呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第16話 成美の術と父親

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(これから、どうするか……)

 碧真あおしは眉を寄せて考える。
 術者の名前を見つけ出す前に、名前が残り一文字になってしまった日和ひよりの存在が奪われる可能性が高い。

「碧真さん。右側から、二体の『影』が大通りに向かって歩いてきている。この近くにある長屋の辺りには、『影』が彷徨うろついていないみたい。万が一のこともあるし、『影』がいない所に移動した方がいいと思う」

 成美なるみは加護のとりの目を通して周囲の状況を見たのか、そう報告した。碧真は頷いて、長屋に移動する事を決める。成美は日和の手を握った。

「私が守るよ」
 子供に守られる状況を申し訳なく思ったのか、日和は落ち込んだように眉を下げた。


 井戸を中心に建つ四軒の長屋に移動すると、成美の言う通り『影』の姿はなく、辺りは静寂に包まれていた。

「ここで少し休憩にしない?」
 成美の提案され、碧真は三人に視線を向ける。

 今は落ち着いてはいるが、陽飛はるひは疲れた顔をしている。日和は呆けた顔で突っ立っていた。成美も術を連続で使用している為か、顔色があまりよくない。このまま動き続けるより、一旦休憩した方がいいだろう。

「暑い……水欲しい」
 喉の渇きは感じないが、走って体温が上昇したのか、陽飛が水を欲しがった。

「もしかしたら、あの井戸に水があるかも」
「行こう、なる姉ちゃん」
 陽飛はパッと笑みを浮かべて、井戸へ向かって駆けて行く。日和と成美も後を追った。碧真は眉を寄せる。 

「おい、勝手な行動は……」
「大丈夫。私がいるから」
 成美が振り返って答えた。陽飛と日和だけだったら有無を言わさずに止めたが、今までの戦いから考えても、成美がいれば確かに問題無いだろう。

(あいつは、術を使った戦いに慣れすぎている……)
 戦いの中で『影』の弱点を冷静に見つけ出したこともそうだが、敵を拘束して流れるように攻撃を繰り出す技は一朝一夕で身につくものではない。加護を意のままに操っていることから、力の操り方も上手いのだろう。普段から力を使っていなければ、出来ない芸当だ。

総一郎そういちろうが知ったら、絶対に欲しがる人材だな)

 鬼降魔きごうまでは、優秀な術者が減少している。当主である総一郎も、危機感を抱いている問題だ。
 総一郎自身は無理強いをしないが、一族の他の人間が成美の力を知った場合、呪術に関する仕事をさせて能力を育てるように圧をかけるだろう。
 
 成美の親が本家に報告しないのは、子供の意思に反して人生を捻じ曲げられることを望まないからだ。

(……まともな考えの親で良かったよな)
 碧真は複雑な表情を浮かべて目を閉じた。

釣瓶つるべが無いわ。もしかしたら、井戸の中にあるかも」
「釣瓶?」
「井戸の水を汲み上げる桶のことよ。この縄を引っ張ってみましょう」

 成美は陽飛に井戸の使い方を説明する。成美と陽飛が二人で縄を引っ張ると、井戸の中から釣瓶が現れた。

「ああ!! あったぁ!! 名前!!」
 陽飛が大きな声で叫ぶ。碧真が視線を向けると、陽飛の手に名前一文字が書かれた玉が握られていた。碧真は井戸にいる三人に近づく。
 
