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第五章 呪いを封印する話

第9話 鬼降魔成美

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「この子が成美なるみちゃんなの?」

 日和ひよりの言葉に、陽飛はるひが頷く。
 二体の『影』を倒した少女は、陽飛と共に異空間に入った鬼降魔きごうま成美なるみで間違いないようだ。

(良かった。これで、子供達が見つかったんだ)
 日和は安堵の笑みを浮かべる。

「日和。手を離せ」
「え?」

 碧真あおしに言われて、日和は自分の手元へ視線を向ける。日和の右手が碧真の服を握りしめていた。『影』への恐怖で、無意識に掴んでしまっていたらしい。

「ご、ごめん」
 日和が手を離すと、碧真は成美に近づいた。怒っているように見える碧真の表情に、陽飛は怯えた顔をしたが、成美は全く動じなかった。

「どうやって『影』を倒したんだ?」
 碧真の問いに、成美はニコリと微笑む。

「あの『影』の力の源は、口内に描かれた術式。顔に口が現れていない状態の『影』は、攻撃しても無意味なの。口が現れている時に口内にある術式を破壊すれば、『影』を倒す事が出来る」

 日和は目を見開く。
 碧真が倒した『影』の顔には、唇が浮かび上がっていた。攻撃が効か無かったのは、『影』の顔が黒一色の時だった。

「何故知っている?」
 碧真の声のトーンが低くなる。疑いの眼差しを向けられて、成美は苦笑した。

「『影』の口を間近で見たらわかる。なるは、何回も『影』に名前をられたから」

(す、凄い……)
 成美は勇敢にも思考を止めず、『影』に対抗する為の手段を見つけ出した。自分の三分の一くらいしか生きていないだろう少女と比べて、怯えるだけしか出来なかった日和は自分の無能さをひしひしと感じて落ち込んだ。

「さっきの術は何だ?」

「そうだよ! さっきのすごいの何!? なる姉ちゃん、術を使えたの!? なんで教えてくれなかったの!?」

 陽飛が興奮したように成美の両腕を掴む。どうやら、陽飛は成美が術を使えないと思っていたらしい。成美は表情を曇らせた。

「あの術は、私と弟が考えたものよ」
「自分で術を作ったのか!?」
 碧真が驚いて目を見開く。陽飛は更に目を輝かせた。

「すごいじゃん!! 自分で術を作れるなんて!! なんで皆に言わないの!? 言ったら、なる姉ちゃんも徹平てっぺいも、当主様に認められて、本家お抱えの術者になれるよ!!」

「……当主様は怖いから嫌。冷たくて、優しくない」

「え? なる姉ちゃん、当主様に会ったことあるの?」
 成美は頷いて唇を噛み締める。体が震えている事から、当主に対して恐れを抱いているようだ。

(え? 総一郎そういちろうさんが怖い?? 確かに腹黒そうだし、怒った時はびっくりしたけど……。こんな小さな子が怯える程、怖い人じゃない気がする……)

 穏やかに微笑む総一郎を思い浮かべて、日和は困惑する。何か思い至ったのか、碧真が口を開く。

「もしかして、前の当主の事を言っているのか?」
「前?」
 日和は首を傾げた。碧真は不快そうな表情を浮かべて答える。

「総一郎の父親だ。前の当主は総一郎とは違って、短気で暴力的な人間。力のある術者だと分かったら、子供でさえもこき使って………望まない事をさせる」

「そんな……前の当主様は優秀な術者だったって、父ちゃんが言ってたよ?」
 陽飛は戸惑いながら碧真と成美の顔を見る。

「今の当主は、本人の意思を踏みにじるような真似をしないが、術を使える人間が不足している。本家に連れて行って、仕事をさせる可能性が無いとは言い切れない。お前が本家に行く事を望まないなら、隠し通した方がいい」

 本家には行きたく無いのか、成美は静かに頷いた。

(気持ち、わかるな。私も呪いの仕事したくないし! 怖いし! 力があるからって、まだ小さな子供が危険な目に遭うのは嫌だな。総一郎さんには、成美ちゃんのこと黙っていよう)

