呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第21話 最奥の神社

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 長屋を探しても名前が見つからず、碧真あおしは疲れた溜め息を吐く。

(三人を置いて、俺だけ探しに行くのも手か?)

 成美なるみは戦力になるが、陽飛はるひ日和ひよりは戦力外。思ったより『影』の数も多い。足手纏いを連れての移動は危険が増す。成美がいれば、三人で何処か一箇所に留まって待機することも出来る。

(問題は、あのガキだな)
 陽飛は的外れな正義感で単独行動をしかねない。それに、『影』が集団で襲ってきた時のことを考えれば、置いていくのは難しい。

 碧真が『影』に集団で襲われて戻って来れない可能性もゼロではない。なるべく四人で動いた方がいいだろう。

 碧真は三人が待つ部屋へ戻る。
 陽飛はビクリと肩を揺らして怯えた顔をする。碧真は陽飛を無視して、成美へ視線を向けた。

「加護を使って、この周辺を探ることは出来るか?」
 碧真の問いに、成美は頷く。

 成美の側に加護のとりが姿を現し、屋根をすり抜けて上空へと昇る。成美は目を閉じて、加護へ意識を集中させた。

「……外を歩いている『影』は、町の右下辺りに集中しているみたい。神社に行くなら、今が一番いいと思う」
 成美の言葉に、碧真は頷く。

「今から移動する。勝手な行動はするなよ」
 碧真は陽飛を睨みながら言う。陽飛は頷かなかった。

 陽飛の肩の上に、碧真の加護のへびがボトリと落ちた。陽飛は情けない悲鳴を上げて飛び上がる。

「騒ぐな。お前みたいなクソガキの護衛なんて心底不愉快だが、仕事だからな。俺の加護をお前につける。無事に元の世界に帰りたいなら、俺の言うことに従え」

「そんな、横暴……ひっ!?」
 巳が首を伸ばして、陽飛の眼前に迫る。巳に恐怖を感じて、陽飛は黙った。

「行きましょう。日和さん」
 成美が手を握ると、日和は頷いた。

 四人で長屋を出て、大通りに出る。成美の言う通り、近くに『影』の姿は無い。

 碧真達は周囲を警戒しながら、神社に向かって走った。

 神社の鳥居が見えた所で、碧真は足を止める。
 碧真は陽飛の腕を引っ張り、大通りの右側にある旅館横の脇道に押し込んだ。成美も日和の手を引き、一緒に脇道へ入る。

 碧真は茂みに身を隠して、鳥居の下へ視線を向けた。 
 神社の茂みから『影』が姿を現し、鳥居を潜って大通りに出て、路地へ入っていった。

「……おい。何をやっている?」
 後ろを振り返った碧真は眉を吊り上げる。あれほど勝手な行動を取るなと言っていたにも関わらず、陽飛は脇道の奥へ一人で勝手に進んでいた。

 振り返った陽飛の表情には、怒られたことへの決まりの悪さは無い。陽飛は期待に満ちた顔で、右手に掴んでいる物を碧真に掲げて見せる。

「これ! その中にあったよ! 俺が見つけたんだ!」

 陽飛が嬉しそうに見せてきたのは、『き』と書かれた玉だった。碧真は驚きで僅かに目を見開く。名前が書かれた玉は、脇道に置かれた荷車の中にあったらしい。

「すごいよ。陽飛」
 成美が笑顔で褒めると、陽飛は嬉しそうに笑った。陽飛が日和にも名前を見せている間に、成美が碧真に近づいて小声で話し掛ける。

「碧真さんも陽飛を褒めてあげて。碧真さんに褒めて貰えたら、あの子も凄く喜ぶと思うから」
「なんで俺がそんなことを……」
「褒められたり、頼られると、男の子は嬉しい気持ちになるでしょう? 陽飛も協力的になってくれて、碧真さんの仕事も楽になると思う」

