美が手を握ると、日和は頷いた。

 四人で長屋を出て、大通りに出る。成美の言う通り、近くに『影』の姿は無い。

 碧真達は周囲を警戒しながら、神社に向かって走った。

 神社の鳥居が見えた所で、碧真は足を止める。
 碧真は陽飛の腕を引っ張り、大通りの右側にある旅館横の脇道に押し込んだ。成美も日和の手を引き、一緒に脇道へ入る。

 碧真は茂みに身を隠して、鳥居の下へ視線を向けた。 
 神社の茂みから『影』が姿を現し、鳥居を潜って大通りに出て、路地へ入っていった。

「……おい。何をやっている?」
 後ろを振り返った碧真は眉を吊り上げる。あれほど勝手な行動を取るなと言っていたにも関わらず、陽飛は脇道の奥へ一人で勝手に進んでいた。

 振り返った陽飛の表情には、怒られたことへの決まりの悪さは無い。陽飛は期待に満ちた顔で、右手に掴んでいる物を碧真に掲げて見せる。

「これ! その中にあったよ! 俺が見つけたんだ!」

 陽飛が嬉しそうに見せてきたのは、『き』と書かれた玉だった。碧真は驚きで僅かに目を見開く。名前が書かれた玉は、脇道に置かれた荷車の中にあったらしい。

「すごいよ。陽飛」
 成美が笑顔で褒めると、陽飛は嬉しそうに笑った。陽飛が日和にも名前を見せている間に、成美が碧真に近づいて小声で話し掛ける。

「碧真さんも陽飛を褒めてあげて。碧真さんに褒めて貰えたら、あの子も凄く喜ぶと思うから」
「なんで俺がそんなことを……」
「褒められたり、頼られると、男の子は嬉しい気持ちになるでしょう? 陽飛も協力的になってくれて、碧真さんの仕事も楽になると思う」

 意味がわからずに顔をしかめる碧真に、成美は悪戯いたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「碧真さんも、日和さんに褒められたり、頼られたら嬉しいでしょう?」
「……俺が日和に褒められて喜ぶように見えるのか? 馬鹿なことを言うな」

 碧真は成美の言葉を一蹴いっしゅうした後、陽飛に近づく。

「名前を寄越せ。俺が預かっておく」
 碧真が差し出した手を不服そうに睨みつけて、陽飛は首を横に振る。

「嫌だ。俺が持っておく!」
「失くしたらどうするんだ? いいから寄越せ」
「絶対に嫌だ!」

 言う事を聞かない陽飛に苛立って、碧真は眉を寄せる。

「碧真さん。陽飛を信じてあげて」
 成美が陽飛を擁護する。相手をするのが面倒になって、碧真は陽飛達に背を向けた。

 四人で神社の鳥居を潜り、階段を上る。
 階段の上から後ろを振り返れば、町の様子が見えた。

 複数の『影』が町中を彷徨うろいている。遊んでいるのか、走っている『影』の後を追いかけている『影』もいた。

 階段を上り切ると、赤い鳥居の先に小さな拝殿が見えた。こじんまりとした何の変哲もない神社。狛犬達が参道を挟んで置かれている。

 賽銭箱の奥の拝殿の扉の中央に、『う』と書かれた玉が埋め込まれていた。

「あったよ! 名前!」
 考え無しに拝殿に近づこうとした陽飛の後ろ襟を、碧真が掴んで止める。不服そうに睨みつけてくる陽飛を、碧真は呆れ顔で見下ろした。

「少しは学習しろ。罠があるかもしれないだろう」

 甲冑に扮した『影』のことを思い出したのか、陽飛は苦い表情を浮かべて大人しくなった。碧真はそのまま陽飛の襟を後ろに引っ張る。陽飛は数歩よろけて、成美の側に移動した。

「俺が行くから、そいつと日和を頼んだ」
 碧真の言葉に、成美が頷く。文句を言いかけた陽飛は、肩の上に乗った巳に間近で見つめられて口を噤んだ。

 碧真は改めて拝殿へ向き直り、左手に銀柱ぎんちゅうを四本構える。

 碧真の使う銀柱には、結界と爆発と拘束の三つの術式が描かれている。その三つがあれば、ある程度の攻撃に対応出来る。使い分けも、力を流す術式を選ぶだけで良いので、即座に発動する事が可能だ。

 注意深く周囲を見ながら拝殿へ近づく碧真の視界に、僅かに動く物が映る。碧真は、すぐさま反応して、銀柱を投げつけた。
 銀柱が弾かれて、離れた地面に刺さる。

 動いたのは、神社の狛犬達だった。 
 
 碧真は地面に刺さった銀柱の術式を発動させて、拘束の糸を生成する。飛びかかってきた二体を糸で拘束して止めた。

 狛犬達の体が黒く染まって顔が消える。黒くなった顔に、真っ赤な唇が浮かび上がる。拘束の糸を噛み千切ろうとした二体の口に向かって、碧真は銀柱を投げた。

 銀柱は弾かれる事なく、狛犬に擬態していた『影』の口に突き刺さる。指を鳴らして爆発術式を発動させると、『影』の口が破裂して塵となって消えた。

 他に『影』がいないのを確認した後、碧真は拝殿の前に立つ。

 名前の書かれた玉へ手を伸ばすと、あっさりと扉から剥がれて碧真のてのひらに収まった。
 罠は狛犬達だけだったのか、何も起こらない。拍子抜けだが、また一つ名前を手に入れることが出来た。碧真は上着のポケットに玉を仕舞う。
 
 碧真達が所持している術者の名前は、『い』『ち』『ご』『き』『き』『う』の六つ。
 苗字以外の文字は、『い』『ち』『き』の三つ。苗字だけでも、あと一つは必要だ。

 携帯の時計が正確な時刻を示しているのかはわからないが、異空間に入ってから、だいぶ時間が過ぎているように思う。空腹や喉の渇きは感じないが、疲労は感じる。碧真はまだ問題ないが、陽飛や成美、日和は体力面で不安がある。長引けば、危険は増すだろう。

 突如、空気を切り裂く音が背後で聞こえた。碧真が振り返った瞬間、突風が吹き荒れる。

 碧真が目を開けた時には、陽飛と日和が地面に倒れ、成美の姿が消えていた。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

魔力の降る地に、魔力を封じられた魔法剣士が捨てられました

小葉石
ファンタジー
 荒れ果てる荒野ランカントの果てには、人も動物も生きて行くことができない死の大地が広がっている。  その不毛な土地に追放となった男がいた。それはこの国にこの男の右に出る程の使い手はいないと言わしめた程の魔法剣士シショールだ。国と仲間に裏切られ、男はひたすらに死の大地を彷徨って行く。シショールが死の淵に足を踏み入れたところで、眼前に広がったものは…見たこともないほどに豊かな地だった。  その地に住まうのは妖精の如く美しい不思議な少女サザンカ。どうやら彼女は一人でこの地に住んでいるらしく、荒野を超えて来たシショールについては全く知らない様子であった。  ボロボロに傷つき、人間不信となったシショールにサザンカは恐れる事もなく近づいて行く。  捨てられた魔法剣士シショールと孤独な少女のお話です。

処理中です...