「私からも聞きたいのだけれど、あなた達は誰? なるの知り合いじゃないでしょ」

 日和と碧真を見て、成美は首を傾げる。自己紹介がまだだった事に気づいて、日和は口を開く。

「私は……日和。こっちは、鬼降魔碧真君。今の当主様に、あなた達を助け出すように言われて来たの」

 苗字をられているので、中途半端な自己紹介になる。成美は日和を見上げて眉を下げた。

「日和さん。名前をられているのね……」
 助けに来たと言っておきながら、元の名前の三分の一を奪われてしまっている日和は苦笑いする。

「なる姉ちゃんも四文字られてるよね……。『影』を倒して、取り戻せたら良いけど……」

 陽飛がシュンとした顔をする。
 成美が倒した二つの『影』は、成美と日和の名前を奪っていなかったらしく、名前が書かれた玉は無かった。

なるは、あと一文字だけ」
「え!? あと一文字しか残ってないの!?』
 成美の言葉に、日和は驚いた。

「それはないだろう。そいつは自分の事を”なる”と言っていた。お前、自分の苗字はわかるか?」
「鬼降魔」
 碧真に苗字を聞かれると、成美はあっさりと答えた。日和も陽飛も目を見開く。

 名前を奪われた場合、本人は奪われた文字を名前として認識できない。自分の苗字を名乗る事は出来ない筈だ。

「『影』の弱点を把握して倒す力があるのなら、奪われた名前を取り戻す事も可能だろう。さっきの『影』との戦い方は、随分と慣れた様子だった。俺達と会う前に『影』に遭遇して、名前を取り戻しているんだろう」

「私の名前は全部で七文字。今持っているのは六文字よ」
 碧真と成美の言葉に、日和は納得する。

(そっか、”あと一文字だけ”っていうのは、”取り戻せていない名前が、あと一文字”って事か)

 成美が欠けている文字は『み』の一文字。陽飛は碧真が倒した『影』から名前を取り戻したので、実質無傷だ。

「ん? という事は、私が一番ピンチなの!? あ、でも今ので『影』を二体も倒せたし、残っている『影』は、あと一体くらいかな?」 

 複数いるであろう『影』も、碧真と成美によって倒されている。日和の名前を奪った『影』がまだいるとしても、一体なら、どうにかなるのではないだろうか。
 日和の希望的観測を、成美は首を横に振って否定する。

「私の加護が調べたけど、『影』はまだ沢山いる」
「え」
 嫌な言葉に、日和は口を開けたまま固まる。

「四体に一斉に襲われたら、日和は消えるだろうな。まあ、頑張れ」
「まさかの他人事扱い!?」
「俺のことじゃないから、他人事だろう」
「そうだけど! 何回か一緒に仕事してる仲じゃん! 少しは情を抱いてくれて良いじゃんよぉ!」
「喚くな。うるさい。『影』が集まってきても良いのか?」

 迷惑そうな顔で碧真に言われ、日和は慌てて手で口を押さえる。成美はニコリと微笑んだ。

「大丈夫。『影』は耳が聞こえない。自分の顔の正面にいる人に反応して追いかけてくるの。大きな声を出しても、『影』に気づかれる事はないわ」
「よ、良かった……」

 日和は口を押さえていた手を外し、安堵の息を吐く。

「それは本当の事なのか?」
 顔をしかめて疑う碧真に、成美は穏やかに微笑む。

「『影』が音に反応するのなら、後ろから現れた私が術を展開している声に反応して、攻撃の矛先を私に変えた筈でしょ?」

 日和達が二体の『影』に襲撃されている時、一体目の『影』の後ろから現れた成美。『影』は成美の声に反応する事もなく、日和達に対して攻撃を続けた。音を感じ取れるのなら、成美が地面に銀色の棒を刺した時か、声を発した時に気づく筈だ。

「私は、嘘は吐かない」
 
 自分を睨みつける碧真の目を、成美は真っ直ぐに見つめ返す。碧真は溜め息を吐くと、成美から視線を逸らした。

「とりあえず、合流は出来た。あとは術者の名前を探して、ここから脱出するぞ」

 碧真の言葉に、他の三人は頷いた。 

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