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第五章 呪いを封印する話
第3話 二色の術式と呪文
しおりを挟む日和と碧真が車から降りると、石鳥居の前に立っていた四十代くらいの男性と十歳前後の少年が近づいて来た。
「本家の使いの方ですか?」
碧真が頷くと、男性はホッとした顔をして頭を下げる。
「この度は、こんな田舎まで」
「面倒な挨拶は不要だ。呪具がある場所まで案内しろ」
碧真の冷たい態度に、男性が戸惑っていた。愛想ゼロの碧真をフォローしようと、日和は口を開く。
「すみません。この人、性格悪いですけど、そんなに……。いや、弁明出来ない程、めちゃくちゃ性格悪い人ですね。うん」
逆に性格が悪い事を強調する発言になってしまった。イラッとしたのか、碧真が無言のまま日和の頭を左手で鷲掴みにして指先で締めつけた。
「痛い! 痛いって! ごめんなさい!!」
「あ、あのー」
男性が困り顔で二人を見る。碧真は溜め息を吐いて、日和の頭から手を離した。
「それで? 呪具のある祠は何処だ?」
碧真は何事もなかったかのように尋ねる。
「こ、こちらです。案内します」
戸惑いながらも歩き出した男性の後に続いて、碧真は神社の境内を進んでいく。日和は痛む頭を抑えながら、碧真の背中を睨みつけた。
(いつか泣かしてやる!)
決意を胸に碧真の後を追いかけようとした時、手を掴まれる。少年が不安そうな目で日和を見上げていた。日和は少年の目線に合わせてしゃがみ、柔らかく微笑む。
「大丈夫だよ。お友達は、きっと戻ってくるから」
「友達じゃない。お姉ちゃんと従兄弟」
少年は日和の手をギュッと握り、不安げな顔で目に涙を浮かべる。
「本当に、お姉ちゃんと陽飛は帰ってくる?」
日和は、少年の震える手をそっと両手で包み込む。
「大丈夫。二人とも帰ってくるよ」
少年を安堵させる言葉を言いながらも、日和の心には不安な思いが浮かぶ。
子供達が異空間に囚われてから三時間近く経過している。無事であって欲しいが、いくつか名前の文字を奪われている可能性はあった。
(急いで見つけないと!)
勢いよく立ち上がった日和は首を傾げた。
「あ、あれ? 碧真君は何処に行った?」
「こっちだよ」
少年は道の先を指差し、日和の手を引っ張る。
「あはは。ありがとう」
気持ちが空回っている事に少し情けない気持ちになりながら、日和は歩き出した。
参道の砂利道を通り、脇道に入る。
神社には、緑色の葉のイロハモミジの木が至る所にあった。あとひと月も経てば、赤く染め上げた葉が秋の美しい景色を作るだろう。
山に面している為か、道を進むごとに斜面となり、登るのがきつくなる。岩や倒れた木々がたくさん有り、足場も悪かった。
(こんな事なら、着替えてくるんだったな)
仕事だと事前に分かっている時はズボンを着用するのだが、休日モードだった日和はカジュアルなワンピースとパーカー姿だ。靴がスニーカーで鞄がリュックなのはいいが、山道や鬼ごっこには不向きな服装だ。
道に苦戦しながら歩いて行くと、小さな赤い鳥居の先に碧真と男性の背中が見えた。日和達の足音に気づいた碧真が振り返る。
「遅い」
「ごめんなさい」
謝った後、日和は碧真達が見ていた先へ目を向ける。
「ここなの?」
土砂崩れがあったのか、周辺の木々は倒れてグチャグチャになっている。祠らしき物はあるが、半壊している状態だった。
碧真の右手には、鉛筆と同じサイズの黒ずんだ棒のようなものがあった。
「何それ?」
「禁呪が描かれた呪具だ。ここに術式が描かれている」
碧真がクルリと棒を回すと、二色の術式が見えた。白い線で複雑に細かく描かれた文字や図。それを侵食するように上に被せられた赤い文字と線がある。赤い術式は不自然に途切れているが、日和でも読める文字が書かれていた。
(赤い術式の方、”鬼降魔”って書いてある?)
「白が禁呪、赤は封印の術式。封印の術式は、半分が欠けている状態だな」
碧真はズボンのポケットから携帯を取り出して、呪具に描かれた術式を撮影した。
「ちょっと持ってろ」
「え? わわっ!?」
突然、呪具を投げ渡されて、日和は慌てて両手で受け止める。文句を言おうと顔を上げると、碧真は携帯を耳に当てて電話をかけていた。
「俺です。写真を送ったので確認してください。…………今から行きます」
電話の相手は、総一郎だろう。手短に電話を済ませた碧真は、所在なさげに立っていた男性へ視線を向ける。
「当主から連絡があるまで、あんた達は家で待機してろ」
男性は頷いて、少年の手を握って去ろうとする。少年が不安そうな目で日和を見る。日和が”大丈夫”という意味を込めて頷くと、少年は小さく頷き返した。
男性と少年が去った後、碧真は上着のポケットから小さなメモ紙を取り出して日和の額に押し付けた。
「異空間に渡る呪文だ。合図したら唱えろ」
メモ紙に書かれた短い一文を見て、日和は首を傾げる。
「これが呪文?」
日和は訝しみながら碧真を見る。凄く嫌そうな顔をしている事から、本当なのだと察した。
「異空間に辿り着く際の時差を無くす為にも、同時に行くぞ。三つ数えるから、ゼロのタイミングで唱えろ。三」
「あ! 待って!!」
日和が慌てて止めると、碧真は顔を顰めた。
「何だよ。また”家に帰りたい”とか言い出す気か?」
「違うよ。いや、帰りたいけど、そうじゃなくて! これってさ、禁呪を使う事になるんじゃないの?」
鬼降魔家で禁呪を使った者は『呪罰行き』となり、牢に閉じ込められて罰を受ける。日和は鬼降魔の人間では無いので該当しないが、碧真は当てはまってしまうのではないかと思って止めたのだ。
「もしかして、子供達も……」
知らなかったとはいえ、禁呪を使ってしまった子供達も『呪罰行き』になってしまうのではないか。不安げに顔を歪めた日和を見て、碧真は溜め息を吐いた。
「その事なら問題は無い。言っただろう? ”異空間に渡る呪文”だと。禁呪の使用者というのは、その術式を描いて術を行使した人間の事を指す。俺達は、”禁呪を使う側”じゃなくて、異空間に渡る呪文を使って”禁呪に巻き込まれる側”だ。いなくなった奴達も俺も『呪罰行き』にはならない」
「そっか……。よかった」
日和は安堵の息を吐く。
「今度こそ行くぞ。三、二、一」
日和と碧真は口を開き、同時に呪文を唱える。
「「遊びましょう」」
日和の手にある呪具から黒い霧が一気に噴出して、二人を包み込む。
驚いた日和が呪具から手を離すと同時に、足元の地面の感覚が消えた。
体が後ろに傾き、目に映る自分の指先が黒い霧に飲み込まれて見えなくなる。視界の全てが一気に黒に染まっていった。
カランと、地面に呪具が転がる乾いた音を残して、日和と碧真は現実世界から姿を消した。
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