 意味がわからずに顔をしかめる碧真に、成美は悪戯いたずらっぽい笑顔を浮かべる。

「碧真さんも、日和さんに褒められたり、頼られたら嬉しいでしょう?」
「……俺が日和に褒められて喜ぶように見えるのか? 馬鹿なことを言うな」

 碧真は成美の言葉を一蹴いっしゅうした後、陽飛に近づく。

「名前を寄越せ。俺が預かっておく」
 碧真が差し出した手を不服そうに睨みつけて、陽飛は首を横に振る。

「嫌だ。俺が持っておく!」
「失くしたらどうするんだ? いいから寄越せ」
「絶対に嫌だ!」

 言う事を聞かない陽飛に苛立って、碧真は眉を寄せる。

「碧真さん。陽飛を信じてあげて」
 成美が陽飛を擁護する。相手をするのが面倒になって、碧真は陽飛達に背を向けた。

 四人で神社の鳥居を潜り、階段を上る。
 階段の上から後ろを振り返れば、町の様子が見えた。

 複数の『影』が町中を彷徨うろいている。遊んでいるのか、走っている『影』の後を追いかけている『影』もいた。

 階段を上り切ると、赤い鳥居の先に小さな拝殿が見えた。こじんまりとした何の変哲もない神社。狛犬達が参道を挟んで置かれている。

 賽銭箱の奥の拝殿の扉の中央に、『う』と書かれた玉が埋め込まれていた。

「あったよ! 名前!」
 考え無しに拝殿に近づこうとした陽飛の後ろ襟を、碧真が掴んで止める。不服そうに睨みつけてくる陽飛を、碧真は呆れ顔で見下ろした。

「少しは学習しろ。罠があるかもしれないだろう」

 甲冑に扮した『影』のことを思い出したのか、陽飛は苦い表情を浮かべて大人しくなった。碧真はそのまま陽飛の襟を後ろに引っ張る。陽飛は数歩よろけて、成美の側に移動した。

「俺が行くから、そいつと日和を頼んだ」
 碧真の言葉に、成美が頷く。文句を言いかけた陽飛は、肩の上に乗った巳に間近で見つめられて口を噤んだ。

 碧真は改めて拝殿へ向き直り、左手に銀柱ぎんちゅうを四本構える。

 碧真の使う銀柱には、結界と爆発と拘束の三つの術式が描かれている。その三つがあれば、ある程度の攻撃に対応出来る。使い分けも、力を流す術式を選ぶだけで良いので、即座に発動する事が可能だ。

 注意深く周囲を見ながら拝殿へ近づく碧真の視界に、僅かに動く物が映る。碧真は、すぐさま反応して、銀柱を投げつけた。
 銀柱が弾かれて、離れた地面に刺さる。

 動いたのは、神社の狛犬達だった。 
 
 碧真は地面に刺さった銀柱の術式を発動させて、拘束の糸を生成する。飛びかかってきた二体を糸で拘束して止めた。

 狛犬達の体が黒く染まって顔が消える。黒くなった顔に、真っ赤な唇が浮かび上がる。拘束の糸を噛み千切ろうとした二体の口に向かって、碧真は銀柱を投げた。

 銀柱は弾かれる事なく、狛犬に擬態していた『影』の口に突き刺さる。指を鳴らして爆発術式を発動させると、『影』の口が破裂して塵となって消えた。

 他に『影』がいないのを確認した後、碧真は拝殿の前に立つ。

 名前の書かれた玉へ手を伸ばすと、あっさりと扉から剥がれて碧真のてのひらに収まった。
 罠は狛犬達だけだったのか、何も起こらない。拍子抜けだが、また一つ名前を手に入れることが出来た。碧真は上着のポケットに玉を仕舞う。
 
 碧真達が所持している術者の名前は、『い』『ち』『ご』『き』『き』『う』の六つ。
 苗字以外の文字は、『い』『ち』『き』の三つ。苗字だけでも、あと一つは必要だ。

 携帯の時計が正確な時刻を示しているのかはわからないが、異空間に入ってから、だいぶ時間が過ぎているように思う。空腹や喉の渇きは感じないが、疲労は感じる。碧真はまだ問題ないが、陽飛や成美、日和は体力面で不安がある。長引けば、危険は増すだろう。

 突如、空気を切り裂く音が背後で聞こえた。碧真が振り返った瞬間、突風が吹き荒れる。

 碧真が目を開けた時には、陽飛と日和が地面に倒れ、成美の姿が消えていた。
 
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