「何処にあったんだ?」
「釣瓶の中にあったわ。水は枯れていたみたいだけど」
 釣瓶を抱えた成美が嬉しそうな表情を浮かべて答えた。

 陽飛は碧真に向けて、見つけた名前を見せつけるように手を伸ばした。玉には『き』と書かれている。

「俺が見つけた! 凄いだろ!」
 喜びのままに飛び跳ねる陽飛は、着地を誤って転んだ。手にしていた玉が転がって、長屋の戸に当たって止まる。

「痛えっ……」
「大丈夫? 陽飛」
 転んだ陽飛を、成美が慌てて助け起こす。陽飛の目には涙が浮かび、半ズボンの下の膝は擦りむけて血が滲んでいた。
 
 碧真は長屋の方に移動して、転がった玉を拾い上げた。顔を上げた碧真は、戸の横の柱を見て目を見開く。

(結界の術式……)
 柱に描かれていたのは、呪術の攻撃があった際に結界が発動する鬼降魔の術式だった。

「兄ちゃん、どうしたの?」
 陽飛の声を無視して、碧真は柱に術式が描かれている部屋の戸を開けた。

 狭い土間の左側には、かまどや水瓶。土間の奥には、狭い居間がある。壁に術式が描かれた札があるが、結界に関する物で、攻撃するような術式は無い。

 碧真は室内へ足を踏み入れる。室内の気配を探ってみるが、『影』が潜んでいる様子もなかった。

 出入り口が一つだけの長屋の室内は逃げ場がないように思えるが、弱点がわかった今なら、『影』が集まってきても一網打尽に倒せるだろう。

 碧真は戸の前に佇む三人を振り返る。

「入って戸を閉めろ。休憩したいんだろう?」
 碧真の言葉に、陽飛はホッとしたように笑みを浮かべて頷く。三人が室内に入ると、成美が戸を閉めた。

「陽飛。ここに座っていて」
 成美は居間に陽飛を座らせると、土間に置かれた水瓶の蓋を開ける。水は入っておらず、空だった。成美は少し残念そうな顔をしたが、すぐに顔を上げて、水瓶の蓋上に置かれていた柄杓ひしゃくを持って入口の戸を開けた。

「ちょっと待っていて」
 成美が外へ出て、井戸の近くの地面に柄杓の柄を突き立てる。成美が地面に描き始めた物は、見たことが無い術式だった。
 描き終わった術式に、成美が手をかざす。成美のてのひらから純白の光が溢れて、術式が淡い光を放った。

「『春水木はるみずき』」

 成美の囁き声と共に、術式が描かれた地面から一本の大きな木が勢いよく生えた。成美は頭上にある木の枝を見上げて、柄杓を持ち上げる。

 ぽたりと一滴の水滴が落ちた。それを皮切りに、複数の枝から柄杓を目掛けて次々と水滴が落ちる。あっという間に、柄杓の中は綺麗な水で満たされた。
 
 室内へ戻ってきた成美は、柄杓の水で陽飛の膝の傷口を洗った後、ポケットから取り出したハンカチを巻いて手当てをした。

「ありがとう。なる姉ちゃん」
 和やかに笑い合う子供二人に対して、碧真は険しい顔をする。

「お前は、誰に術を学んだ?」
 碧真の言葉に、成美は首を傾げた。

「父よ。私も弟も、父から術を学んだの。それがどうかしたの?」

「赤い甲冑の『影』と戦っていた時、お前は俺の銀柱ぎんちゅうに刻んでいた爆発の術式や破壊した攻撃術式を利用して、即席で新たな術式を作り出した。そんな芸当が出来るのは、俺の知り合いでも二人だけだ」

 別の術として成立していた術式と壊れた術式の一部を構築式として組み込み、新たな術式を作る。それを、あの短時間でやってのけるなど、普通に生きている鬼降魔の子供に出来る訳が無い。

 それに、成美が作り出す術式は、碧真の知る鬼降魔の術式とは異なる点が多い。
 水を生み出した植物の術も、成美が作った物だろう。成美のオリジナルの術式なので、わからない部分があるという事は理解出来るが、基礎となる構築式の部分すら微妙な違いがある。

「お前の父親は何者なんだ?」

 異空間に渡る前に会った男が成美の父親だと思うが、頼りない普通の人間にしか見えなかった。
 娘がここまで術を使えるのなら、教えている父親も知識と力は相当なモノの筈。本家に知らせる騒ぎにしなくても、自分達で解決出来ただろう。

「……父は、普通の術者よ」

 碧真は訝しんで見つめるが、成美はそれ以上の答えを持っていないのか黙ってしまった。

(子供だけではなく、親も力を隠しているのか……。総一郎が知ったら、歓喜するだろうな)

 鬼降魔の呪いの仕事は、総一郎の指揮の元、呪罰牢を管理する家と、丈と碧真が主体となって行っている。
 呪罰牢を管理する家の術者達は、実力は確かにあるが、扱いが難しい。
 現状、丈の負担が大きくなっている。丈が倒れた場合、困るのは目に見えている。少しでも、支えになる人間が欲しいだろう。

(人員が補充されたのなら、日和を雇う必要も無い)
 力の無い人間が多くいるよりも、力の有る術者一人がいた方が戦力になる。成美の父親が本家で働けば、日和は呪いの仕事を辞められるかもしれない。

(……まあ、父親のことを話せば、子供が力を持っていることもバレるだろうし。話さない方がいいか)

 碧真は自分の中で理由をつけて、総一郎には話さないことにした。

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